(1)共産党がコントロールする中国を「戦略国家」と見る向きもあるようだが、果たして然るか。
中国は国内に問題が山積みしているし、戦略的な外交はほとんどできていない。
(2)中国の海外戦略といえば、2013年に「一帯一路」構想を打ち出し、大きなニュースになった。「一帯」は21世紀のシルクロードという言葉が示すとおり、古くから交易の道として栄えた新疆ウイグル自治区から中央アジアを経由してヨーロッパに至る陸路を指す。「一路」とは東南アジアを経由してインド、アラビア半島、アフリカを通り、ヨーロッパに至る海の道だ。
これら二つのルートを活用して周辺に広大な経済圏を作ろうとするのが一帯一路構想だ。
南シナ海における強硬な海洋政策などは、基本的にこの考え方を踏まえれば説明がつく。
(3)しかし、「一帯」の入口にあたる新疆ウイグル自治区には大きなリスクを抱えている。その地に住むウイグル族にイスラム主義が浸透しつつあるからだ。
ウイグル族はトルコ系のスンナ派イスラム教徒で、中国の一部に取り込まれたのは18世紀半ばのことだ。もとは西側に隣接するキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンなどと合わせてトルキスタン(トルコ人の国)と呼ばれてきた。ソ連解体と共に西トルキスタンの国々は独立したのに、東トルキスタンと呼ばれていたウイグルだけが独立できないまま現在に至っている。
近年、このトルキスタンの地にイスラム主義が浸透し、シリアやイラクの「イスラム国」に少なくとも数百人が参加しているとみられている。彼らが帰国したら、いずれ「第二イスラム国」の誕生もあり得る。中国政府はウイグル独立運動には常に敏感だったが、イスラム原理主義の理解は十分とはいえない。西トルキスタンと一体化すると力で押さえつけるのは難しくなる。
(4)かつて毛沢東は「十大関係論」の中で、他民族統合の心得を説いた。・・・・漢民族は人口は多いが、資源の少ないところに住んでいる。逆に少数民族は人口は少ないが、資源の多いところに住んでいる。民族主義は本来国民統合にはマイナスだが、少数民族を大切にすることでバランスがよくなる、云々。
習近平体制は、ウイグルに対してひたすら力でねじ伏せようとしているだけで、毛沢東の知恵を尊重しているとは言えない。
(5)中国を理解する上でもう一つ忘れてはならないのは、「易姓革命」の概念だ。中国では「王朝には天命があり、百年ほどで王朝(姓)が代わる」と考えられてきた。
では、中国で天命はいつ変わるのか。飢饉による農民の蜂起はひとつの典型だが、もうひとつは異民族の侵入に対処できなくなった時だ。宋朝を滅ぼしたモンゴル族や明朝を滅ぼした女真族は新たな王朝を打ち立てた。
現代中国の脅威としては、ウイグル族が筆頭だろう。本来はロシアなど他の国と組んで共同歩調をとればいいのだが、そういう戦略が中国にはない。天命はしばらく共産党にあるとはいえ、対処は充分であるとは言えない。
(6)北朝鮮との関係も冷え切っている。
現在、北朝鮮は大陸間弾道ミサイルの開発の国力を集中させている。金日成、金正日時代の核開発は米国との交渉材料の域を出なかった。しかし、金正恩は核保有自体が自己目的化していて非常に危険だ。
トランプは、金正恩との直接会談を提案していたが、仮に北朝鮮が核を搭載した弾道ミサイルの開発に成功したら確実に空爆する。ただ、空爆は確実性が低いので、金正恩の暗殺を選択するかもしれない。近年の米韓合同軍事演習は明らかにそれを想定している。暗殺に成功した場合、金正恩に準ずる高官や軍人はいないから、北朝鮮は韓国に併合される。その時、北朝鮮の核は韓国の手中に入るから、日本にとって厳しい状況になる。核保有国となった韓国と竹島問題や歴史認識問題で向き合うのは非常に難しいことになる。
(7)これから本格化する新・帝国主義時代に、日本はどのように臨めばよいのか。
2017年以降は、TPPのような多国間の協定や条約を結ぶことが難しくなり、国と国とが一対一で直接話をつける二国間交渉が主流になるだろう。
また「世界の警察」がいなくなるため、それぞれの国は自分に合った自警団(軍備)を揃える必要に迫られる。日本も例外ではない。防衛予算の増額や、近年はあまり聞かれなくなった自主防衛論や核武装論などの議論が再燃することもありえる。
戦後長らくなりを潜めていた「国家」や「ナショナリズム」が世界的に復活しつつある。理念が後退し、弱肉強食の度合いが高まる世界だからこそ、日本人は歴史と地理を学び治し、国家の本質を見極める訓練が今まで以上に必要となる。
□佐藤優「米露中「大国の掟」を見極めよ」(「文藝春秋」2017年1月号)
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【参考】
「【佐藤優】EU ~米露中「大国の掟」(4)~」
「【佐藤優】ロシア ~米露中「大国の掟」(3)~」
「【佐藤優】米国 ~米露中「大国の掟」(2)~」
