学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

東北関東大地震…

2011-03-13 21:37:19 | その他
東北関東大地震、言葉が見つからない。ああ、これが夢であってくれればいいのに。

地震直後、私は美術館で仕事をしていましたが、揺れがひどくなったために、お客様の避難誘導をするべく展示室へ出ていきました。揺れる展示室のなかで、お客様がいないことを確認。しかし、あまりの揺れのために事務室へ戻ることが出来ず、壁に寄り添って、身を確保していました。スポットライトはバリバリという音を出し、ガラスケースはガタガタ振るえ、壁にかけてある作品は激しく左右に動く…。今考えると本当に恐ろしい。けれど、あのときは意外に頭の中は冷静で、震源地はどこだろうかと考えていました。宮城県でなければいいが…と私は故郷のことを考えていました。仮に宮城県であれば、これよりももっとすさまじい揺れが来ているはず…。

地震がおさまると、事務室へ戻り、テレビを付けるとすさまじい映像が…。あの津波です。見たときにめまいがしました。この世のものとは思えなくて。

幸いにも私の家族は全員無事でした。けれど、…。

南三陸、旧歌津町に大学時代、サークルの仲間で宿泊したことがありました。海の直ぐそば。みんなでお酒を飲んで大騒ぎしたあと、私はなんとなく外を見たくなって、窓から海を眺めました。とても静かで数隻の舟がゆらゆら揺れている、そんな場面を見た記憶があります。思い出の民宿。あの夫婦は助かったろうか。

荒浜、父がよく連れて行ってくれた海。

相馬、数年前、中学時代の友達と遊びに行ったとき、穏やかな波が打ち寄せる海岸がありました。日曜日の昼下がり、とても落ち着いた、素敵な街が広がっていました。道に迷った時に親切に道を教えてくれたおじさん、お昼に美味しいラーメンを作ってくれた恰幅のいいおばさん、みんな無事だといいのですが…。

私の高校の同級生たちは荒浜、山元町、亘理町、海沿いに住んでいました。みんな無事であって欲しい。

亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、まだ行方不明になっている方が一刻も早く救出されることを切に願っています。夢なら覚めて欲しい。