語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【心理】動きがスローモーションで見える心理/時間の延長 ~戦争~

2016年02月21日 | 心理


(1)動きがスローモーションで見えるのは、生き残るメカニズムであるのは間違いない。
 時間の延長というこの現象については、昔から数多くの体験談があった。しかし、アートウォール博士がデータを収集して、銃撃戦に巻きこまれた警察官の65%が体験していると立証するまで、それほど一般的な現象だとは誰も理解していなかった。
 このスローモーション現象は非常に強力で、すぐそばをかすめていく銃弾が見えた、という警察官もいる。その弾丸がどこに当たったのかを正確に言い当てて、実際に見えていたことを証明できる場合もある。
 しかし、これは、映画で使われる特殊効果のように、弾丸がゆっくり飛んでいくように見えるわけではない。ペイント球やペイント弾は低速で飛ぶから目に見えるのだが、銃弾がそれぐらいの速度で飛んでいるように見える、という意味だ。
 次の事例では、時間の延長が選択的聴覚抑制と組み合わされていることにより、非常に強力な効果をあげている。

 (2)アンダスン巡査は、彼らのすぐそば、わずか1mの距離に立ち、刃物を捨てるように、と容疑者を説得していた。だが、容疑者にはそんな気はなかった。「三つ数えるうちに降参しろ。さもなくば、こいつを殺す」と言って、人質をさらにぴったり引き寄せた。
 男は大きく弧を描くように刃物を人質の頭上に振り上げた。
 刃物が弧の頂点に達したとき、人質が身動きして、容疑者の胸がわずかにあらわになった。
 「私の目には容疑者の胸と刃物しか見えなかった。そのとき急に静かになって、男の動きがいきなり遅くなったんです。私はなんだか、一歩下がってとるべき道を考えているみたいな気分でした」
 「今私が撃たなかったら、人質が死ぬことになるのはわかっていました。そのせつな、私の全人生はこの一瞬のためにあったような気がしました。いまを逃したら次はもうないんだ。すべてがおれしだいなんだと思いました」
 振り下ろされる寸前、ほんの一瞬刃物の動きがとまったとき、アンダスンは発砲した。最初の一発は容疑者の手首を砕き、続く5発のうち一発が男の心臓のまんなを撃ち抜いた。
 「火薬のにおいは憶えているんだが、銃声は聞いた憶えがありません」
 「人質の顔は憶えていますが、彼がなんと言ったかは憶えていません。サイレンが聞こえたのはたしかですが、だれとだれが来たのかはわかりません。やると決めたのは憶えていますが、引金を引いたときのことは憶えていません」

 (3)時間の延長は生き残りに有利な現象だ。しかし、厄介な荷物をどっさり抱えてくることが多い。たいてい“黒の状態”のときに起こるから、心拍数は極度に高くなっているし、微細かつ複雑な運動の制御能力も失われている。
 「副作用なしで時間の延長現象だけを起こせる薬があったら、野球選手に服用させてみたいものだ。バッターボックスに立ったとき、ボールがゆっくり飛んでくるように見えるわけだから、これは面白いことになるだろう。/そんな日が来るまでは、時間の延長について言えることはせいぜいこれだけだ--戦闘に対する反応のひとつだが、いつ起きるか予測がつかず、ときには役に立つこともある。いまのところは、こういう現象が起きることもあると戦士たちに教えておけばじゅうぶんだろう」

 (4)余談ながら、野村克也によれば(夫子自身の体験をまじえているのだろうが)、一流打者は好調時にはボールが止まって見えるらしい。

□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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 【参考】
【心理】不安から生じる視野狭窄 ~トンネル視野~
【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~

【食】【TPP】“危険な商品”を圧しつける米国企業 ~遺伝子組み換え~

2016年02月21日 | 社会
 (1)遺伝子組み換え作物の“輸入大国”日本に、新たな脅威が迫っている。
 TPP推進の背景には、米国GM企業の巧みな仕掛けがある。

