語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~

2016年02月22日 | ●佐藤優
   
 ①熊谷亮丸・監修/大和総研・編著『リーダーになったら知っておきたい 経済の読み方』(KADOKAWA 1,500円)
 ②加藤達也『なぜ私は韓国に勝てたか 朴槿恵政権との500日戦争』(産経新聞出版 1,400円)
 ③伊藤武『イタリア現代史 第二次世界大戦からベルルルスコーニ後まで』(中公新書 900円)

 (1)①は、著名エコノミストの熊谷亮丸・大和総研執行役員による監修の下、第一線で経済情勢を分析する4人の専門家が書き下ろした。優れた経済インテリジェンス分析だ。
 専門家の一人、小林俊介は、次のように指摘する。
 <結果として、不況下で公的債務が膨らんだ一方、裏を返せば景気が悪いがゆえに財政が破綻せずに済んだということでもあります。企業部門が日本国債を買い支える中、財政状況は悪化の一途を辿ったにもかかわらず日本国債の金利は上昇しませんでした。このことが日本政府の債務利払い費を抑制することになり、財政破綻を免れてきたという側面もあります>
 不況ゆえに財政危機が見えなくなっていることは、日本の将来にとって極めて危険だ。

 (2)②は、韓国検察によって朴槿恵・大統領に対する名誉毀損容疑で在宅起訴された著者が、無罪判決を勝ち取るまでの当事者手記だ。次のようなエピソードを披露する。
 <「もう韓国はこりごりでしょ」。同僚や後輩からそう聞かれることもありました。確かに何度もそう思いましたが、判決公判の日に、こんなことがありました。「無罪」を言い渡された後、私と弁護士を地下駐車場に誘導するために近付いてきた男性廷吏が突然、私に握手を求め、興奮気味にこう言うのです。
 「これまでどれほどのご苦労をなさったことか。本当に大変でしたね。実は私は、前支局長の無罪を信じていたのです。そもそも本来の噂を書いた朝鮮日報がなんのおとがめもなく、あなただけが有罪では、大韓民国の法治主義が揺らいでしまう」>
 韓国にも良識を持つ人はたくさんいるが、それが政治に反映されないのだ。
 それにしても、朴大統領が被害届を出していないにもかかわらず、名誉毀損が刑事事件化される韓国の法体系は空恐ろしい。

 (3)③は、内政、外交、軍事、経済、社会、文化についてバランスがとれた作品だ。
 <経済的には、1990年代後半、不可能に思われた社会保障・財政改革とユーロ導入の達成という奇跡を達成した瞬間、さらなる革新へのエネルギーが枯渇したかのように、低成長と停滞の時代に直面している。社会的にも、世代間対立や移民問題など、共和国の担い手としてのアイデンティティを問われる事態を眼前に、揺れ動いている>
 日本が抱えている問題も、構造的にイタリアとよく似ている。今後、起こりうる財政破綻、テロリズムの脅威、移民をめぐる社会的混乱などについて、イタリアの事例を学ぶことが日本の危機管理につながる。

□佐藤優「今後、起こりうる財政破綻 ~知を磨く読書 第138回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月27日号)
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 【参考】
【佐藤優】テロリズムに対する統一戦線構築 ~カトリックとロシア正教~
【佐藤優】北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】ラブロフ露外相の真意 ~日本政府が怒った「強硬発言」~
【佐藤優】プーチンが彼を「殺した」のか? ~英報告書の波紋~
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】北朝鮮による核実験と辺野古基地問題
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】サウジとイランと「国交断絶」の引き金になった男 ~ニムル師~
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】矛盾したことを平気で言う「植民地担当相」 ~島尻安伊子~
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~
【佐藤優】陰険で根暗な前任、人柄が悪くて能力のある新任 ~駐露大使~
【佐藤優】世界史の基礎を身につける法、決断力の磨き方
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【佐藤優】小泉劇場と「戦後保守」・北方領土、反知性主義を脱構築
【佐藤優】【中東】「スリーパー」はテロの指令を待っている
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【佐藤優】ネット右翼の終わり、解釈改憲のからくり、ナチスの戦争
【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~
【佐藤優】ロシアを怒らせた安倍政権の「外交スタンス」
【佐藤優】コネ社会ロシアに関する備忘録 ~知を磨く読書~
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【佐藤優】ロシアと提携して中国を索制するカードを失った
【佐藤優】中国政府の「神話」に敗れた日本
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【佐藤優】中小企業100万社を潰す竹中平蔵 ~安倍“暴走”内閣(4)~
【佐藤優】自民党を操る米国の策謀 ~安倍“暴走”内閣(3)~
【佐藤優】自民党の全体主義的スローガン ~安倍“暴走”内閣(2)~
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【佐藤優】ある外務官僚の「嘘」 ~藤崎一郎・元駐米大使~
【佐藤優】自民党の沖縄差別 ~安倍政権の言論弾圧~
【書評】佐藤優『超したたか勉強術』
【佐藤優】脳の記憶容量を大きく変える技術 ~超したたか勉強術(2)~
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【佐藤優】【沖縄】知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」
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【佐藤優】エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~
【佐藤優】バチカンの果たす「役割」 ~米国・キューバ関係~
【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
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【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~
【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」
【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~
【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~
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【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~
【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~
【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~
【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~
【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~
【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~
【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 


【心理】動きがスローモーションで見える心理/時間の延長 ~戦争~

2016年02月21日 | 心理


(1)動きがスローモーションで見えるのは、生き残るメカニズムであるのは間違いない。
 時間の延長というこの現象については、昔から数多くの体験談があった。しかし、アートウォール博士がデータを収集して、銃撃戦に巻きこまれた警察官の65%が体験していると立証するまで、それほど一般的な現象だとは誰も理解していなかった。
 このスローモーション現象は非常に強力で、すぐそばをかすめていく銃弾が見えた、という警察官もいる。その弾丸がどこに当たったのかを正確に言い当てて、実際に見えていたことを証明できる場合もある。
 しかし、これは、映画で使われる特殊効果のように、弾丸がゆっくり飛んでいくように見えるわけではない。ペイント球やペイント弾は低速で飛ぶから目に見えるのだが、銃弾がそれぐらいの速度で飛んでいるように見える、という意味だ。
 次の事例では、時間の延長が選択的聴覚抑制と組み合わされていることにより、非常に強力な効果をあげている。

