
(1)すでに述べたような選択的聴覚抑制【注】をⅠ型と呼ぶならば、自分が当たったときには聞こえない選択的聴覚抑制はⅡ型だ。
アフガニスタンで米空軍の誤爆を受けたカナダ人、対戦車ロケット弾(RPG)を被弾した海軍特殊部隊員、パトカーの運転手席側のドアを開けたとき目と鼻の先でブービートラップが爆発するという経験をした警察官・・・・これらの人々は同じことを言う。その爆発音は聞こえなかった、と。ブービートラップで両足を吹き飛ばされた警察官は、直後に携帯電話で通信司令係に電話を入れたとき、耳鳴りはしなくて問題なく話ができた、と言っている。
(2)先の調査によれば、面接調査を受けた警察官の85%は音が小さく聞こえる経験をしている。
他方、16%は逆に銃声が大きく聞こえた経験をしている(音の強化)。合わせると101%になるが、一度の銃撃で両方を経験した警察官がいるからだ。
(3)聴覚のみならず、視覚もまた類似の心理が生じる。
先の調査によれば、警察官の10人に8人は銃撃戦の際に「トンネル視野」を経験している。これは視野狭窄とも呼ばれるが、銃撃戦などで過大なストレスにさらされると、目の焦点を結ぶ範囲が狭くなって、まるで筒をのぞいているかのように感じるのだ。ある巡査部長は、容疑者がこちらに向かって拳銃を撃ってきたとき、その拳銃をにぎる男の手の、指に嵌った指環しか見えなかった。
また、あるSAWAT隊員は、短銃身のショットガンで武装した容疑者と格闘したとき、トンネル視野と聴覚抑制の両方を一度に体験した。
「私たちはふたりとも片手で同じショットガンの銃口をつかみ、片手で同じ引金をつかんでいました。トンネル視野を経験した人はみんな、トイレットペーパーの筒をのぞいているみたいだったと言うけれど、私の場合はソーダのストローをのぞいているみたいでしたよ」
心拍数が上昇するにつれて、トンネル視野のトンネルはいよいよ狭まり、選択的聴覚抑制の強度も高まる。これを示す事例は少なくない。上記の事例もその一つで、体験談は続く。
「そうやってショットガンを奪い合っていたとき---ズドーン! その12番口径が、私たちの顔のあいだで火を噴いたんです。目の前で12番口径が火を噴いたんですから、ふつうならこんなにやかましいことはありませんよ。それが心底仰天したんですがね、私にはその音が聞こえなかったんです。あとで耳鳴りがすることもありませんでした」
(4)トンネル視野は、選択的聴覚抑制その他のさまざまな知覚の歪みと並んで、一般に高レベルの不安に伴って生じる。
たいていの場合、相手にも同じことが起きている。相手も「ドーナツの穴をのぞくよう」にこちらを見ているのだ。
この視覚の歪みを利用するには、すばやく右か左に一歩よけるとよい。すると、事実上あなたは相手の目の前から消える。あなたを視野にとらえるには、相手はまばたきをし、後ろに下がり、こちらの方向に顔を向けなくてはならない。それに要する1秒間が貴重な優位性をあなたにもたらす。この横移動法は、有効性が証明され、今では広く教えられるようになっている。
銃撃のあとで物理的に首を左右にふって戦場を眺めると、トンネル視野が緩和されるらしい。たとえ緩和されなくても、首を左右にふれば、他に敵がいないかを確認することができる。
戦闘のときにどんな現象が起きるか、前もって教えておくと、非常に有意義だ。
「本書の目標は、できれば初回の戦闘を経験する前に、戦士たちにこのような心構えをさせることだ。『転ばぬ先の杖』と言うとおり、戦士を戦闘に送り出すときには、できうるかぎり最高の装備をさせ、最大限の情報を与えなくてはならない」
【注】「【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~」
□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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【参考】
「【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~」