語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】米国 ~米露中「大国の掟」(2)~

2016年12月18日 | ●片山善博
 (1)トランプがやろうとしていることは、日本の真珠湾攻撃の日(1941年12月8日、米国時間7日)より前の米国に戻すということだ。
 1941年までの米国は、自国に関係ないことには基本的に介入しないという「モンロー主義」を掲げていた。彼らはヨーロッパの宗教戦争から逃れ、命の危険を冒して大西洋を渡ってきた人びとの子孫だ。だから「自分たちはヨーロッパの国家間対立にはかかわらない。ヨーロッパの国もアメリカ大陸のことに口を出すな」と言った。つまりトランプに通じる「アメリカ・ファースト」の考え方だった。
 第一次世界大戦や大戦後にできた国際連盟に積極的に関与しなかったのも、ヨーロッパ大陸でナチスが台頭しても当初無関心でいられたのも、「アメリカ第一」だったからだ。
 米国が変質したのは、日本の真珠湾攻撃以後だった。第二次世界大戦に勝利した後、世界に自由と民主主義を拡げるために、理念を掲げ積極的に他国へ介入する国家へと変貌を遂げた。

 (2)新しい米国の思想的支柱になったのが、神学者で政治学者でもあったラインホールド・ニーバーだ。F・D・ローズヴェルトからトルーマン、ブッシュ父子に至るまで、歴代大統領のほとんどがニーバーについて言及している。最近では、オバマ大統領が「好きな哲学者」とまで言い切るほど二-バーの影響を受けていた。
 ニーバーは、世界を理念や理想を持った「光の子」と善悪の価値観がなく暴力を信奉する「闇の子」の二項対立で説明する。第二次世界大戦中は、民主主義陣営や共産主義陣営が協力して「闇の子」であるナチスやファシズム勢力を倒すべきだと主張した。第二次世界大戦後に「闇の子」とされたのはかつて手を結んだ共産主義。その後、イランのイスラム主義やイラクのフセイン、現在では「イスラム国」が「闇の子」にあたる。

 (3)トランプは、ニーバーの世界観を否定している。よその国のことなど米国には関係がない。自分たちの利益だけを守るんだ、と主張しているのだから。
 一部で誤解があるようだが、モンロー主義は孤立主義ではない。19世紀から20世紀にかけてフィリピンや中米に関して積極的に介入したように、米国に死活的な利益があると考えれば介入するのが米国第一の考え方だ。トランプもシリアやイラクから手を引くと言っているが、一方で「米国大使館をテルアビブから(イスラエルが首都と定める)エルサレムに移す」などとイスラム勢力を刺激するようなことも言っている。つまり中東から完全に手を引くということではない。
 トランプの登場で、新しい国際的な枠組みとなるはずだったTPPは完全に終わった。米国は、農業や知的財産の分野で非常に有利な条件を勝ち取っていたが、トランプは自らの支持基盤である製造業の労働者にしわ寄せが来ることを重く見たのだ。安倍首相は翻意をうながすと言い続けているが、本心ではもう諦めているはずだ。しかしその方が正しい現状認識だ。 

 (4)トランプは国家リーダーとしてどういうタイプか。
 まず、政治に関しては素人であることから、当面は官僚支配になることが予想される。トランプ時代の官僚とは、試験や能力で選抜された官僚ではなく、「友達」と「身内」から選ばれた人が意思決定することになりそうだから、官僚としての質は当然低くなる。米保守系ニュースサイトの経営者で「人種差別主義者」とも批判されているバノンを首席戦略官・上級顧問に任命し、娘のイヴァンカの夫であるクシュナーの登用もささやかれている。縁故で固められた組織がどこまで機能するかが最初のハードルとなるだろう。

 (5)最も注目される官僚組織は、FBIだ。今回のトランプ政権誕生において、FBIが果たした役割は決定的だった。大統領選挙の最終盤の10月になって、コーミーFBI長官がクリントンのメールアドレス問題を再捜査すると発表したため(投票の2日前に不正行為はなかったと発表)、鎮静化していたスキャンダルが再燃し、クリントンの支持率は急落した。
 おそらくFBIは、捜査に対して猛烈に反発していたクリントンの政権奪取を怖れたのだろうが、結果的にトランプに恩を売った。これをきっかけにトランプ政権とFBIの蜜月が始まるはずだ。トランプは政治経験がなく人脈もないので、身体検査、つまり、誰がどういった経歴を持っていて、どういうアキレス腱があるかを調べる力がない。情報を持っているFBIが重宝されるのは間違いない。
 1924年から1972年までFBI長官を務めたフーバーは、自身に情報を集中させ、大統領の弱みを握り、亡くなるまでその地位を手放さなかった。これからの米国は、フーバー時代の再来を思わせるような、FBIが睨みを利かせる警察国家になる可能性がある。

 (6)トランプの人物評価として、もう一つ重要なのは不動産業者としての経歴だ。不動産業者という経歴から何が言えるか。
 不動産業者が理念や理想を語ることはあまりない。彼らにとって最も重要なのは何か。それは取引(ディール)だ。現にトランプは「自分が好きなのはディールだ」と公言している。
 不動産業者は、取引成立のためなら相手にいくらでも合わせるし、ケンカしてみせることもある。ロバート・キヨサキとの共著『あなたも金持ちになってほしい』が日本でも評判になったが、トランプの本質は商売人であることは今後も変わるまい。

 (7)トランプは日本に関して「相応の負担をしなければ在日米軍の撤退もあり得る」と発言した。そこで注目が集まるのは沖縄だ。翁長知事は、トランプ当選が確実になった後の会見で、祝電を打つことと就任後の2月に訪米する意向を表明した。
 トランプが沖縄の民意をそのまま聞くということはありえない。しかし、このまま日本政府が辺野古への基地移設を強行した場合、流血事件などが起きて反米の世論が盛り上がったりすると、トランプは「日本政府の言うとおりに本当に移設はできるのか?」と考え出す可能性が出てくる。そこで日本が安保体制の理念を語っても、トランプにはおそらく通じない。トランプが沖縄の基地問題に関して現実主義的な解決策を選ぶ可能性はある。

 (8)対中戦略も、理念がないだけに米国の不利にならない限りは、中国の政策に口を出すことはなさそうだ。そうなると日本は難しい立場に追い込まれる。特に尖閣問題は、トランプ政権が中国寄りの姿勢を示す可能性すらある。そもそも、「尖閣諸島には日米安保条約が適用される」と確認したのは、オバマ政権のクリントン国務長官だった。それ以前の米国は曖昧にしていたのだから、尖閣問題については米国の姿勢が大きく変わる可能性さえある。

□佐藤優「米露中「大国の掟」を見極めよ」(「文藝春秋」2017年1月号)
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 【参考】
【佐藤優】歴史と地理 ~米露中「大国の掟」(1)~

コメント (1)
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