 (2)アンダスン巡査は、彼らのすぐそば、わずか1mの距離に立ち、刃物を捨てるように、と容疑者を説得していた。だが、容疑者にはそんな気はなかった。「三つ数えるうちに降参しろ。さもなくば、こいつを殺す」と言って、人質をさらにぴったり引き寄せた。
 男は大きく弧を描くように刃物を人質の頭上に振り上げた。
 刃物が弧の頂点に達したとき、人質が身動きして、容疑者の胸がわずかにあらわになった。
 「私の目には容疑者の胸と刃物しか見えなかった。そのとき急に静かになって、男の動きがいきなり遅くなったんです。私はなんだか、一歩下がってとるべき道を考えているみたいな気分でした」
 「今私が撃たなかったら、人質が死ぬことになるのはわかっていました。そのせつな、私の全人生はこの一瞬のためにあったような気がしました。いまを逃したら次はもうないんだ。すべてがおれしだいなんだと思いました」
 振り下ろされる寸前、ほんの一瞬刃物の動きがとまったとき、アンダスンは発砲した。最初の一発は容疑者の手首を砕き、続く5発のうち一発が男の心臓のまんなを撃ち抜いた。
 「火薬のにおいは憶えているんだが、銃声は聞いた憶えがありません」
 「人質の顔は憶えていますが、彼がなんと言ったかは憶えていません。サイレンが聞こえたのはたしかですが、だれとだれが来たのかはわかりません。やると決めたのは憶えていますが、引金を引いたときのことは憶えていません」

 (3)時間の延長は生き残りに有利な現象だ。しかし、厄介な荷物をどっさり抱えてくることが多い。たいてい“黒の状態”のときに起こるから、心拍数は極度に高くなっているし、微細かつ複雑な運動の制御能力も失われている。
 「副作用なしで時間の延長現象だけを起こせる薬があったら、野球選手に服用させてみたいものだ。バッターボックスに立ったとき、ボールがゆっくり飛んでくるように見えるわけだから、これは面白いことになるだろう。/そんな日が来るまでは、時間の延長について言えることはせいぜいこれだけだ--戦闘に対する反応のひとつだが、いつ起きるか予測がつかず、ときには役に立つこともある。いまのところは、こういう現象が起きることもあると戦士たちに教えておけばじゅうぶんだろう」

 (4)余談ながら、野村克也によれば(夫子自身の体験をまじえているのだろうが)、一流打者は好調時にはボールが止まって見えるらしい。

□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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 【参考】
【心理】不安から生じる視野狭窄 ~トンネル視野~
【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~

【食】【TPP】“危険な商品”を圧しつける米国企業 ~遺伝子組み換え~

2016年02月21日 | 社会
 (1)遺伝子組み換え作物の“輸入大国”日本に、新たな脅威が迫っている。
 TPP推進の背景には、米国GM企業の巧みな仕掛けがある。

 (2)米国、ブラジル、アルゼンチン、カナダなどの遺伝子組み換え(GM)作物栽培国で、いま深刻な問題が起きている。
 従来の有機リン系除草剤(「ラウンドアップ」や「バスタ」など)で枯れない耐性雑草や、殺虫遺伝子で死なない耐性害虫が大量発生しているのだ。
 この対抗措置として、今度は有機塩素系の枯葉剤(「2,4-D」や「ジカンバ」など)に耐えるGM作物が開発された。
 しかし、これらは、ベトナム戦争で米軍が使用し、無数の人びとに甚大な被害をもたらした枯れ葉剤だ。その有毒性は、合成時に混入した不純物ダイオキシンが原因といわれるが、薬剤そのものにも強力な毒性がある。
  (a)「2,4-D」
   ①急性毒性・・・・吐き気、下痢、頭痛、めまい、錯乱、異常行動
   ②慢性毒性・・・・パーキンソン病、非ホジキンリンパ腫、精子異常
  (b)「ジカンバ」・・・・(動物実験では)神経毒性、筋肉毒性、歩行異常、体重増加抑制、肝細胞肥大、貧血
 新たなGM作物はこの枯葉剤に耐性を持つというが、危険性はないか。

 (3)GM作物の栽培が始まった1996年以降、毎年同じ農薬を畑に散布、または同じ殺虫遺伝子作物を栽培するうち、米国や南米のGM栽培国では次第に耐性雑草や耐性害虫が出現した。
 この対処として除草剤散布の回数は増加し、結果的に農家側の負担は増えた。

 (4)消費者にとっては、残留農薬の問題が深刻だが、米国で始まったラウンドアップ耐性大豆の栽培は、残留グリフォサート(ラウンドアップの主成分)濃度が基準を超えていたため、米政府は海外の輸入国に規制緩和を勧告した。
 これに伴い、日本政府は、1999年にグリフォサートの残留基準を
   6ppm→20ppm
に改定した。オーストラリア、ニュージーランド、英国も引き上げた。
   0.1ppm→20ppm
 各国への勧告を米政府に促したのは、GM大豆を開発したモンサント(米国)だ。
 一方で、WHOの国際癌研究機関(IARC)は2015年3月20日、グリフォサートの発癌性を認めた。

 (5)ほぼ報道されない事実だが、米国企業の枯葉剤耐性GM作物を世界で初めて認可したのは日本だ。
  (a)日本政府は、ダウ・ケミカル(米国)が申請した「2,4-D」耐性トウモロコシを2012年5月に食品・家畜飼料として認可し、栽培も許可した。
  (b)モンサントから申請された「ジカンバ」耐性大豆は、
   ①厚生労働省が2013年2月に食品として認可した。
   ②農林水産省が同年10月に栽培を許可した。
   ③厚労省は、「ジカンバ」の残留基準を引き上げた。0.1ppm→20ppm

 (6)モンサントもダウ・ケミカルもベトナム戦争を契機に急成長した化学企業だ。枯葉剤耐性GM作物は、当初、米国内で批判が殺到した。
 米国では、2014年10月に「2,4-D」耐性トウモロコシが認可され、2015年1月に「ジカンバ」耐性大豆が認可されたが、日本での認可が米国での認可を有利に導いた可能性がある。政治的配慮が窺える。
 
 (7)さらに、GM食品表示制度が、今後さらに危うくなる可能性がある。
 仮に、モンサントが日本の表示制度のせいで輸出に支障があり、北海道など独自のGM作物栽培規制条例で国内でのGM栽培が妨害されている、などとしてISD条項に即して日本を訴えれば、残留基準を上げることはおろか、国内のGM作物栽培規制が破綻する恐れもある。