 (2)米国、ブラジル、アルゼンチン、カナダなどの遺伝子組み換え(GM)作物栽培国で、いま深刻な問題が起きている。
 従来の有機リン系除草剤(「ラウンドアップ」や「バスタ」など)で枯れない耐性雑草や、殺虫遺伝子で死なない耐性害虫が大量発生しているのだ。
 この対抗措置として、今度は有機塩素系の枯葉剤(「2,4-D」や「ジカンバ」など)に耐えるGM作物が開発された。
 しかし、これらは、ベトナム戦争で米軍が使用し、無数の人びとに甚大な被害をもたらした枯れ葉剤だ。その有毒性は、合成時に混入した不純物ダイオキシンが原因といわれるが、薬剤そのものにも強力な毒性がある。
  (a)「2,4-D」
   ①急性毒性・・・・吐き気、下痢、頭痛、めまい、錯乱、異常行動
   ②慢性毒性・・・・パーキンソン病、非ホジキンリンパ腫、精子異常
  (b)「ジカンバ」・・・・(動物実験では)神経毒性、筋肉毒性、歩行異常、体重増加抑制、肝細胞肥大、貧血
 新たなGM作物はこの枯葉剤に耐性を持つというが、危険性はないか。

 (3)GM作物の栽培が始まった1996年以降、毎年同じ農薬を畑に散布、または同じ殺虫遺伝子作物を栽培するうち、米国や南米のGM栽培国では次第に耐性雑草や耐性害虫が出現した。
 この対処として除草剤散布の回数は増加し、結果的に農家側の負担は増えた。

 (4)消費者にとっては、残留農薬の問題が深刻だが、米国で始まったラウンドアップ耐性大豆の栽培は、残留グリフォサート(ラウンドアップの主成分)濃度が基準を超えていたため、米政府は海外の輸入国に規制緩和を勧告した。
 これに伴い、日本政府は、1999年にグリフォサートの残留基準を
   6ppm→20ppm
に改定した。オーストラリア、ニュージーランド、英国も引き上げた。
   0.1ppm→20ppm
 各国への勧告を米政府に促したのは、GM大豆を開発したモンサント(米国)だ。
 一方で、WHOの国際癌研究機関(IARC)は2015年3月20日、グリフォサートの発癌性を認めた。

 (5)ほぼ報道されない事実だが、米国企業の枯葉剤耐性GM作物を世界で初めて認可したのは日本だ。
  (a)日本政府は、ダウ・ケミカル(米国)が申請した「2,4-D」耐性トウモロコシを2012年5月に食品・家畜飼料として認可し、栽培も許可した。
  (b)モンサントから申請された「ジカンバ」耐性大豆は、
   ①厚生労働省が2013年2月に食品として認可した。
   ②農林水産省が同年10月に栽培を許可した。
   ③厚労省は、「ジカンバ」の残留基準を引き上げた。0.1ppm→20ppm

 (6)モンサントもダウ・ケミカルもベトナム戦争を契機に急成長した化学企業だ。枯葉剤耐性GM作物は、当初、米国内で批判が殺到した。
 米国では、2014年10月に「2,4-D」耐性トウモロコシが認可され、2015年1月に「ジカンバ」耐性大豆が認可されたが、日本での認可が米国での認可を有利に導いた可能性がある。政治的配慮が窺える。
 
 (7)さらに、GM食品表示制度が、今後さらに危うくなる可能性がある。
 仮に、モンサントが日本の表示制度のせいで輸出に支障があり、北海道など独自のGM作物栽培規制条例で国内でのGM栽培が妨害されている、などとしてISD条項に即して日本を訴えれば、残留基準を上げることはおろか、国内のGM作物栽培規制が破綻する恐れもある。

□河田昌東(分子生物学者)「“危険な商品”を圧しつける米国企業」(「週刊金曜日」2016年2月12日号)
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 【参考】
【堤未果】【TPP】妥結で日本の農地は海外企業のものになる
【TPP】の欧米版(TTIP)に反対デモ25万人 ~ドイツ~
【TPP】がもたらす影響とは? ~日米共同作業で進む食の荒廃~
【古賀茂明】【TPP】の漂流と「困った人たち」
【TPP】漂流する可能性が出てきた ~大筋合意見送り~
【メディア】とTPPの「壁」を突き崩す調査報道(2)
【メディア】とTPPの「壁」を突き崩す調査報道
【米国】が狙い撃ちする日本の自動車部品メーカー ~カルテル摘発続出~
【TPP】の最大の抵抗勢力 ~米国の議会と社会~
【TPP】というゾンビに食い荒らされる日本
【TPP】というドラキュラの死とTPPのゾンビ化
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~
【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~
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