
(1)動きがスローモーションで見えるのは、生き残るメカニズムであるのは間違いない。
時間の延長というこの現象については、昔から数多くの体験談があった。しかし、アートウォール博士がデータを収集して、銃撃戦に巻きこまれた警察官の65%が体験していると立証するまで、それほど一般的な現象だとは誰も理解していなかった。
このスローモーション現象は非常に強力で、すぐそばをかすめていく銃弾が見えた、という警察官もいる。その弾丸がどこに当たったのかを正確に言い当てて、実際に見えていたことを証明できる場合もある。
しかし、これは、映画で使われる特殊効果のように、弾丸がゆっくり飛んでいくように見えるわけではない。ペイント球やペイント弾は低速で飛ぶから目に見えるのだが、銃弾がそれぐらいの速度で飛んでいるように見える、という意味だ。
次の事例では、時間の延長が選択的聴覚抑制と組み合わされていることにより、非常に強力な効果をあげている。
(2)アンダスン巡査は、彼らのすぐそば、わずか1mの距離に立ち、刃物を捨てるように、と容疑者を説得していた。だが、容疑者にはそんな気はなかった。「三つ数えるうちに降参しろ。さもなくば、こいつを殺す」と言って、人質をさらにぴったり引き寄せた。
男は大きく弧を描くように刃物を人質の頭上に振り上げた。
刃物が弧の頂点に達したとき、人質が身動きして、容疑者の胸がわずかにあらわになった。
「私の目には容疑者の胸と刃物しか見えなかった。そのとき急に静かになって、男の動きがいきなり遅くなったんです。私はなんだか、一歩下がってとるべき道を考えているみたいな気分でした」
「今私が撃たなかったら、人質が死ぬことになるのはわかっていました。そのせつな、私の全人生はこの一瞬のためにあったような気がしました。いまを逃したら次はもうないんだ。すべてがおれしだいなんだと思いました」
振り下ろされる寸前、ほんの一瞬刃物の動きがとまったとき、アンダスンは発砲した。最初の一発は容疑者の手首を砕き、続く5発のうち一発が男の心臓のまんなを撃ち抜いた。
「火薬のにおいは憶えているんだが、銃声は聞いた憶えがありません」
「人質の顔は憶えていますが、彼がなんと言ったかは憶えていません。サイレンが聞こえたのはたしかですが、だれとだれが来たのかはわかりません。やると決めたのは憶えていますが、引金を引いたときのことは憶えていません」
(3)時間の延長は生き残りに有利な現象だ。しかし、厄介な荷物をどっさり抱えてくることが多い。たいてい“黒の状態”のときに起こるから、心拍数は極度に高くなっているし、微細かつ複雑な運動の制御能力も失われている。
「副作用なしで時間の延長現象だけを起こせる薬があったら、野球選手に服用させてみたいものだ。バッターボックスに立ったとき、ボールがゆっくり飛んでくるように見えるわけだから、これは面白いことになるだろう。/そんな日が来るまでは、時間の延長について言えることはせいぜいこれだけだ--戦闘に対する反応のひとつだが、いつ起きるか予測がつかず、ときには役に立つこともある。いまのところは、こういう現象が起きることもあると戦士たちに教えておけばじゅうぶんだろう」
(4)余談ながら、野村克也によれば(夫子自身の体験をまじえているのだろうが)、一流打者は好調時にはボールが止まって見えるらしい。
□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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【参考】
「【心理】不安から生じる視野狭窄 ~トンネル視野~」
「【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~」