1月末に刊行された野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない』は、タイトルが示すように消費増税批判なのだが、批判に重点を置いているのではなく、財政悪化の原因を剔抉し、財政再建の方策を提案する。
目次を見てみよう。
第1章 消費税を増税しても財政再建できない
第2章 国債消化はいつ行き詰まるか
第3章 対外資産を売却して復興財源をまかなうべきだった
第4章 歳出の見直しをどう進めるか
第5章 社会保障の見直しこそ最重要
第6章 経済停滞の原因は人口減少ではない
第7章 高齢化がマクロ経済に与えた影響
第8章 介護は日本を支える産業になり得るか?
目次を追うだけでも容易に推察できるように、財政再建には増税よりもむしろ歳出の見直しが重要だ、としている。見直しにおいて重要なのは社会保障であり、ことに介護だ。
こう書くと野口は社会保障費の抑制を主張しているように見え、じじつ社会保障費の伸び率に警鐘を鳴らしていているのだが、それだけだと拝聴する側は気が滅入る。ところが、幸い、野口は単純な社会保障費カットを主張していない。
介護の分野に新産業を創出することで、一方では製造業から放出されていく労働力を吸収し、他方では要介護人口を支える生産年齢人口の減少に対処する。そのためには、従来の社会保障の発想を転換し、制度を変えなければならない、という。
そう述べる本書の結論、第8章は、次の5節で構成される。
1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
2 急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?
3 製造業の雇用は減少するが、労働力人口はもっと減少
4 将来の政策課題は、量の確保でなく質の向上
5 新しい介護産業の確立に向けて
以下、野口の議論を順次追ってみたい。
*
1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
(1)介護という「新産業」の登場
1990年代後半以降、日本の雇用構造に変化が起きた。(a)製造業の雇用が減り、(b)介護の雇用が増えた。(a)と(b)とはほぼ同数なので、全体の雇用の減少は緩やかなものだった。
(b)は、54万人(2000年)→112万人(2005年)・・・・と5年間で2倍になった。施設より在宅サービスの職員が増えた。
なぜか。要介護人口が急増したからだ。218万人(2000年)→411万人(2005年)・・・・倍増。平均年率13.5%。
この原因は、介護保険保険法施行(2000年4月)による。要介護が顕在化し、それに対応するために介護職員が急増したのだ。介護という「新産業」が登場し、雇用を吸収したのだ。
ちなみに、要介護比率が増加するとされる80歳以上人口は、5年間で1割増えたにすぎない。
(2)今後の要介護人口の伸びは鈍化
このような「初期フェイズ」はすでに終わりつつある(介護保険制度が始まってから約10年間は特殊な時期だった)。定常状態になれば、これまでのような介護部門の雇用増は期待できなくなる。
80歳以上人口の増加率は、低下し続けている。年率は、2014年から3%台に、2034年から2046年の間は(2045年を例外として)マイナスになる。当然、要介護人口も、2012年から2017年までの5年間で2割、2012年までの10年間で4割増える程度だ。
介護関係従事者の伸び率も、その程度に低下する。実際、最近の増加は、毎年10万人程度になっている。→日本の雇用構造に大きな影響。
(3)1990年代以降の日本で所得が低下した理由
介護部門の平均賃金は、製造業のそれより低かった。だから、1-(1)の雇用構造の変化により、日本全体の所得が低下した。
1990年代以降、新興国の台頭によって工業製品の価格が継続的に下落した。そのため製造業の利益が縮小し、賃金を切り下げた・・・・と「デフレスパイラル」論は主張する。しかし、この認識は誤りだ。
実際には、製造業の賃金は低下しなかった。製造業が放出した雇用の受け入れ先=介護の賃金が低かったため、全体の賃金が低下したのだ。
製造業の雇用を受け止める生産性の高い産業がなかったことが問題なのだ。
米国や英国でjは、金融業など生産性の高い産業が雇用を増加させたため、経済全体の所得が増加した。
(4)要介護人口の伸びが鈍化すれば所得がさらに低下
過去10年間、介護サービスと介護従事者の両方に対して超過需要の状態にあった。ここに市場メカニズムが働いていたら、介護従事者の所得は向上したはずだ。しかし、現実には、この部門の所得は低く抑えられたままだ。介護が基本的には、公的施策(介護保険)の枠内で行われてきたからだ。
今後、1-(2)の定常状態になって、超過需要状態が解消されてしまえば、介護部門の賃金引き上げは不可能になる(相対的低賃金の継続)。
のみならず、介護保険財政が悪化する可能性が高い。なぜなら、要介護人口は増加し続ける一方、保険料を負担する世代の人口が減少していくからだ。そうなれば、(介護保険の枠内における)介護従事者の賃金引き上げは、さらに難しくなる。場合によっては、現在よりさらに状況が悪化する可能性が高い。
以上のように、今、介護産業は大きな曲がり角に来ている。それは、日本経済全体に関わる重大問題でもある。なぜなら、製造業では今後も雇用が減少していくだろうから。それを引き受ける部門の賃金が今より低下すれば、日本の所得低下減少はさらに拍車がかかる。
これを回避する手段はある。介護に関する発想を大転換し、これまでの10年間とは異なる介護産業のビジョンを描き、仕組みを変えるならば。
【続く】
□野口悠紀雄『消費増税では財政再建できない ~「国債破綻」回避へのシナリオ~』(ダイヤモンド社、2011)
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目次を見てみよう。
第1章 消費税を増税しても財政再建できない
第2章 国債消化はいつ行き詰まるか
第3章 対外資産を売却して復興財源をまかなうべきだった
第4章 歳出の見直しをどう進めるか
第5章 社会保障の見直しこそ最重要
第6章 経済停滞の原因は人口減少ではない
第7章 高齢化がマクロ経済に与えた影響
第8章 介護は日本を支える産業になり得るか?