□河田昌東(分子生物学者)「“危険な商品”を圧しつける米国企業」(「週刊金曜日」2016年2月12日号)
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 【参考】
【堤未果】【TPP】妥結で日本の農地は海外企業のものになる
【TPP】の欧米版(TTIP)に反対デモ25万人 ~ドイツ~
【TPP】がもたらす影響とは? ~日米共同作業で進む食の荒廃~
【古賀茂明】【TPP】の漂流と「困った人たち」
【TPP】漂流する可能性が出てきた ~大筋合意見送り~
【メディア】とTPPの「壁」を突き崩す調査報道(2)
【メディア】とTPPの「壁」を突き崩す調査報道
【米国】が狙い撃ちする日本の自動車部品メーカー ~カルテル摘発続出~
【TPP】の最大の抵抗勢力 ~米国の議会と社会~
【TPP】というゾンビに食い荒らされる日本
【TPP】というドラキュラの死とTPPのゾンビ化
【食】【TPP】原産地表示の抜け道 ~食のグローバル化~
【食】「多古町旬の味産直センター」の試み ~農業経営の安定化~
【TPP】「限界農業」化の危機 ~農業の持続可能性~
【TPP】持続可能な農業を ~いま必要な政策~
【TPP】自民党の二枚舌、甘利大臣の無知
【TPP】国家主権の放棄 ~国民の知らないところで~
【TPP】条件闘争は不可、途中下車も不可 ~韓米FTA~
【TPP】1%の1%による1%のための協定 ~医療・食の安全~
【TPP】安部首相の二枚舌 ~信じがたい事態~
【TPP】医療制度崩壊を招くTPP参加
【TPP】その先にあるFTAAP ~国家ビジョンの不在~
【TPP】米国製薬会社の要求 ~日本医療制度の営利化~
【TPP】蚕食される医療保険制度 ~審査業務という盲点~
【経済】TPP>米韓FTAの「毒素条項」 ~情報を隠す政府~
【経済】TPPは寿命を縮める ~医療と食の安全~
【経済】中野剛志の、経産省は「経済安全保障省」たるべし ~TPP~
【経済】中野剛志『TPP亡国論』
【震災】原発>TPP亡者たちよ、今の日本に必要なのは放射能対策だ
【経済】TPPをめぐる構図は「輸出産業」対「広い分野の損失」
【経済】TPPで崩壊するのは製造業 ~政府の情報隠蔽~
【経済】中国がTPPに参加しない理由 ~ISD条項~
【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差
【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
【震災】復興利権を狙う米国
【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~
【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~


【心理】不安から生じる視野狭窄/トンネル視野 ~戦争~

2016年02月20日 | 心理


 (1)すでに述べたような選択的聴覚抑制【注】をⅠ型と呼ぶならば、自分が当たったときには聞こえない選択的聴覚抑制はⅡ型だ。
 アフガニスタンで米空軍の誤爆を受けたカナダ人、対戦車ロケット弾(RPG)を被弾した海軍特殊部隊員、パトカーの運転手席側のドアを開けたとき目と鼻の先でブービートラップが爆発するという経験をした警察官・・・・これらの人々は同じことを言う。その爆発音は聞こえなかった、と。ブービートラップで両足を吹き飛ばされた警察官は、直後に携帯電話で通信司令係に電話を入れたとき、耳鳴りはしなくて問題なく話ができた、と言っている。

 (2)先の調査によれば、面接調査を受けた警察官の85%は音が小さく聞こえる経験をしている。
 他方、16%は逆に銃声が大きく聞こえた経験をしている(音の強化)。合わせると101%になるが、一度の銃撃で両方を経験した警察官がいるからだ。

 (3)聴覚のみならず、視覚もまた類似の心理が生じる。
 先の調査によれば、警察官の10人に8人は銃撃戦の際に「トンネル視野」を経験している。これは視野狭窄とも呼ばれるが、銃撃戦などで過大なストレスにさらされると、目の焦点を結ぶ範囲が狭くなって、まるで筒をのぞいているかのように感じるのだ。ある巡査部長は、容疑者がこちらに向かって拳銃を撃ってきたとき、その拳銃をにぎる男の手の、指に嵌った指環しか見えなかった。
 また、あるSAWAT隊員は、短銃身のショットガンで武装した容疑者と格闘したとき、トンネル視野と聴覚抑制の両方を一度に体験した。
 「私たちはふたりとも片手で同じショットガンの銃口をつかみ、片手で同じ引金をつかんでいました。トンネル視野を経験した人はみんな、トイレットペーパーの筒をのぞいているみたいだったと言うけれど、私の場合はソーダのストローをのぞいているみたいでしたよ」
 心拍数が上昇するにつれて、トンネル視野のトンネルはいよいよ狭まり、選択的聴覚抑制の強度も高まる。これを示す事例は少なくない。上記の事例もその一つで、体験談は続く。
 「そうやってショットガンを奪い合っていたとき---ズドーン! その12番口径が、私たちの顔のあいだで火を噴いたんです。目の前で12番口径が火を噴いたんですから、ふつうならこんなにやかましいことはありませんよ。それが心底仰天したんですがね、私にはその音が聞こえなかったんです。あとで耳鳴りがすることもありませんでした」

 (4)トンネル視野は、選択的聴覚抑制その他のさまざまな知覚の歪みと並んで、一般に高レベルの不安に伴って生じる。
 たいていの場合、相手にも同じことが起きている。相手も「ドーナツの穴をのぞくよう」にこちらを見ているのだ。
 この視覚の歪みを利用するには、すばやく右か左に一歩よけるとよい。すると、事実上あなたは相手の目の前から消える。あなたを視野にとらえるには、相手はまばたきをし、後ろに下がり、こちらの方向に顔を向けなくてはならない。それに要する1秒間が貴重な優位性をあなたにもたらす。この横移動法は、有効性が証明され、今では広く教えられるようになっている。
 銃撃のあとで物理的に首を左右にふって戦場を眺めると、トンネル視野が緩和されるらしい。たとえ緩和されなくても、首を左右にふれば、他に敵がいないかを確認することができる。
 戦闘のときにどんな現象が起きるか、前もって教えておくと、非常に有意義だ。
 「本書の目標は、できれば初回の戦闘を経験する前に、戦士たちにこのような心構えをさせることだ。『転ばぬ先の杖』と言うとおり、戦士を戦闘に送り出すときには、できうるかぎり最高の装備をさせ、最大限の情報を与えなくてはならない」

 【注】「【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~

□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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 【参考】
【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~


【メディア】政治家の「みそぎ」は本末転倒 ~形骸化する謝罪~

2016年02月20日 | 社会
 (1)1月のメディアを
   SMAPの解散騒動
   ベッキー(タレント)の不倫騒動
が席巻した。SMAPはテレビの生放送で、ベッキーは記者会見で、それぞれ謝罪した。
 単なる視聴者が謝罪される理由は、格別見当たらない。直接被害を受けた当事者や関係者がいるならば、じかに面会して謝罪するのが筋だ。
 にもかかわらず、これまでも著名人が私的な不祥事を起こすたびに、公の場で謝罪会見や釈明会見が開かれてきた。

