(1)政治論
野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらない」。国会でも同様の演説をしている。
ところが、「一体改革」政府素案には、社会保障の基本というべき年金については、民主党が掲げる最低保障年金を柱とする年金制度さえ示していない。他方、税については、消費税率の引き上げがスケジュールつきで明確に書かれている。
政権交代時のマニフェストに書いていない消費税はスケジュールや税率まで決めておきながら、マニフェストに書かれている年金改革はまだなのだ。
(2)社会保障論
消費税を社会保障目的税にするのは、先進国ではまず例を見ない奇妙なものだ。
社会保障は、給付と負担の明確化のため財源を保険料とするのが原則だ(保険方式)。低所得者向けに税財源を投入することはあっても、税を目的税化することはない。税を財源にすると、給付と負担の関係が明確でなくなり、サービス需要が大きくなる。
税財源だとサービス需要が大きくなって社会保障費が膨らむ(財政錯覚 Fiscal Illusion)。最近、特養ホーム(特別養護老人ホーム)で内部留保が2兆円にものぼったことが指摘されたが、税金投入が一因だろう【注1】。
(3)租税論
税率引き上げより先に、不公平を解消すべきだ。さもないと、穴の空いたバケツで水をすくうことになる。しかも、不公平を放置しておくと、税収確保がやりにくいばかりか不公平を増大させる。
(a)社会保険料といっても、法的性格は税と同じだ。払わなければ滞納処分になる。しかるに、年金機構(旧社保庁)の執行が甘い。税・保険料の不公平は、まず消えた保険料だ。国税庁と年金機構の把握法人数は、年金機構のほうが少なく国税庁と80万件もの差がある。これは、年間10兆円程度(推定)の保険料徴収漏れだ。
(b)国民番号制度がない。そのため所得税などの正確な補足が出来ず、これも不公平だ。国民番号制度を導入すれば、5兆円程度(推定)増収になる。
(c)消費税インボイスがない。そのため消費税も3兆円程度(推定)徴収漏れがある。(a)+(c)の合計18兆円程度の徴収漏れかつ不公平がある。
国税庁と年金機構を合体する歳入庁構想は、世界では当たり前だ。先進国で歳入庁でない国を探すほうがむずかしい。最近では1998年に英国が歳入庁を作っだ。検討に1年間、実施に1年間、計2年間でできた。
国民番号制度も消費税インボイスをやっていないのも、先進国では日本くらいだ。これらの世界の常識は、税率を上げる前に行うべきだ【注2】【注3】。
(4)地方分権の観点
地方分権には、三ゲン(権限・人ゲン・財源)の同時移譲が必要だ。地方は身近な行政サービスを行う(補完性の原則)。そのため、景気に左右されない安定財源が必要だ。地方の行政サービスのための安定財源は、地方分権された地方を見ても消費税が適切だ。ところが、消費税を社会保障目的税化して、国のサービスに固定されると、地方分権ができにくくなる【注4】。
(5)行革論
野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「12兆6,000億円ということは、消費税5%ということだ。消費税5%分の税金に、天下り法人がぶら下がってる。シロアリがたかってる。それなのに、シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるのか?」。
また、マニフェストには官僚の天下り先である独法への補助金を減らす、と書いてある。
1月20日、野田政権は独立行政法人の改革案を閣議決定した。が、肝心な支出削減額が明記されていない。ここでも、マニフェストに書いてあることをやっていない。
(6)マクロ経済からの問題
デフレのまま、消費税増税を行うというのは狂気の沙汰だ。欧州危機も考慮し、財政再建へ軸足をかけすぎないほうがよい。債務を適切な水準に戻すまでには優に20年以上かかるだろう。「急がば回れ」だ。
日本の低いままの名目成長率は、財政当局に悪用されている(必要な増税額を水増しして示す)。社会保障費は、高齢化によって年間1兆円程度増加する、としている。その一方で、消費税増税については、今後5年間の名目成長率1%程度を前提に計算している。増税では低い名目成長率を使いながら、経済成長をいうときには実質2%、名目3%を目指すのだ(二枚舌)。
名目成長率を上げることはそれほど難しくない。マネーを増やせばよいだけのことだ。マネーを増やせば、為替はかなり簡単に円安になり、それだけで名目GDPが上がる【注5】【注6】。さらにデフレも脱却できる。円の総量とドルの総量の関係から為替が決まることと、円の総量とモノの総量の関係で一般物価が決まることはかなり似ている。円が増えてドルが相対的に少なくなってドル高(円安)になることは、円が増えてモノが相対的に少なくなって物価が高くなることは基本的に同じ現象だ。
