語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【経済】財政再建と介護(3) ~新しい介護産業~

2012年02月07日 | ●野口悠紀雄
 (承前)
 本書の後半(第5章以降)は介護の経済学とでも呼ぶべきもので、最後の第8章では5節において、いくつか提言している。経済学的な観点に立ち、社会保障の内側からする提言とは、ひと味違う。いささか荒削りな議論であるけれども、(4)の資産活用はすでに「武蔵野市福祉公社」が1981年に実践している。野口のいわゆる「発想の転換」は、ちっとも奇抜ではない。

5 新しい介護産業の確立に向けて
(1)介護に対する負担と給付
 介護保険の財源は公費と保険料で、その比率は50%ずつだ。保険料の全国平均月額は4,160円。税負担を含めれば、介護のために1人当たり月額8,320円を負担していることになる。被保険者(40歳以上の者)人口は7,170万人だから、国全体では月5,700億円程度の負担だ。
 ところで、現在、要支援者数+要介護者数=500万人だ(65歳以上人口2,900万人の17%)。よって、要支援者・要介護者の1人当たりが使える費用は平均して月11万円だ。
 しかし、この状況は将来悪化する。2025年における65歳以上人口は、3,635万人となる。要支援者数+要介護者数=618万人に増加する。
 他方で、2025年における40歳以上人口は7,735万人になる。よって、負担制度が現在と変わらなければ、1人当たりが使える費用は平均して月10.3万円となり、現在より1割減少する。
 格別の対策がなされなければ、介護職員の月収も20万円以下のレベルに引き下げざるをえなくなるだろう。経済全体として労働需給が逼迫するなかで給与が引き下げられれば、介護分野での人員確保は、きわめて困難な課題になるだろう。

(2)人材確保の困難
 (1)の問題が生じる基本的な原因は、必要な費用を保険料と公費で賄おうとするところにある。公的な仕組み(介護保険)で対処しようとすれば、収入は限られているので、それに合わせてサービスの価格が固定化される。ために、超過需要が生じていても供給が増えないのだ。その結果、現場では深刻な人手不足が生じる。
 医療でも同じ問題が生じている。
 超過需要を調整する仕組みとして行列しかない・・・・これは制度改革によって対処し得る問題だ。ここは、規制緩和が最も必要とされる分野だ。
 最低サービスの確保を公的施策で行うべきことは間違いない。しかし、それを超える水準の要求に対して、市場メカニズムの機能を封鎖すべきではない。発想を転換すれば、事態はかなり変わる。

(3)介護保険は実際には世代間移転
 2000年施行の介護保険は、世代間の公平の見地からも大きな問題を抱えている。
 現在給付を受けている人の多くは、これまで十分な額の保険料を支払ってこなかったのだ。つまり、現行の仕組みは、保険とはいうものの、経済全体で見れば、若年者が中心となって要介護者を支える世代間移転の仕組みになっている。これは、現行の公的年金と同じ構造だ。
 そして、これが医療保険と異なる点だ。医療保険は、昔から存在しているので、現在給付を受けている人も、過去において保険料を負担してきた。しかも、医療給付は短期的なものが多いので、負担と受給は1年間という期間で完結している。このような医療保険制度の延長として、長期的要素の強い異質ものもの(介護保険)を忍びこませているのだ。
 しかも、将来の労働力不足を考えると、将来時点で十分な給付が受けられるかどうか、定かではない。年金の場合、制度改正のたびに給付水準が切り下げられてきた。それと同じことが介護保険においても生じる可能性が高い。そうなれば、世代間の不公平はもっと大きくなる。