 (2)理由は二つ。
  (a)「区切り」の問題。沈黙を続けたら、いつまでもメディアに追い回され、「真相はどうか」と追求し続けられる。さっさと会見を開いて、「この件はもう終わらせたい」と考えるのだ。当人に非があってもなくても、とにかく謝る。日本は、このような謝罪パフォーマンスをやらないと、先に進めない社会なのだ。「みそぎ」効果が働くのだ。
  (b)「みせしめ」としての側面だ。公開処刑と呼んでもいい。不祥事を起こした者は、公衆の面前にさらされ、記者の厳しい質問に耐え、できれば苦痛を味わってもらう。そんな大衆の要求があって、その要求に応えることが求められる。ここでは、謝罪は一種の娯楽ともなる。

 (3)(2)-(b)に見られる大衆の残酷さは、文学作品でもたびたび描かれてきた。
 <例1>カミュ『異邦人』では、殺人罪に問われた主人公ムルソーが公開処刑される。
 <例2>魯迅『阿Q正伝』では、主人公阿Qが冤罪で公開処刑される。
 大衆は、彼らの処刑を歓迎し、あれこれ論評する。
 公開処刑は、人権尊重の観点から、どこの国でも近代以降は禁止されたが、人びとの心の中に誰かを罰したい、誰かが罰せられているところを見たいという暗い欲求(いじめの構図とも通底する欲求)が巣くっているのだ。

 (4)では、犯罪者でもない著名人が、なぜ謝罪しなければならないのか。
 こんな場合によく聞くのが、「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」というフレーズだ。
 ここに見え隠れするのは、集団的な調和を重んじる日本的なムラ社会の構図だ。つまり、彼らは「集団の和を乱してごめんなさい」と言っているわけだ。
 そのとき、大衆を味方につけたメディアは、個人を罰する権力と化す。少なくともメディアは、そのような自らの権力構造を自覚すべきだ。

 (5)こうした謝罪の作法は、ときに謝罪そのものを形骸化させる。社会的な責任のある企業人や政治家の会見に殊に、その形骸化が見られる。
 1月28日に閣僚を辞任した甘利明・前経済再生担当相は、退任あいさつで、
 「私どもの不祥事により、世間をお騒がせし、皆さんに大変なご迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思っています。責任の取り方に対し、私なりのやせ我慢の美学を通させていただきました」
と述べた。まさに「みそぎ」として退任するという発言だ。
 
 (6)しかし、甘利は決定的な間違いを犯している。
  (a)甘利の責任を問われているのは、「世間を騒がせた=集団の和を乱した」ことではなく、政治資金規正法やあっせん利得処罰法という法律に触れるかどうかの疑惑だ。
  (b)甘利の謝罪の相手は、野次馬としての大衆ではなく、主権者である国民だ。つまり、これは
   当事者(選挙で選ばれた人)が、
   もう一方の当事者(彼に国政を託した有権者)
に説明しなければならない問題であって、著名人の醜聞とは性質が異なる。 

 (7)だが、謝罪や釈明を「みそぎ」「みせしめ」という情緒的な側面からとらえる社会では、謝罪の態度ばかりに注目が集まり、きっぱり閣僚を辞任した甘利は「潔い」と評価されたりする。本末転倒だ。
 謝罪の作法は、とかくリスクマネジメントの問題に還元されがちだ。
 しかし、私たちはもう一度考えてみるべきだ。
 謝罪が娯楽として消費される社会が健全なのか。たたきやすい相手を徹底的に叩くことに、鬱憤晴らし以上のどんな意味があるか。

□斎藤美奈子「形骸化する謝罪 「みそぎ」では本末転倒」(「日本海新聞」2016年2月14日)
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【心理】ストレスに伴う聞こえの歪み/選択的聴覚抑制 ~戦争~

2016年02月19日 | 心理
 

 (1)<--戦争のことをあれだけお書きになっていても、まだ言いきれないというお気持ちはおありですか。今後のお仕事としてやる、やらないということは別として。
 大岡 ええ。戦う人間の内部という問題があるんです。『レイテ戦記』はほとんどが外部から書いたもんですからね>【注】

 【注】大岡昇平『わが文学生活』(中公文庫、1981)

 (2)『戦争の心理学』の「第2部 戦闘中の知覚の歪み --意識変容状態」の最初は「第5章 目と耳 --選択的聴覚抑制、音の強化、トンネル視野」である。その冒頭でいう。
 「戦闘中には一連の奇怪な歪みが生じ、周囲の見え方、現実の認識のしかたが変化する。真の意味での意識変容状態に陥るのだ。これは薬物摂取時や睡眠中に起きることに似ている。信じられないことだが、この現象はつい最近まで知られていなかった。(中略)過去5千年にわからなかったことがよ うやく、この数十年でしだいに明らかになってきた。そしていまでも、日々新たな発見が続いている」

 (3)戦闘中の聴覚や視覚の歪みは、人が日常的に体験する正常な歪みとは大きく異なる。
 “選択的聴覚抑制”や“トンネル視野”には、「気をとられる」という心理的な影響だけではなく、目や耳の生物機械学的変化による強力な生理現象が関わっているようだ。血管収縮その他のストレス反応の副作用である、と考えられている。 

 (4)警官141人への調査結果によれば、85%が発砲の際に音が小さく聞こえた(選択的聴覚抑制)。
 感覚刺激の遮断は、しょっちゅう起こっている。冷蔵庫のうなりとか、遠くの車の音といった背景雑音はすべて聞こえていないだろう。人の脳は、感覚データをたえず無視している。そうでないと処理しきれなくなってパンクしてしまうからだ。
 過大なストレスのかかる状況では、選択的遮断がさらにエスカレートし、生き残るために必要な感覚以外はすべて遮断される。その必要な感覚とは、通常は視覚だ。しかし、光量が足りない場合は、聴覚の「スイッチ」が入って視覚の「スイッチ」が切られることがある。この場合、銃声は聞こえるが、銃口から火が噴くのは見えにくくなる。
 脳は、目標に無関係と判断したデータを意識からはじいている。その目標とは、生き残ることだ。聴覚科学分野の研究によれば、大きな音を物理的・機械的に遮断する機能があるらしい。この生物機械的な音の遮断は、突然の大音響に反応して1ミリセカンド以内に起きるようだ。
 これには、二つの現象が関わっている。
  (a)特定の音だけが聞こえなくなる。兵舎で仲間のいびきを気にせずに眠れる、とか。
  (b)ごく短時間に大きな音が物理的・機械的に抑制または消去される。そのため、事後に起きるはずの耳鳴りすら起きない。
 (b)は、大きく3種類に分けられる。 
   ①自分の銃声は小さく聞こえるが、同僚の発砲音は耳を聾するほどに聞こえる。ストレスが中程度の時起きる。
   ②すべての音が遮断され、事後に回顧しても何の音も聞いた記憶がない。高ストレス状況で起きる。
   ③銃声はまたく聞こえなくなるが、他の音はすべて聞こえる。これが最も一般的だろう。

