語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~

2016年02月19日 | 心理
 

 (1)<--戦争のことをあれだけお書きになっていても、まだ言いきれないというお気持ちはおありですか。今後のお仕事としてやる、やらないということは別として。
 大岡 ええ。戦う人間の内部という問題があるんです。『レイテ戦記』はほとんどが外部から書いたもんですからね>【注】

 【注】大岡昇平『わが文学生活』(中公文庫、1981)

 (2)『戦争の心理学』の「第2部 戦闘中の知覚の歪み --意識変容状態」の最初は「第5章 目と耳 --選択的聴覚抑制、音の強化、トンネル視野」である。その冒頭でいう。
 「戦闘中には一連の奇怪な歪みが生じ、周囲の見え方、現実の認識のしかたが変化する。真の意味での意識変容状態に陥るのだ。これは薬物摂取時や睡眠中に起きることに似ている。信じられないことだが、この現象はつい最近まで知られていなかった。(中略)過去5千年にわからなかったことがよ うやく、この数十年でしだいに明らかになってきた。そしていまでも、日々新たな発見が続いている」

 (3)戦闘中の聴覚や視覚の歪みは、人が日常的に体験する正常な歪みとは大きく異なる。
 “選択的聴覚抑制”や“トンネル視野”には、「気をとられる」という心理的な影響だけではなく、目や耳の生物機械学的変化による強力な生理現象が関わっているようだ。血管収縮その他のストレス反応の副作用である、と考えられている。 

 (4)警官141人への調査結果によれば、85%が発砲の際に音が小さく聞こえた(選択的聴覚抑制)。
 感覚刺激の遮断は、しょっちゅう起こっている。冷蔵庫のうなりとか、遠くの車の音といった背景雑音はすべて聞こえていないだろう。人の脳は、感覚データをたえず無視している。そうでないと処理しきれなくなってパンクしてしまうからだ。
 過大なストレスのかかる状況では、選択的遮断がさらにエスカレートし、生き残るために必要な感覚以外はすべて遮断される。その必要な感覚とは、通常は視覚だ。しかし、光量が足りない場合は、聴覚の「スイッチ」が入って視覚の「スイッチ」が切られることがある。この場合、銃声は聞こえるが、銃口から火が噴くのは見えにくくなる。
 脳は、目標に無関係と判断したデータを意識からはじいている。その目標とは、生き残ることだ。聴覚科学分野の研究によれば、大きな音を物理的・機械的に遮断する機能があるらしい。この生物機械的な音の遮断は、突然の大音響に反応して1ミリセカンド以内に起きるようだ。
 これには、二つの現象が関わっている。
  (a)特定の音だけが聞こえなくなる。兵舎で仲間のいびきを気にせずに眠れる、とか。
  (b)ごく短時間に大きな音が物理的・機械的に抑制または消去される。そのため、事後に起きるはずの耳鳴りすら起きない。
 (b)は、大きく3種類に分けられる。 
   ①自分の銃声は小さく聞こえるが、同僚の発砲音は耳を聾するほどに聞こえる。ストレスが中程度の時起きる。
   ②すべての音が遮断され、事後に回顧しても何の音も聞いた記憶がない。高ストレス状況で起きる。
   ③銃声はまたく聞こえなくなるが、他の音はすべて聞こえる。これが最も一般的だろう。

 (5)聞こえなくなるのは銃声だけではない。
 致命的武力対決の際に、パトカーのサイレンやその他緊急車両のサイレンがまったく聞こえなかった、という警察官は何人もいる。ある公園警察官は、銃撃戦の最中、頭上でホバリングしているヘリコプターの音が聞こえなかった。
 戦闘中には、大声で話しかけられても聞こえない、ということはよくあることだ。これは小部隊の指揮官たちには以前から理解されていたが、部下に命令を聞かせたり、こちらに目を向けさせるためには、指揮官は部下の正面に立っていなければならない。戦闘中、最も危険な位置に指揮官が立つのは、部下にこちらを向かせ、命令を聞かせるためにはそうするしかないからである。

□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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【古賀茂明】シャープ救済劇と官僚の思惑

