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2014 京の冬の旅の案内1(妙心寺 聖澤院)


写真は、門前

聖澤院(しょうたくいん)の公開案内です。
普段は非公開で定期的な特別公開もないので、非常にレアです。

公開期間:2014/1/10~3/18(但し1/24(金)10:00~15:00は拝観休止)
公開時間:10:00~16:00(受付終了)

アクセス
電車の場合
妙心寺の塔頭ですので、最寄の駅はJR嵯峨野線の花園駅です。京都駅からならJRが便利です。
市バスの場合
91系統93系統で妙心寺前下車、10系統26系統で妙心寺北門前で下車です。
車の場合
妙心寺南総門の東側に大きな駐車場があり、無料です。
また北総門を入って左手にも実は駐車場があります。
こちらは門内に車で乗り入れるので、知らないと入りづらいです。

聖澤院は妙心寺境内ではこちらになります。
南総門からなら、石畳を直進して法堂前で左へ。
その右手前方の鐘楼の手前にあります。

歴史
昨年公開された東海庵、今回同時に公開される龍泉菴、霊雲院と併せて妙心寺四派(しは)と称される、由緒ある塔頭です。
三門と仏殿の間に4本の松がありますが、それらはそれぞれの派になぞらえているそうです。
妙心寺の中興開祖 雪江禅師(室町中期~後期)の弟子の1人東陽英朝を勧請開祖に迎えて1523年に創建されました。
1523年というと室町時代後期、時の将軍は12代足利義晴、天皇は104代 後柏原天皇、ちなみに毛利元就が26歳、織田信長が産まれる11年前です。
その後、細川晴元亡き後衰微し、1594年に再興。
秀吉家臣早川長政、そして京都所司代板倉氏へと庇護された。

見所
方丈の5室84面の襖絵は、狩野派片山尚景による水墨画の獅子図、十牛図や花鳥図。
数寄屋造の書院には、狩野典信の麒麟図、竹林七賢図や、富岡鉄斎の巌栖谷飲図などの障壁画が残されている。

かなりレアな公開ですので、ここは必須でしょう。

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宝慈院


写真は、本堂と東屋

京都に10ヶ寺ある尼門跡寺院の1つです。

アクセス
地下鉄今出川駅の2番出口から地上に出て、左手(北)に進みます。
大聖寺、河村能舞台そして室町小学校と約250m進み、寺ノ内通へ左折します。
寺ノ内通を約200m進むと道なりに左へ45度曲がりますが、この曲がる右手角の衣棚通へ右折します。
右折して約30m先の右手に宝慈院の表門があります。

観光的な拝観は断りされており、御本尊にお参りしたいのなら御住職がおられる可能性の高い、平日の8:00頃か土日の午前中に来てくださいということでした。
表門を入ると比較的新しい枯山水の前庭があります。
中央には東屋があります。
元々ここに収蔵庫があったそうです。
そして前庭の奥に本堂があります。

本堂に入ると正面に、本尊である丈六の阿弥陀如来像(重文)がお祀りされています。
意外な丈六仏の登場に少々驚きます。
内陣の右手には仏間がありました。
かつての収蔵庫の環境が悪くかなり傷んでいたのを約10年前に修復されたそうです。
また本尊の左手奥には無外如大像(重文)がお祀りされています。
無外如大は当寺の開山の尼僧です。
鎌倉幕府の御家人 安達泰盛の娘で、霜月騒動で安達一族が没落したのを機に得度しました。
東福寺で修業をされていたのですが、無外如大が大変な美貌で他の僧から「修行に専念できない」と抗議されました。
それを受けて自ら焼火箸で頬に傷をつけられたそうです。
無外如大像にもその傷跡があるとの話でしたが、お厨子の中が暗く確認できませんでした。

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