①宮家邦彦『トランプ大統領とダークサイドの逆襲 宮家邦彦の国際深層リポート』(時事通信出版局 1,200円)
②西永良成『小説の思考 ミラン・クンデラの賭け』(平凡社 2,600円)
③藤田孝典『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(朝日新書 760円)
(1)①は、英語、中国語、アラビア語に通暁し、土地勘もある著者の本領を発揮した優れた講義録だ。山は人びとを遠ざけ、海や川は人びとを近づける・・・・というのが地政学の基本原則だが、著者はイラク情勢を読み解く場合にも山のファクターを考慮し、次のように述べる。
<イラクは基本的に真っ平らでしょう。東西南北の「隣人」は誰か。
まず北側がトルコ。ここは山です。山からクルド、アラブ地域に向けて下りて来たら、どうにもならない。オスマン朝はメソポタミアをどのくらい支配したと思いますか。数百年ですよ。
東側はペルシャ(イラン)です。ここもまた台地です。だから、山から下りてくる。下りて来られたらどうにもならない。ペルシャ帝国はメソポタミアを1000年ぐらい支配しています>
平野部にあるイラクが周辺国の草刈り場になるのは、地政学的に当然の成り行きなのだ。
(2)②は、ミラン・クンデラの翻訳者としてこの作家の内在的論理を熟知した人にしか書けない優れた文芸批評だ。著者は次のようにクンデラを評価する。
<クンデラの笑いは悪魔の、言い換えれば懐疑主義の笑いであり、厳めしい真面目さをまとう、様々なキッチュから人間をしばし解放する。そしてこの笑いの邪悪さがときに反ヒューマニズムと受けとられるのである。人生は所詮敗北であり、人間が唯一できることとは人生を理解することであると言い、「無意味さこそが私たちの境遇ではないか」と問いつづけてきたクンデラの喜劇は、むしろ透徹した誠実なヒューマニズムというのは言いすぎなら、笑うことができる唯一の動物たる人間の本性の究極的な肯定ではないだろうか>
誠実なヒューマニストは、悲観論者にならざるをえないのだ。
(3)③では、次の立場が強調されている。
<救済型の再分配は、社会に亀裂を生む。それは所得によって人々を「得する人(社会的弱者)」と「損をする人(中・高所得者)」に二分してしまうためだ。だが、所得が多かろうと少なかろうと、同じ人間であれば、生きていくために最低限必要なものに違いはない。それらを公的サービスによって一律に支給できれば、人々がいがみ合う理由は消え、社会から分断線がなくなるのではないだろうか。その結果として、社会の格差は縮まり、困窮者の救済にもつながる>
高齢化社会の到来が必至である現状を冷静に見詰めるならば、著者も共鳴する井出英策・慶應義塾大学教授が提唱する「全ての人が受益者となる社会」の構築は喫緊の課題だ。しかし、その社会がソフトファシズムにならないよう注意を払う必要がある。
□佐藤優「誠実なるヒューマニスト ~知を磨く読書 第179回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年12月24日号)
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