5%程度の名目成長、少し歳出削減するなら4%の名目成長でも財政再建は可能だ。
マネー伸び率10%程度を10年間継続して行えば、5%程度のまともな名目経済成長ができる。そうすれば、消費税増税は不要になる。
このように、適切なマクロ経済政策をとれば、消費税増税は不要なのだが、民主党政権は、放漫な財政運営で、自公政権時代より10兆円近く財政を膨らませてしまった。結局、今回の消費税増税はこのツケだ【注7】。
増税分は社会保障に使うとか、カネに色のついていないことをいいことに、デタラメな説明を繰り返しているが、これが社会保障と税の一体改革の正体だ。
【注1】高橋洋一「社会保障を人質に理屈なき消費税増税を狙う ~高橋洋一の俗論を撃つ【第6回】 2011年1月27日~」(DIAMOND online)
【注2】高橋洋一「増税一直線の野田政権に告ぐ 増税に代わる財源を示そう ~高橋洋一の俗論を撃つ【第21回】 2011年9月8日~」(DIAMOND online)
【注3】高橋洋一「超党派議員が開いたシンポジウムで鳩山元総理がぶち上げた日銀法改正論 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第27回】 2011年12月1日~」(DIAMOND online)
【注4】高橋洋一「消費税の税源移譲なくして地方分権なし その社会保障目的税化は地方分権の大障害 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第28回】 2011年12月15日~」(DIAMOND online)
【注5】高橋洋一「為替介入効果が長続きしない理由 日米マネー量の相対比が円ドルレートを左右する ~高橋洋一の俗論を撃つ【第第25回】 2011年11月4日~」(DIAMOND online)
【注6】高橋洋一「為替再考!なぜ小泉・安倍政権時代には円安誘導に成功したか ~高橋洋一の俗論を撃つ【第30回】 2012年1月12日~」(DIAMOND online)
【注7】高橋洋一「民主党マニフェストは総崩れ ツケは増税で国民に回る ~高橋洋一の俗論を撃つ【第29回】 2011年12月29日~」(DIAMOND online)
以上、高橋洋一(嘉悦大学教授)「社会保障と税の一体改革批判① ~論争! 日本のアジェンダ 【第1回】 2012年1月24日~」(DIAMOND online)に拠る。
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野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらない」。国会でも同様の演説をしている。
ところが、「一体改革」政府素案には、社会保障の基本というべき年金については、民主党が掲げる最低保障年金を柱とする年金制度さえ示していない。他方、税については、消費税率の引き上げがスケジュールつきで明確に書かれている。
政権交代時のマニフェストに書いていない消費税はスケジュールや税率まで決めておきながら、マニフェストに書かれている年金改革はまだなのだ。
(2)社会保障論
消費税を社会保障目的税にするのは、先進国ではまず例を見ない奇妙なものだ。
社会保障は、給付と負担の明確化のため財源を保険料とするのが原則だ(保険方式)。低所得者向けに税財源を投入することはあっても、税を目的税化することはない。税を財源にすると、給付と負担の関係が明確でなくなり、サービス需要が大きくなる。
税財源だとサービス需要が大きくなって社会保障費が膨らむ(財政錯覚 Fiscal Illusion)。最近、特養ホーム(特別養護老人ホーム)で内部留保が2兆円にものぼったことが指摘されたが、税金投入が一因だろう【注1】。
(3)租税論
税率引き上げより先に、不公平を解消すべきだ。さもないと、穴の空いたバケツで水をすくうことになる。しかも、不公平を放置しておくと、税収確保がやりにくいばかりか不公平を増大させる。
(a)社会保険料といっても、法的性格は税と同じだ。払わなければ滞納処分になる。しかるに、年金機構(旧社保庁)の執行が甘い。税・保険料の不公平は、まず消えた保険料だ。国税庁と年金機構の把握法人数は、年金機構のほうが少なく国税庁と80万件もの差がある。これは、年間10兆円程度(推定)の保険料徴収漏れだ。
(b)国民番号制度がない。そのため所得税などの正確な補足が出来ず、これも不公平だ。国民番号制度を導入すれば、5兆円程度(推定)増収になる。
(c)消費税インボイスがない。そのため消費税も3兆円程度(推定)徴収漏れがある。(a)+(c)の合計18兆円程度の徴収漏れかつ不公平がある。
国税庁と年金機構を合体する歳入庁構想は、世界では当たり前だ。先進国で歳入庁でない国を探すほうがむずかしい。最近では1998年に英国が歳入庁を作っだ。検討に1年間、実施に1年間、計2年間でできた。
