学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

丸谷才一著『横しぐれ』

2010-05-17 21:45:20 | 読書感想
短編小説は何のために書かれるのでしょうか。例えば、小説家村上春樹氏は、長編小説に取り組む前の実験的な場として短編小説を書くと述べています。(『若い読者のための短編小説案内』文春文庫 2004年)村上氏はインスピレーションを自由自在に働かせて、何よりもまず短編を楽しんで書くことを主にしているよう。では、今回ご紹介する丸谷才一氏の短編『横しぐれ』はどうでしょうか。

『横しぐれ』のあらすじは次のとおりです。

晩年の父が語り出した、若い時分の四国旅行のある出来事。ひょんなことから、父が出会ったのは種田山頭火ではなかったか、と仮説を立てた主人公は、様々な説を立てて追いかけてゆきます。しかし、しだいに謎を追っていくうちに、それが実は父の秘密へ迫ってゆくことになり、やがて驚くべき真実が…。

あらすじを追って行くだけでも、村上春樹氏のようにインスピレーションで書かれた短編ではなく、かなり構成を練って書かれたことがわかります。丸谷氏の場合、小説の舞台を用いて文学史の持論を展開させてゆく方法ですね。これは『雲の行き来』時代の中村真一郎氏に近いものがあります。(丸谷氏は『思考のレッスン』(文春文庫 2002年)において、中村真一郎氏を「重要な作家」と位置づけていることからもその影響はあると見てよいと思います)。さらにミステリーの要素を織り交ぜることで、読者をぐいぐい引っ張ってゆく小説になる。とても高度な技を持つ小説である、と私は思います。

短編小説の扱い方を比較してゆくと、作家それぞれに特徴があって、しかも突き詰めてゆくと作家の小説に対する考え方までのぞくことができるので、大変面白いものがあります。私もときどき余暇に小説を書くことがありますが、村上氏に近いインスピレーションから書き出すタイプです。中村氏や丸谷氏のような小説は、私には夢のまた夢(笑)ただ、いつかそういう小説を書いてみたい、私には高い目標で憧れの小説家であることは間違いありません。

●『横しぐれ』丸谷才一著 講談社文芸文庫 1990年

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