2016年02月19日 | 社会
 (1)シャープ救済劇のニュースが連日大きく報道されている。今回の救済劇の本質をズバリ言うと、
   「国威発揚を喜ぶ」
    「右翼安倍晋三首相の威を借りた」
     「外資嫌いの」
      「経済産業省介入派官僚による」
       「古色蒼然たる」
        「日の丸戦争ごっこ」

 (2)シャープは、高度な液晶技術を売りにした優良企業だったが、韓国のサムスン、LGに追い抜かれ、経営不振のピンチに陥った。そこに経産省が登場し、傘下の官民ファンド「産業革新機構」が救済する方向となっていた。
 「革新機構」は、銀行に、事実上の債権放棄を含めて3,500億円の金融支援を求め、自らは3,000億円を出資するとした。その上で、シャープの液晶事業は分社化し、やはり「革新機構」が大株主となっているジャパンディスプレイ(日立、東芝、ソニーの液晶部門を統合した企業)と統合し、白物家電部門は東芝の家電部門と統合するという「日の丸連合」案を高らかに掲げた。

 (3)一方、台湾メーカーの鴻海(ホンハイ)精密工業は、7,000億円もの出資を提示し、銀行の債権放棄は不要、経営陣は温存、大規模投資でシャープブランドを活用した復活を期す、という案を示した。液晶事業は、シャープとの共同事業でアル堺工場と統合、その他の部門は太陽光発電関連を除き、切り売りはしない、という。
 額面どおり受け取るならば、こちらの方が魅力的なはずだ。
 
 (4)それなのに、「革新機構」案が優先されたのは、
   「国威発揚」をめざす
    「右翼」安倍首相の「威光」を
     「古色蒼然」たる
      経済産業省の「介入派」官僚が
うまく利用したからだろう。関係者に、「官邸の意向」と称して、「シャープを外資に渡すな」と言えば、恐ろしい安倍政権に逆らうものはいない。

 (5)経産省の中で主流派の「介入派」官僚たちは、本気で「自分たちが一番優秀だ」と思い込んでいる。シャープも東芝も「馬鹿な経営者と出来の悪い金融機関では必要な改革ができない」ので、「自分たちが叩き直してやるしかない」と考えたのだ。
 そんな彼らは、「日の丸連合」の大見出しが新聞に躍るたびに、欣喜雀躍していた。

 (6)しかし、経産省の「介入派」官僚たちの救済案は、「日の丸」にこだわっただけの単純な救済合併と事業の切り貼りの案に過ぎない。
 鴻海のカリスマ経営者の郭台銘・薫事長がシャープの社外取締役や銀行陣にダイナミックな再建案を示すと、「革新機構」案はたちまち色あせてしまった。
 
 (7)鴻海に逆転を許し、経産官僚のプライドは打ち砕かれた。
 しかし、林幹雄・経産相は、5日の閣議後の記者会見で、「産業革新機構はシャープの要請に応えた」だけで、鴻海と「買収合戦」したわけではないと、経産官僚が作ったメモを読み上げた。
 決して負けを認めないのも、経産官僚の特性だ。

 (8)実は、経産省にはまだ大きな関心事項がある。シャープの天下りポストだ。鴻海傘下に入れば、これを失う可能性が高い。
 事業再生の世界では、「下駄を履くまでわからない」というのが常識。
 今後の最終調整段階で問題が生じれば、経産省はそれに乗じてまとまりかけたディールをひっくり返そうとするだろう。官僚は、どんなときでも自分たちの利権の維持・拡大を諦めることはないのだ。