 (5)聞こえなくなるのは銃声だけではない。
 致命的武力対決の際に、パトカーのサイレンやその他緊急車両のサイレンがまったく聞こえなかった、という警察官は何人もいる。ある公園警察官は、銃撃戦の最中、頭上でホバリングしているヘリコプターの音が聞こえなかった。
 戦闘中には、大声で話しかけられても聞こえない、ということはよくあることだ。これは小部隊の指揮官たちには以前から理解されていたが、部下に命令を聞かせたり、こちらに目を向けさせるためには、指揮官は部下の正面に立っていなければならない。戦闘中、最も危険な位置に指揮官が立つのは、部下にこちらを向かせ、命令を聞かせるためにはそうするしかないからである。

□デーブ・グロスマン/ローレン・W・クリステンセン(安原和見訳)『戦争の心理学 -人間における戦闘のメカニズム-』(二見書房、2008)
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【古賀茂明】シャープ救済劇と官僚の思惑

2016年02月19日 | 社会
 (1)シャープ救済劇のニュースが連日大きく報道されている。今回の救済劇の本質をズバリ言うと、
   「国威発揚を喜ぶ」
    「右翼安倍晋三首相の威を借りた」
     「外資嫌いの」
      「経済産業省介入派官僚による」
       「古色蒼然たる」
        「日の丸戦争ごっこ」

 (2)シャープは、高度な液晶技術を売りにした優良企業だったが、韓国のサムスン、LGに追い抜かれ、経営不振のピンチに陥った。そこに経産省が登場し、傘下の官民ファンド「産業革新機構」が救済する方向となっていた。
 「革新機構」は、銀行に、事実上の債権放棄を含めて3,500億円の金融支援を求め、自らは3,000億円を出資するとした。その上で、シャープの液晶事業は分社化し、やはり「革新機構」が大株主となっているジャパンディスプレイ(日立、東芝、ソニーの液晶部門を統合した企業)と統合し、白物家電部門は東芝の家電部門と統合するという「日の丸連合」案を高らかに掲げた。

 (3)一方、台湾メーカーの鴻海(ホンハイ)精密工業は、7,000億円もの出資を提示し、銀行の債権放棄は不要、経営陣は温存、大規模投資でシャープブランドを活用した復活を期す、という案を示した。液晶事業は、シャープとの共同事業でアル堺工場と統合、その他の部門は太陽光発電関連を除き、切り売りはしない、という。
 額面どおり受け取るならば、こちらの方が魅力的なはずだ。
 
 (4)それなのに、「革新機構」案が優先されたのは、
   「国威発揚」をめざす
    「右翼」安倍首相の「威光」を
     「古色蒼然」たる
      経済産業省の「介入派」官僚が
うまく利用したからだろう。関係者に、「官邸の意向」と称して、「シャープを外資に渡すな」と言えば、恐ろしい安倍政権に逆らうものはいない。

 (5)経産省の中で主流派の「介入派」官僚たちは、本気で「自分たちが一番優秀だ」と思い込んでいる。シャープも東芝も「馬鹿な経営者と出来の悪い金融機関では必要な改革ができない」ので、「自分たちが叩き直してやるしかない」と考えたのだ。
 そんな彼らは、「日の丸連合」の大見出しが新聞に躍るたびに、欣喜雀躍していた。

 (6)しかし、経産省の「介入派」官僚たちの救済案は、「日の丸」にこだわっただけの単純な救済合併と事業の切り貼りの案に過ぎない。
 鴻海のカリスマ経営者の郭台銘・薫事長がシャープの社外取締役や銀行陣にダイナミックな再建案を示すと、「革新機構」案はたちまち色あせてしまった。
 
 (7)鴻海に逆転を許し、経産官僚のプライドは打ち砕かれた。
 しかし、林幹雄・経産相は、5日の閣議後の記者会見で、「産業革新機構はシャープの要請に応えた」だけで、鴻海と「買収合戦」したわけではないと、経産官僚が作ったメモを読み上げた。
 決して負けを認めないのも、経産官僚の特性だ。

 (8)実は、経産省にはまだ大きな関心事項がある。シャープの天下りポストだ。鴻海傘下に入れば、これを失う可能性が高い。
 事業再生の世界では、「下駄を履くまでわからない」というのが常識。
 今後の最終調整段階で問題が生じれば、経産省はそれに乗じてまとまりかけたディールをひっくり返そうとするだろう。官僚は、どんなときでも自分たちの利権の維持・拡大を諦めることはないのだ。

□古賀茂明「シャープ救済劇と官僚の思惑 ~官々愕々第188回~」(「週刊現代」2016年2月27日号)
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 【参考】
【古賀茂明】ルールが守られない国、日本 ~途上国体質~
【古賀茂明】争点化すべき企業献金問題
【古賀茂明】基地をめぐる二つの選挙
【古賀茂明】前半がバラマキ政策、後半が憲法改正 ~「先楽後憂」の今年~
【古賀茂明】玉虫色の民主・維新政策合意 ~平和主義も放棄?~
【古賀茂明】シリア空爆の裏にある真実 ~軍需産業の大儲け~
【古賀茂明】橋下市長の去就で、憲法改正が現実味?
【古賀茂明】空虚な「日本再興戦略」 ~成長戦略の挫折~
【古賀茂明】「なかったこと」にされた議事録 ~閣議決定の記録~
【古賀茂明】【原発】大手電力のエゴ丸出し
【古賀茂明】勝っても負けても安倍自民には得 ~大阪ダブル選
【古賀茂明】問題だらけの軽減税率 ~最悪の方向へ~
【古賀茂明】【原発】骨抜きの「ノーリターンルール」
【古賀茂明】アベノミクス「第二ステージ」 ~失敗を隠す官僚の常套手段~
【古賀茂明】難民と安倍とメルケルと ~ドイツと差がつく日本~
【古賀茂明】安保法成立の最大の戦犯
【古賀茂明】軽減税率、本当の問題 ~官々愕々第170回~
【古賀茂明】国民のために働く官僚の左遷 ~読売新聞の問答無用~
【古賀茂明】安倍首相の「積極的軍事主義」が根付くとき
【古賀茂明】電力自由化は進んでいない
【古賀茂明】【TPP】の漂流と「困った人たち」
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古賀茂明】集団的自衛権とワールドカップ
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【古賀茂明】医師と官僚の癒着の構造
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【古賀茂明】安部総理の「11本の矢」 ~戦争国家への道~
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【古賀茂明】「武器・原発・外国人」が成長戦略 ~アベノミクスの今~
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【古賀茂明】「避難計画」なき原発再稼働
【古賀茂明】「建設バブル」の本当の問題 ~公共事業中毒の悪循環経済~  
【古賀茂明】安倍政権の戦争準備 ~恐怖の3点セット~
【原発】【古賀茂明】利権構造が完全復活 ~東日本大震災3年~
【古賀茂明】アベノミクスの限界 ~笑いの止まらない経産省~
【古賀茂明】労働者派遣法改正前にすべきこと
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【古賀茂明】森元首相の二枚舌 ~オリンピックの政治的利用~
【古賀茂明】若者を虜にする「安部の詐術」 ~脱出の道は一つ~


