語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『ロンドンは早朝の紅茶で明ける -私のロンドン案内-』

2010年04月08日 | エッセイ
 歴史を知れば知るほど味わい深くなる都市、それがロンドンである。

 たとえば、リージェント・パーク。大きさはハイド・パークにつぎ、クロムウェルの時代までは王室狩猟場だった。1838年、近代的な公園として市民に公開された。公園の名は、時の摂政殿下(プリンス・リージェント)、後のジョージ4世に由来する。

 たとえば、また、紅茶のトワイニング社は1706年創業だが、本店の入口には詩人ワーズワースの発注書が額にいれて飾ってある。
 ちなみに、普段飲むには「番茶のような紅茶が健康にはよい」そうな。トワイニングの「トラディッショナル」はその手の種類で、一流ホテルの、古きよき伝統にのっとったアフターヌーン・ティでも供される。

 かにかくに、ロンドンっ子の日々の生活の中には、生きている歴史がある。
 ロンドンの街に欠くべからざる風物となっている真っ赤な二階バスにせよ、19世紀中葉に出現した二頭立てないし四頭立て乗合馬車に起源がある。これがバスに切り替わったのは1910年代であった。

 歴史、歴史としての伝記を好む英国人は、おそらく世界で唯一、英国にしかない博物館さえ設置した。国立肖像画館がそれで、この館には歴史的人物の肖像画が5千人近くおさめられている。

 本書は、こうしたロンドン、そしてその背後にある歴史を悠揚せまらざる語り口で案内する。
 時として、文明批評がさらりと挿入される。たとえばウェストミンスター寺院のポエッツ・コーナー。詩人や作家を記念している一隅なのだが、「いったいわれわれ日本人に、伊勢神宮や明治神宮の神域に、西行だの、芭蕉だの、漱石を記念する場所を設けるような理念や感情があるだろうか」

 これからロンドンへ行く人は、本書をバッグにひそませよう。
 すでにロンドンに出かけたことはあるものの、駆け足で通りすぎた者は、見のがし聞きのがしたものを本書で補おう。
 まだ行ったことはなくて、これからも行く予定のない人は、一冊の本を傍らに、紅茶を喫しながら休日の午後をゆったりと過ごすとよい。

□出口保夫『ロンドンは早朝の紅茶で明ける -私のロンドン案内-』(PHP文庫、2008。後に『新私のロンドン案内』、ランダムハウス講談社文庫、2008)
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【言葉】痛烈な人物評

2010年04月08日 | 批評・思想
 早稲田伯、壮快愛すべし。しかれどもまた宰相の材にあらず。目前の智富みて後日の慮に乏し、故に百敗ありて一成なし。野にありて相場師たらしめば、正にその材を竭(つく)すことを得べし。けだし糸平、阿部彦の雄これのみ。
 山県は小黠(しょうかつ)、松方は至愚、西郷は怯懦、余の元老は筆を汚すに足る者莫(な)し。伊藤以下皆死し去ること一日早ければ、一日国家の益となるべし。

□中江兆民、井田進也・校注『一年有半』(岩波文庫、1995)

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