□古賀茂明「シャープ救済劇と官僚の思惑 ~官々愕々第188回~」(「週刊現代」2016年2月27日号)
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 【参考】
【古賀茂明】ルールが守られない国、日本 ~途上国体質~
【古賀茂明】争点化すべき企業献金問題
【古賀茂明】基地をめぐる二つの選挙
【古賀茂明】前半がバラマキ政策、後半が憲法改正 ~「先楽後憂」の今年~
【古賀茂明】玉虫色の民主・維新政策合意 ~平和主義も放棄?~
【古賀茂明】シリア空爆の裏にある真実 ~軍需産業の大儲け~
【古賀茂明】橋下市長の去就で、憲法改正が現実味?
【古賀茂明】空虚な「日本再興戦略」 ~成長戦略の挫折~
【古賀茂明】「なかったこと」にされた議事録 ~閣議決定の記録~
【古賀茂明】【原発】大手電力のエゴ丸出し
【古賀茂明】勝っても負けても安倍自民には得 ~大阪ダブル選
【古賀茂明】問題だらけの軽減税率 ~最悪の方向へ~
【古賀茂明】【原発】骨抜きの「ノーリターンルール」
【古賀茂明】アベノミクス「第二ステージ」 ~失敗を隠す官僚の常套手段~
【古賀茂明】難民と安倍とメルケルと ~ドイツと差がつく日本~
【古賀茂明】安保法成立の最大の戦犯
【古賀茂明】軽減税率、本当の問題 ~官々愕々第170回~
【古賀茂明】国民のために働く官僚の左遷 ~読売新聞の問答無用~
【古賀茂明】安倍首相の「積極的軍事主義」が根付くとき
【古賀茂明】電力自由化は進んでいない
【古賀茂明】【TPP】の漂流と「困った人たち」
【古賀茂明】安保法案の裏で利権拡大 ~原子力ムラ~
【古賀茂明】東芝の粉飾問題 ~「報道の粉飾」~
【古賀茂明】「反安倍」の起爆剤 ~若者たちの「反安倍」運動~
【古賀茂明】維新の党の深謀遠慮 ~風が吹けば橋下市長が儲かる~
【古賀茂明】腐った農政 ~画餅に帰しつつある「日本再興」~
【古賀茂明】読売新聞の大チョンボ ~違法訪問勧誘~
【古賀茂明】「信念」を問われる政治家 ~違憲な安保法制~
【古賀茂明】機能不全の3点セット ~戦争法案を止めるには~
【古賀茂明】維新が復活する日
【古賀茂明】戦争法案審議の傲慢と欺瞞 ~官僚のレトリック~
【古賀茂明】「再エネ」産業が終わる日 ~電源構成の政府案~
【古賀茂明】「増税先送り」「賃金増」のまやかし ~報道をどうチェックするか~
【古賀茂明】週末や平日夜間に開催 ~地方議会の改革~
【古賀茂明】原発再稼働も上からの目線で「粛々と」 ~菅官房長官~
【古賀茂明】テレビコメンテーターの種類 ~テレ朝問題(7)~
【報道】古賀氏ら降板の裏に新事実 ~テレ朝問題(6)~
【古賀茂明】役立たずの「情報監視審査会」 ~国民は知らぬがホトケ~
【報道】ジャーナリズムの役目と現状 ~テレ朝問題(5)~
【古賀茂明】氏を視聴者の7割が支持 ~テレ朝問題(4)~
【古賀茂明】氏、何があったかを全部話す ~テレ朝「報ステ」問題(3)~
【古賀茂明】氏に係る官邸の圧力 ~テレ朝「報道ステーション」(2)~
【古賀茂明】氏に対するバッシング ~テレ朝「報道ステーション」問題~
【古賀茂明】これが「美しい国」なのか ~安倍政権がめざすカジノ大国~
【古賀茂明】原発廃炉と新増設とはセット ~「重要なベースロード電源」論~
【古賀茂明】改革逆行国会 ~安倍政権の官僚優遇~
【古賀茂明】安部総理の「大嘘」の大罪 ~汚染水~
【古賀茂明】「政治とカネ」を監視するシステム ~マイナンバーの使い方~
【古賀茂明】南アとアパルトヘイト ~曽野綾子と産経新聞~
【古賀茂明】報道自粛に抗する声明
【古賀茂明】「戦争実現国会」への動き
【古賀茂明】日本人を見捨てた安倍首相 ~二つのウソ~
【古賀茂明】盗人猛々しい安倍政権とテレビ局
【古賀茂明】安倍政権が露骨な沖縄バッシングを行っている
【古賀茂明】官僚の暴走 ~経産省と防衛省~
【古賀茂明】安倍政権が、官僚主導によって再び動き出す
【古賀茂明】自民党の圧力文書 ~表現の自由を侵害~
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【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走 ~傾向と対策~
【古賀茂明】解散と安倍政権の暴走
【古賀茂明】文書通信交通滞在費と維新の法案
【古賀茂明】宮沢経産相は「官僚の守護神」 ~原発再稼働~
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【古賀茂明】女性活用に本気でない安部政権
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【古賀茂明】【原発】原子力ムラの最終兵器
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【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
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