【佐藤優】テロリズムに対する統一戦線構築 ~カトリックとロシア正教~

2016年02月18日 | ●佐藤優
 (1)2月12日、キューバで、
   キリル1世・モスクワ及び全ルーシ(ロシア)総主教(ロシア正教会の最高責任者)が
   フランシスコ・教皇(カトリック教会の最高責任者)と
会見した。その会見計画は、フランシスコ教皇のメキシコ公式訪問に合わせて、あえて短時間、キューバに立ち寄るというものだった。
 <2月12日(金)午前、教皇はローマを特別機で出発、まずキューバに向かわれる。現地時間・同日午後、ハバナのホセ・マルティ国際空港に到着された教皇は、空港内でキリル・モスクワおよび全ロシア総主教と個人会談を行い、共同宣言に署名される。この後、教皇はハバナからメキシコシティへ。同日夜、ベニート・フアレス国際空港に到着される>【注1】
 会見は、計画どおりに実現した。
 <11世紀にキリスト教会が東西に分裂して以来初めてとなる、ローマ法王と東方正教会で最大勢力を持つロシア正教会の総主教の会談が12日、実現した。中東・北アフリカの混乱でキリスト教徒が犠牲となっていることへの懸念が会談を後押しした。「第三者」の立場で会談場所を提供したキューバも存在感を示した。
 約2時間に及んだ会談の後、両者は中東などで続く過激派によるキリスト教徒迫害やテロに対し、国際社会の緊急対処を求める共同宣言に署名した>【注2】

 (2)教皇の会見については、「世界平和を祈った」という類いの抽象的な発表しかされないが、実質的にはかなり踏み込んだ話が行われる場合が多い。今回のキリル1世との会談は、特に政治的性格を強く帯びる。
 ロシア正教会とカトリック教会の係争は、ウクライナ西部に拠点を持つユニエイト教会(東方帰一教会/東方典礼カトリック教会)【注3】の処遇だ。ユニエイト教会は、
   ・下級司祭が妻帯する、
   ・イコン(聖画像)を崇敬する、
など習慣や儀式はロシア正教会とほぼ同じだが、ローマ教皇の首位権と教義解釈を認める特殊なカトリック教会だ。
 このユニエイト教会が、ウクライナにおける反露ナショナリズムと結びついている。よって、ユニエイト教会問題について、フランシスコ教皇とキリル1世総主教が妥協すれば、ロシア・ウクライナ間の紛争沈静化に影響を与える。

 (3)キリル1世は、政治的な人で、過去、欧米諸国のキリスト教会や宗教団体と交渉するモスクワ総主教庁の渉外局長(バチカン市国の外務大臣に相当する)を務めていた。ソ連時代には、KGB(ソ連国家保安委員会)とも良好な関係を維持していた。ソ連崩壊後も、欧米的な自由主義、民主主義がロシアに移入されることに反対する保守派のイデオローグとして活躍した。
 プーチン政権誕生(2000年)のときから、キリル渉外局長(当時)は、大国としてのロシアの地位を回復しようとするプーチン大統領の路線を積極的に支持した。また、同性愛の公認にも強く反対している。
 キリル1世は、イスラム教に関して、
  (a)ロシア土着のイスラム教との対話を重視する。
  (b)アラビアに起源を持つワッハービ【注4】は、ロシアから排除すべきであるという立場を鮮明にしている。

 (4)キューバにおけるキリル1世とフランシスコ教皇との会見でも、「イスラム国」対策、さらに中東におけるキリスト教の保護の問題も議題だ。この会見の
 <背景には、中東・北アフリカの「アラブの春」で各地の独裁政権が倒れ、少数派のキリスト教徒への迫害が強まったことがある。教会を標的にしたテロが相次ぎ、過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭してからは、シリアやイラクで改宗の強制や拉致・殺害が続く。宗派を越えた協力が必要だというのが法王の考えだった。
 迫害への懸念を共有していることが、法王とロシア正教会の歩み寄りの触媒となった。12日の共同声明は、シリアとイラクに特に言及し、暴力の中止と平和の回復を呼びかけている>【注5】
 ロシア正教会とカトリック教会が、過去の恩讐を超えて、イスラム教過激派のテロリズムに対する統一戦線構築に向けた道が準備されるだろう。

 【注1】記事「教皇のメキシコ司牧訪問・詳細日程」(「バチカン放送局」 09/02/2016)
 【注2】記事「東西教会、分裂越え初会談 ローマ法王・ロシア正教会総主教 教徒迫害やテロ契機」(朝日新聞デジタル 2016年2月14日)
 【注3】「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
 【注4】アルカイダ、「イスラム国」などを含むイスラム教過激派に対するロシアにおける呼称。
 【注5】前掲朝日新聞デジタル記事

□佐藤優「カトリックとロシア正教の「踏み込んだ話」 ~佐藤優の人間観察 第146回~」(「週刊現代」2016年2月27日号)
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 【参考】
【佐藤優】北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】ラブロフ露外相の真意 ~日本政府が怒った「強硬発言」~
【佐藤優】プーチンが彼を「殺した」のか? ~英報告書の波紋~
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】北朝鮮による核実験と辺野古基地問題
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】サウジとイランと「国交断絶」の引き金になった男 ~ニムル師~
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】矛盾したことを平気で言う「植民地担当相」 ~島尻安伊子~
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~
【佐藤優】陰険で根暗な前任、人柄が悪くて能力のある新任 ~駐露大使~
【佐藤優】世界史の基礎を身につける法、決断力の磨き方
【佐藤優】国内で育ったテロリストは潰せない ~米国の排外主義的気運~
【佐藤優】沖縄が敗訴したら起きること ~辺野古代執行訴訟~
【佐藤優】知を身につける ~行為から思考へ~
【佐藤優】プーチンの「外交ゲーム」に呑まれて
【佐藤優】世界イスラム革命の無差別攻撃 ~日本でテロ(3)~
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【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~
【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~
【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~
【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~
【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~
【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~
【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~
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【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