国民番号制度も消費税インボイスをやっていないのも、先進国では日本くらいだ。これらの世界の常識は、税率を上げる前に行うべきだ【注2】【注3】。
(4)地方分権の観点
地方分権には、三ゲン(権限・人ゲン・財源)の同時移譲が必要だ。地方は身近な行政サービスを行う(補完性の原則)。そのため、景気に左右されない安定財源が必要だ。地方の行政サービスのための安定財源は、地方分権された地方を見ても消費税が適切だ。ところが、消費税を社会保障目的税化して、国のサービスに固定されると、地方分権ができにくくなる【注4】。
(5)行革論
野田総理は、政権交代前の街頭演説でいわく、「12兆6,000億円ということは、消費税5%ということだ。消費税5%分の税金に、天下り法人がぶら下がってる。シロアリがたかってる。それなのに、シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるのか?」。
また、マニフェストには官僚の天下り先である独法への補助金を減らす、と書いてある。
1月20日、野田政権は独立行政法人の改革案を閣議決定した。が、肝心な支出削減額が明記されていない。ここでも、マニフェストに書いてあることをやっていない。
(6)マクロ経済からの問題
デフレのまま、消費税増税を行うというのは狂気の沙汰だ。欧州危機も考慮し、財政再建へ軸足をかけすぎないほうがよい。債務を適切な水準に戻すまでには優に20年以上かかるだろう。「急がば回れ」だ。
日本の低いままの名目成長率は、財政当局に悪用されている(必要な増税額を水増しして示す)。社会保障費は、高齢化によって年間1兆円程度増加する、としている。その一方で、消費税増税については、今後5年間の名目成長率1%程度を前提に計算している。増税では低い名目成長率を使いながら、経済成長をいうときには実質2%、名目3%を目指すのだ(二枚舌)。
名目成長率を上げることはそれほど難しくない。マネーを増やせばよいだけのことだ。マネーを増やせば、為替はかなり簡単に円安になり、それだけで名目GDPが上がる【注5】【注6】。さらにデフレも脱却できる。円の総量とドルの総量の関係から為替が決まることと、円の総量とモノの総量の関係で一般物価が決まることはかなり似ている。円が増えてドルが相対的に少なくなってドル高(円安)になることは、円が増えてモノが相対的に少なくなって物価が高くなることは基本的に同じ現象だ。
5%程度の名目成長、少し歳出削減するなら4%の名目成長でも財政再建は可能だ。
マネー伸び率10%程度を10年間継続して行えば、5%程度のまともな名目経済成長ができる。そうすれば、消費税増税は不要になる。
このように、適切なマクロ経済政策をとれば、消費税増税は不要なのだが、民主党政権は、放漫な財政運営で、自公政権時代より10兆円近く財政を膨らませてしまった。結局、今回の消費税増税はこのツケだ【注7】。
増税分は社会保障に使うとか、カネに色のついていないことをいいことに、デタラメな説明を繰り返しているが、これが社会保障と税の一体改革の正体だ。
【注1】高橋洋一「社会保障を人質に理屈なき消費税増税を狙う ~高橋洋一の俗論を撃つ【第6回】 2011年1月27日~」(DIAMOND online)
【注2】高橋洋一「増税一直線の野田政権に告ぐ 増税に代わる財源を示そう ~高橋洋一の俗論を撃つ【第21回】 2011年9月8日~」(DIAMOND online)
【注3】高橋洋一「超党派議員が開いたシンポジウムで鳩山元総理がぶち上げた日銀法改正論 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第27回】 2011年12月1日~」(DIAMOND online)
【注4】高橋洋一「消費税の税源移譲なくして地方分権なし その社会保障目的税化は地方分権の大障害 ~高橋洋一の俗論を撃つ【第28回】 2011年12月15日~」(DIAMOND online)
【注5】高橋洋一「為替介入効果が長続きしない理由 日米マネー量の相対比が円ドルレートを左右する ~高橋洋一の俗論を撃つ【第第25回】 2011年11月4日~」(DIAMOND online)
【注6】高橋洋一「為替再考!なぜ小泉・安倍政権時代には円安誘導に成功したか ~高橋洋一の俗論を撃つ【第30回】 2012年1月12日~」(DIAMOND online)
【注7】高橋洋一「民主党マニフェストは総崩れ ツケは増税で国民に回る ~高橋洋一の俗論を撃つ【第29回】 2011年12月29日~」(DIAMOND online)
以上、高橋洋一(嘉悦大学教授)「社会保障と税の一体改革批判① ~論争! 日本のアジェンダ 【第1回】 2012年1月24日~」(DIAMOND online)に拠る。
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