(4)資産を介護費用に
 介護保険では、受給にあたって資産保有に係る制約はない。都市部に広大な不動産を持っている人が、それを介護費用に活用することなく、介護保険から給付を受けている。公平の観点から、きわめて大きな問題だ。
 仮に介護保険がなく、親が住宅を保有していれば、子は親の住宅を売却して介護費用に充てるだろう。しかし、介護費用が介護保険で賄われれば、住宅を売却することなく、それを相続できる。介護保険は、親が住宅を持っている人に有利に働く制度だ。
 高齢者3経費(基礎年金・老人医療・介護)を消費税で支えるのは、公平の見地からして支持できない。
 (a)相続税を強化し、その収入を介護費用の公費分に充てれば公平が保たれる。相続税こそ、介護制度を支える財源になるべきものだ。
 (b)多額の不動産の保有者に対して介護保険の給付を制限し、不公平に対処すべきだ。介護保険に「資産テスト(ミーンズテスト)」を導入するのだ。
 (c)資産はあっても所得のない人には、公的主体が住宅資産を流動化させる制度を用意すればよい。リバースモーゲッジは、そのような制度だ。居住用住宅を担保にして貸付を行うのだ。所有者死亡後、相続者は貸付を返済して住宅を引き取ることもできる。返済できない場合は、貸付者が引き取る。これによって、眠っている資産を流動化させることができる。
 この制度は、他の場合にも適用できる。有料老人ホーム入居時の高額な一時金など。
 住宅を売却したくともできない場合、売却しては資産が余ってしまう場合、子からすれば売却してほしくない場合、子が介護のために働けない場合・・・・こうしたケースにもリバースモーゲッジは対応できる。
 さらに、介護とは別に相続を円滑に進める手段としても活用できる。日本経済の活性化にも寄与する。
 この制度は、公的主体が行うことが考えられるが、民間の金融機関が行ってもよい。新しい金融事業が生まれることになる。
 これ以外にも、保険、金融分野で新しいサービスが必要だ。その一つは、現物サービスを保障する保険だ。これには先端的な金融知識の活用が必要で、うまく実現できればリバースモーゲッジと並んで一大産業が展開できる。

(5)公的主体がなすべきこと
 今後必要とされるのは、現行制度からの大きな転換だ。
 (a)民間企業の参入を促進する制度をつくる。
 (b)保険料だけではなく、新たな財源をつくる。資産の流動化や新たな民間保険など、新しい金融サービスを開発する。
 (c)基本的な考えを転換する。これまでの基本的な発想は、公的な仕組みによる介護だった。その充実には予算措置が必要で、それには限度がある。だから足りない部分を民間で補填する、というのが基本的な発想だった。この発想を転換するのだ。
 このプロセスで政府がなすべきことは、次のことだ。
 ①最低サービスの保障。それ以上のサービスは、所得や支払い能力に応じる供給があってよい。
 ②サービス供給主体の質の評価。有料老人ホームなどのサービスの質は、利用者にわかりにくい。開設時だけでなく、定期的に行う必要がある。
 ③介護の質の評価。

(6)製造業を介護産業に転換させる
 特に重要なのは、町工場レベルの小規模製造業だ。工場の跡地は住宅になったが、従業員は活用されていない。
 (a)施設面。工場跡地に老人ホームをつくる。道路などの施設はあるから、介護施設に使える。
 (b)雇用面。これまで工場で雇用していた従業員を介護に転換させる。ショッピングセンター転用より雇用創出効果が大きい。
 (c)技術面。ロボット、一人用移動機器、ハイテクベッド、ハイテク介護機器など、可能性は山ほどある。ゆくゆくは輸出できるようになるまで成長するだろう。医療においても、技術開発が必要なのは医薬だけではない。製造業的技術を適用できる面が強い。

(7)介護人材のグローバル化
 今後、数百万人単位で労働力不足が起きることは十分にあり得る。
 これを補うため、介護分野の労働力を外国に求める必要が生じるだろう。特に中国に人材を求めざるを得なくなるだろう。その観点からすると、中国を排除している現在のTPPの仕組みは問題だ。外国人労働力の活用は、円高を活用できる最大の分野であることにも注意が必要だ。
 日本の人口高齢化の急速な進展は、これまでどの国も経験したことのなかったものだ。モデルを外国に求めることはできない。日本特有の解決を探る必要がある。
 介護は、大きな広がりをもつ問題だ。厚労省だけでは解決できない。権限面でも、厚労省だけでできることではない。
 介護(さらには社会保障制度)は、厚労省に任せきりにするには、あまりに重要な問題なのだ。

□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)

 【参考】「【経済】財政再建と介護(1) ~曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用~
     「【経済】財政再建と介護(2) ~将来の労働事情~
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