私の妻の実家は、以前泥棒の被害に遭いました。賊は窓から入り、室内のタンスや戸棚、本棚などをなりふり構わずひっくりかえし、金目のものを残らず盗んでいったのだそう。その反省から、妻の実家は泥棒対策として番犬を飼ったものの、飼い主に懐きすぎて留守番ができず、本来の役割を果たせなくなったというオチがあります。
『アーロン収容所』(会田雄次著、中公文庫、1973年)は、著者が太平洋戦争後にビルマで経験した約2年間の捕虜生活を書いた本です。戦勝国イギリスの元での強制労働は、暴力こそなかったものの、「異常」で屈辱的なもの。ろくな食事を与えられない著者たちは「飯の恨みは強い」と、彼らの物資を失敬してささやかな対抗を試みます。それは「泥棒なしに捕虜生活は語れない」ほどで、手と汗にぎる身体検査の攻防は大きな見どころです。しかし、泥棒は彼らだけではない。彼らのそばにいたビルマ人もそうだし、実はイギリス兵のなかにも泥棒はいたのです。捕虜の収容所という極めて深刻な題材を扱いながら、そこにユーモアを交えて描写する著者の文章力と構成力には敬服します。
私は「泥棒」という視点を切り取りましたが、この本はイギリスと日本の社会の違いを示すものでもあるし、太平洋戦争後のひとりの捕虜の生活を著したものでもあるし、様々な切り取り方のできる読み物です。ところで、皆さま、くれぐれも泥棒には気を付けてお過ごしください。
『アーロン収容所』(会田雄次著、中公文庫、1973年)は、著者が太平洋戦争後にビルマで経験した約2年間の捕虜生活を書いた本です。戦勝国イギリスの元での強制労働は、暴力こそなかったものの、「異常」で屈辱的なもの。ろくな食事を与えられない著者たちは「飯の恨みは強い」と、彼らの物資を失敬してささやかな対抗を試みます。それは「泥棒なしに捕虜生活は語れない」ほどで、手と汗にぎる身体検査の攻防は大きな見どころです。しかし、泥棒は彼らだけではない。彼らのそばにいたビルマ人もそうだし、実はイギリス兵のなかにも泥棒はいたのです。捕虜の収容所という極めて深刻な題材を扱いながら、そこにユーモアを交えて描写する著者の文章力と構成力には敬服します。
私は「泥棒」という視点を切り取りましたが、この本はイギリスと日本の社会の違いを示すものでもあるし、太平洋戦争後のひとりの捕虜の生活を著したものでもあるし、様々な切り取り方のできる読み物です。ところで、皆さま、くれぐれも泥棒には気を付けてお過ごしください。
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