【丸谷才一】あいさつは一仕事 ~ゴシップ風に~

2016年02月18日 | ●丸谷才一
(1)長いスピーチを止める法(その一)
 ある女流作家が長いスピーチをしていた。その人の前に出てきた永六輔いわく、
 「おばさん、長いよ」

(2)長いスピーチを止める法(その二)
 ある映画賞の授賞式。主演賞を獲得した俳優がとても長いスピーチをやった。下積み時代から脇役時代を経てやっと主役がきた、これも監督のおかげ、あの監督はこういう人で・・・・。
 話の途中で、森繁久弥が拍手した。まわりもつられて拍手。
 長い長いスピーチは打ち切られてしまった。

(3)会場の喧噪を鎮める法
 会場がワイワイガヤガヤと騒がしい。
 ここで永六輔が登場。
 「ただ今臨時ニュースが入りました。金さんと銀さんは本日正午・・・・」
 みなシーンとなった。永、ひと呼吸おいて続けた。
 「お二人とも元気で昼ご飯を召し上がったそうであります」
 一同、呵々大笑。それで静かになってしまった。
 
(4)引用はひとつ
 引用はひとつにしなさい。
 そう野坂昭如は強調した。婚礼のスピーチなんかに夏目漱石を引用し、教育勅語を引用し、ビートルズの唄まで引用していては、聞くほうは混乱する。
 スピーチの心得その四である。
 ところで、丸谷才一が出席している会で、丸谷の挨拶の本からの引用があった。誰のせりふだなんてことは眼中になかったらしい。
 丸谷のこのシリーズ(挨拶三部作)、挨拶の手本を示しているわけだから、「引用も盗用も一向にかまわない」。

(5)野菜
 三谷幸喜が喜劇人協会から喜劇人大賞を受賞したことがあった。
 挨拶に、ポケットからタマネギを取り出していわく、
 「人を泣かせる野菜はありますが、人を笑わせる野菜はまだ発明されていません」
 これはグルーチョ・マルクスのセリフの引用である。三谷は、ちゃんと、そう断っている。
 グルーチョ・マルクスは、笑わせるセリフを自分でもたくさん作った。たとえば、
 「私に会員資格を与えるクラブには入りたくない」

(6)褒める
 挨拶は、とにかく人を喜ばせるという気持ちで準備すること。
 主賓をちょっとからかう、悪口を一つ入れるなら、十か二十くらい褒める。この場合、褒めるのは一つや二つでは足りない。
 「欠点は・・・・」
 と言いかけて、「多すぎるから止めましょう」で締めくくるのも一つの手。

(7)挨拶も文学
 丸谷才一が菊池寛賞を受賞した理由は次のとおり。
 「小説、批評から挨拶までの広い領域における活動」
 挨拶も文学的業績なのである。
 「そんな文学者は、日本文学史はじまって以来でせう。紫式部も、芭蕉も、夏目漱石も、この種の光栄は持つてゐなかつた。さういふ者が今川聖英さんと高木篤子さんとの結婚式において一言述べる。よほど出来のいい挨拶をしなくちやならないでせう」

□丸谷才一『あいさつは一仕事』(朝日新聞出版、2010)
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【丸谷才一】女による言葉の改革 ~社交サロン~

2016年02月17日 | ●丸谷才一


 (1)権力は世の中をうごかすが、権力が常に世の中を変えるわけではない。
 むしろ、権力からもっとも遠い者が世に変化をもたらすこともある。
 たとえば、言語改革。

 (2)西欧社会をみると、共通語をつくる作業、あるいは言葉を洗練してコミュニケーションの手段を改良していこうとする努力は、民間から始まった。
 たとえば、社交サロンが盛んだった17、18世紀のフランスで、ランブイユ侯爵夫人がたいへん立派なサロンをつくった。ランブイユ侯爵夫人の言語改革は非常に意識的で、下品な言葉、古い表現、田舎くさい言葉、専門用語、新造語を排除した。
 女という政治社会の権力構造では弱い立場にあるものが、文化的権威によって言葉を洗練させた。モリエールやコルネイユも参加して、そのサロンで語られる言葉によって芝居を書いた。
 ラファイエット夫人も、サロンの言葉によって『クレーヴの奥方』を書いた。
 文学そのものが、社交的な会話である。フランスの詩の始まりは、挨拶であった。機会の詩である。機会詩が内面化して近代の自立した詩となった。

 (3)日本の王朝でも、サロンの主人は女だった。政治的権力から遠い存在だった女が主人になって、虚構にせよ平等性が成立しているところに社交は生まれた。
 ただ、日本では不幸なことに、共通語は書き言葉しかなかった。室町時代には、一種の社交的サロンが成立して、話し言葉の統一の芽生えはあった。お茶の会、連歌の会、庶民にとっての狂言である。

□丸谷才一・山崎正和『日本語の21世紀のために』(文春新書、2002)
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【佐藤優】北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ

2016年02月17日 | ●佐藤優
 (1)日露街区が活発化している。イニシアティブをとっているのは安倍晋三・首相だ。
 <安倍晋三首相は(1月)22日、ロシアのプーチン大統領と電話で協議し、プーチン氏の訪日が難航する中、まず安倍首相がロシアを非公式訪問して首脳会談を開くよう調整を進めることで一致した。両国は春ごろにロシアの地方都市などでの首脳会談を検討している。(中略)
 北方領土問題の解決や平和条約締結に意欲を見せる首相は、プーチン大統領との直接対話を重視しており、周囲にも「プーチンは約束を守る。彼と交渉することが大事だ」と語る。
 一方、ロシアはウクライナ問題を受けて経済制裁を続ける日本の態度を見極めようとしている。日ロ外交筋は「日本政府は『G7協調のためにも経済制裁はやむを得ない』と言うが、制裁の強弱はG7各国でも異なっている。経済協力への前向きな姿勢を日本が示す時だ」と語る。電話協議でも、ウクライナ問題について意見を交わしたという>【注1】

 (2)米露関係は、依然として険悪で、改善の兆しを見せていない。日本は米国の同盟国なので、米国の意向と正面から対立するような外交政策をとることはできない。近未来にプーチン・ロシア大統領が公式訪日することは、現下の米露関係を考慮すると無理だ。
 しかし、サウジアラビアとイランが国交を断絶した後、中東の混乱が一層混迷し、長期化することが確実な状況において、日本はロシアから安定したエネルギー資源を確保するメカニズムを構築しなくてはならない。また、「イスラム国」(IS)によるテロ対策、北朝鮮の核実験に対する対応など、日露間には調整することが双方の国益に適う問題がたくさんある。
 このような問題について、日本がロシアと協力することによって、北方領土交渉の環境整備を行うことができる。そのために最も効果的なのが、外交の業界用語でいう「信頼醸成サミット」だ。具体的には、5月前半に安倍首相が、モスクワ以外のロシアの都市を訪問して、プーチン大統領と非公式会談を行う。モスクワを避ける理由は、首都を訪問すると、公式訪問に準ずるニュアンスが出るからだ。
 非公式訪問なので、合意文書も作成しない。安倍首相とプーチン大統領が率直な話し合いをすることで、現下の国際情勢における日露間共同作業がどのようにできるかについて大枠をつかむことができる。