「【佐藤優】歴史と地理 ~米露中「大国の掟」(1)~」
中国は国内に問題が山積みしているし、戦略的な外交はほとんどできていない。
(2)中国の海外戦略といえば、2013年に「一帯一路」構想を打ち出し、大きなニュースになった。「一帯」は21世紀のシルクロードという言葉が示すとおり、古くから交易の道として栄えた新疆ウイグル自治区から中央アジアを経由してヨーロッパに至る陸路を指す。「一路」とは東南アジアを経由してインド、アラビア半島、アフリカを通り、ヨーロッパに至る海の道だ。
これら二つのルートを活用して周辺に広大な経済圏を作ろうとするのが一帯一路構想だ。
南シナ海における強硬な海洋政策などは、基本的にこの考え方を踏まえれば説明がつく。
(3)しかし、「一帯」の入口にあたる新疆ウイグル自治区には大きなリスクを抱えている。その地に住むウイグル族にイスラム主義が浸透しつつあるからだ。
ウイグル族はトルコ系のスンナ派イスラム教徒で、中国の一部に取り込まれたのは18世紀半ばのことだ。もとは西側に隣接するキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンなどと合わせてトルキスタン(トルコ人の国)と呼ばれてきた。ソ連解体と共に西トルキスタンの国々は独立したのに、東トルキスタンと呼ばれていたウイグルだけが独立できないまま現在に至っている。
近年、このトルキスタンの地にイスラム主義が浸透し、シリアやイラクの「イスラム国」に少なくとも数百人が参加しているとみられている。彼らが帰国したら、いずれ「第二イスラム国」の誕生もあり得る。中国政府はウイグル独立運動には常に敏感だったが、イスラム原理主義の理解は十分とはいえない。西トルキスタンと一体化すると力で押さえつけるのは難しくなる。
(4)かつて毛沢東は「十大関係論」の中で、他民族統合の心得を説いた。・・・・漢民族は人口は多いが、資源の少ないところに住んでいる。逆に少数民族は人口は少ないが、資源の多いところに住んでいる。民族主義は本来国民統合にはマイナスだが、少数民族を大切にすることでバランスがよくなる、云々。
習近平体制は、ウイグルに対してひたすら力でねじ伏せようとしているだけで、毛沢東の知恵を尊重しているとは言えない。
(5)中国を理解する上でもう一つ忘れてはならないのは、「易姓革命」の概念だ。中国では「王朝には天命があり、百年ほどで王朝(姓)が代わる」と考えられてきた。
では、中国で天命はいつ変わるのか。飢饉による農民の蜂起はひとつの典型だが、もうひとつは異民族の侵入に対処できなくなった時だ。宋朝を滅ぼしたモンゴル族や明朝を滅ぼした女真族は新たな王朝を打ち立てた。
現代中国の脅威としては、ウイグル族が筆頭だろう。本来はロシアなど他の国と組んで共同歩調をとればいいのだが、そういう戦略が中国にはない。天命はしばらく共産党にあるとはいえ、対処は充分であるとは言えない。
(6)北朝鮮との関係も冷え切っている。
現在、北朝鮮は大陸間弾道ミサイルの開発の国力を集中させている。金日成、金正日時代の核開発は米国との交渉材料の域を出なかった。しかし、金正恩は核保有自体が自己目的化していて非常に危険だ。
トランプは、金正恩との直接会談を提案していたが、仮に北朝鮮が核を搭載した弾道ミサイルの開発に成功したら確実に空爆する。ただ、空爆は確実性が低いので、金正恩の暗殺を選択するかもしれない。近年の米韓合同軍事演習は明らかにそれを想定している。暗殺に成功した場合、金正恩に準ずる高官や軍人はいないから、北朝鮮は韓国に併合される。その時、北朝鮮の核は韓国の手中に入るから、日本にとって厳しい状況になる。核保有国となった韓国と竹島問題や歴史認識問題で向き合うのは非常に難しいことになる。
(7)これから本格化する新・帝国主義時代に、日本はどのように臨めばよいのか。
2017年以降は、TPPのような多国間の協定や条約を結ぶことが難しくなり、国と国とが一対一で直接話をつける二国間交渉が主流になるだろう。
また「世界の警察」がいなくなるため、それぞれの国は自分に合った自警団(軍備)を揃える必要に迫られる。日本も例外ではない。防衛予算の増額や、近年はあまり聞かれなくなった自主防衛論や核武装論などの議論が再燃することもありえる。
戦後長らくなりを潜めていた「国家」や「ナショナリズム」が世界的に復活しつつある。理念が後退し、弱肉強食の度合いが高まる世界だからこそ、日本人は歴史と地理を学び治し、国家の本質を見極める訓練が今まで以上に必要となる。
□佐藤優「米露中「大国の掟」を見極めよ」(「文藝春秋」2017年1月号)
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【参考】
「【佐藤優】EU ~米露中「大国の掟」(4)~」
「【佐藤優】ロシア ~米露中「大国の掟」(3)~」
「【佐藤優】米国 ~米露中「大国の掟」(2)~」
「【佐藤優】歴史と地理 ~米露中「大国の掟」(1)~」