目次を追うだけでも容易に推察できるように、財政再建には増税よりもむしろ歳出の見直しが重要だ、としている。見直しにおいて重要なのは社会保障であり、ことに介護だ。
こう書くと野口は社会保障費の抑制を主張しているように見え、じじつ社会保障費の伸び率に警鐘を鳴らしていているのだが、それだけだと拝聴する側は気が滅入る。ところが、幸い、野口は単純な社会保障費カットを主張していない。
介護の分野に新産業を創出することで、一方では製造業から放出されていく労働力を吸収し、他方では要介護人口を支える生産年齢人口の減少に対処する。そのためには、従来の社会保障の発想を転換し、制度を変えなければならない、という。
そう述べる本書の結論、第8章は、次の5節で構成される。
1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
2 急増する老人ホームに供給過剰が生じないか?
3 製造業の雇用は減少するが、労働力人口はもっと減少
4 将来の政策課題は、量の確保でなく質の向上
5 新しい介護産業の確立に向けて
以下、野口の議論を順次追ってみたい。
*
1 曲がり角に立つ介護産業と日本の雇用
(1)介護という「新産業」の登場
1990年代後半以降、日本の雇用構造に変化が起きた。(a)製造業の雇用が減り、(b)介護の雇用が増えた。(a)と(b)とはほぼ同数なので、全体の雇用の減少は緩やかなものだった。
(b)は、54万人(2000年)→112万人(2005年)・・・・と5年間で2倍になった。施設より在宅サービスの職員が増えた。
なぜか。要介護人口が急増したからだ。218万人(2000年)→411万人(2005年)・・・・倍増。平均年率13.5%。
この原因は、介護保険保険法施行(2000年4月)による。要介護が顕在化し、それに対応するために介護職員が急増したのだ。介護という「新産業」が登場し、雇用を吸収したのだ。
ちなみに、要介護比率が増加するとされる80歳以上人口は、5年間で1割増えたにすぎない。
(2)今後の要介護人口の伸びは鈍化
このような「初期フェイズ」はすでに終わりつつある(介護保険制度が始まってから約10年間は特殊な時期だった)。定常状態になれば、これまでのような介護部門の雇用増は期待できなくなる。
80歳以上人口の増加率は、低下し続けている。年率は、2014年から3%台に、2034年から2046年の間は(2045年を例外として)マイナスになる。当然、要介護人口も、2012年から2017年までの5年間で2割、2012年までの10年間で4割増える程度だ。
介護関係従事者の伸び率も、その程度に低下する。実際、最近の増加は、毎年10万人程度になっている。→日本の雇用構造に大きな影響。
(3)1990年代以降の日本で所得が低下した理由
介護部門の平均賃金は、製造業のそれより低かった。だから、1-(1)の雇用構造の変化により、日本全体の所得が低下した。
1990年代以降、新興国の台頭によって工業製品の価格が継続的に下落した。そのため製造業の利益が縮小し、賃金を切り下げた・・・・と「デフレスパイラル」論は主張する。しかし、この認識は誤りだ。
実際には、製造業の賃金は低下しなかった。製造業が放出した雇用の受け入れ先=介護の賃金が低かったため、全体の賃金が低下したのだ。
製造業の雇用を受け止める生産性の高い産業がなかったことが問題なのだ。
米国や英国でjは、金融業など生産性の高い産業が雇用を増加させたため、経済全体の所得が増加した。
(4)要介護人口の伸びが鈍化すれば所得がさらに低下
過去10年間、介護サービスと介護従事者の両方に対して超過需要の状態にあった。ここに市場メカニズムが働いていたら、介護従事者の所得は向上したはずだ。しかし、現実には、この部門の所得は低く抑えられたままだ。介護が基本的には、公的施策(介護保険)の枠内で行われてきたからだ。
今後、1-(2)の定常状態になって、超過需要状態が解消されてしまえば、介護部門の賃金引き上げは不可能になる(相対的低賃金の継続)。
のみならず、介護保険財政が悪化する可能性が高い。なぜなら、要介護人口は増加し続ける一方、保険料を負担する世代の人口が減少していくからだ。そうなれば、(介護保険の枠内における)介護従事者の賃金引き上げは、さらに難しくなる。場合によっては、現在よりさらに状況が悪化する可能性が高い。
以上のように、今、介護産業は大きな曲がり角に来ている。それは、日本経済全体に関わる重大問題でもある。なぜなら、製造業では今後も雇用が減少していくだろうから。それを引き受ける部門の賃金が今より低下すれば、日本の所得低下減少はさらに拍車がかかる。
これを回避する手段はある。介護に関する発想を大転換し、これまでの10年間とは異なる介護産業のビジョンを描き、仕組みを変えるならば。
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