 (3)それでは、信頼醸成サミットで安倍首相はプーチン大統領にどのような外交カードを切ればよいのだろうか。
 もはやロシアはG8サミット(主要国首脳会議)への復帰を望んでいない。よって、伊勢志摩サミットにプーチン大統領を招待しても、ロシアはこの招待を断るだろう。
 安倍首相の政治的決断でウクライナ問題をめぐる対露制裁の解除を日本が行うことも、日米関係に対する影響を考えるとハードルが高い。
 しかし、安定的なエネルギー資源を確保するための互恵的枠組みをつくることは可能だ。
 また、中東の混乱で、ホルムズ海峡とスエズ運河がしよう不能になったときに備えて、ロシアと共同で北極海航路を整備するという提案を安倍首相が行えば、プーチン大統領は強い関心を示す。北極海航路はベーリング海峡を越えた後、宗谷海峡か津軽海峡を経なければロシア、韓国、中国の港にたどり着かない。宗谷海峡、津軽海峡を安定的に使用できるようにするためにも、北方領土問題の解決が必要になる。
 日本がロシアにエネルギー協力と北極海航路の整備を呼びかければ、北方領土交渉も動き出す、と見ることができる。
 しかし、日本のマスメディアには、北方領土交渉について、依然として悲観論が強い。だが、悲観論者はロシアが送っているシグナルを正確に読み取れていない。

 (4)1月26日、セルゲイ・ラブロフ・ロシア外相が、モスクワのロシア外務省で会見し、
 <日本との平和条約交渉について、「領土問題の解決と同義ではない」と述べ、北方領土問題の解決を条約締結の前提とする日本政府の立場を否定する見解を示した>【注2】
 これだけ読むと、ロシアが対日強硬姿勢を取り続けているように見える。しかし、実態はそうではない。ラブロフ外相の発言を詳細に検討してみる必要がある。
 <ラブロフ氏は、1956年の「日ソ共同宣言」を重視する考えを示した上で、宣言で「平和条約の締結後に色丹、歯舞両島を引き渡す」としている点に触れ、「条約締結後に(色丹、歯舞を)返還するのではなく、善意の印として引き渡しが可能だとしているに過ぎない」と主張した。
 さらに、平和条約交渉についても「第二次大戦の結果を認めることなしに前進することはできない」と述べ、北方四島が大戦の結果としてソ連領になったとするロシア側の主張を受け入れるよう日本に迫った。
 ラブロフ氏はさらに、平和条約がない状態でも両国間の経済活動が発展しているとの見方を示し、平和条約締結によって両国の経済関係が一層発展するとの日本側の主張を牽制した>【注3】

 (5)東京宣言(1993年10月)で、日露両国は、北方四島(歯舞群島・色丹島・国後島・択捉島)の帰属に係る問題を解決して平和条約を締結することに合意している。
 平和条約交渉が領土問題の解決と同義でない、というラブロフ外相の発言は、東京宣言に明示的に違反する。
 裏返して言えば、東京宣言を基礎にした交渉をするつもりはない、というロシア政府の意思(=プーチン大統領の意思)をラブロフ外相は表明しているわけだ。
 しかし、このことは、ロシアが北方領土問題に関して一切譲歩しない、ということではない。

 (6)ロシアの論理をまとめると、三点になる。
  (a)北方四島は、第二次大戦末期に連合国の合意で合法的にソ連に移転した。ソ連の法的継承国であるロシアは、北方四島を日本に返還する義務を負わない。
  (b)日ソ共同宣言(1956年)で、ソ連は、善意で日本に歯舞群島と色丹島を平和条約締結後に引き渡すことに合意した。この外交文書は宣言という名称だが、両国国会で批准され、履行する義務を国際法的に負っている条約だ。よって、平和条約が締結されれば、領土問題を解決するのではなく、ロシアが善意で日本に歯舞群島と色丹島を引き渡すことになる。
  (c)日露両国が戦略的提携を強め、ロシアが日本との関係を強化しようと考えるようになれば、歯舞群島、色丹島だけではなく、それ以外の島も善意で日本に引き渡す可能性は排除されない。

 (4)ロシアは
   「経済関係、政治関係が発展すれば領土問題を解決する基盤ができる」
という「出口論」を主張しているのだ。
 現在、安倍首相周辺が考えている対露北方領土戦略は、エネルギー、北極海航路の整備、シベリア鉄度うの近代化(トンネルを拡張し、二段積みコンテナで貨物列車を運行する)などの協力を通じて、北方領土問題の解決を図るという内容なので、典型的な「出口論」だ。
 このあたりで、日本外務省対露強硬派が主張する
   「まず北方四島を日本に返す約束をしろ。それから条件を話し合う」
という「入口論」から訣別し、一切の条件をつけずに日露交渉を行うべきだ。

 【注1】記事「首相、春にもロシア非公式訪問へ プーチン氏と電話協議」(朝日新聞デジタル 2016年1月22日)
 【注2】記事「ロシア外相「平和条約は領土問題と別」 日本の立場を否定」(産経ニュース 2016.1.26)
 【注3】前掲記事

□佐藤優「北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ ~飛耳長目 第116回~」(「週刊金曜日」2016年2月12日号)
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 【参考】
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】ラブロフ露外相の真意 ~日本政府が怒った「強硬発言」~
【佐藤優】プーチンが彼を「殺した」のか? ~英報告書の波紋~
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】北朝鮮による核実験と辺野古基地問題
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
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 ★『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』目次はこちら
【佐藤優】サハリン・樺太史、酸素魚雷と潜水艦・伊400型、飼い猫の数
【佐藤優】第2次世界大戦、日ソ戦の悲惨 ~知を磨く読書~
【佐藤優】すべては国益のため--冷徹な「計算」 ~プーチン~
【佐藤優】安倍政権、沖縄へ警視庁機動隊投入 ~ソ連の手口と酷似~
【佐藤優】世の中でどう生き抜くかを考えるのが教養 ~知の教室~
【佐藤優】冷静な分析と憂国の情、ドストエフスキーの闇、最良のネコ入門書
【佐藤優】「クルド人」がトルコに怒る理由 ~日本でも衝突~
【佐藤優】異なるパラダイムが同時進行 ~激変する国際秩序~
【佐藤優】被虐待児の自立、ほんとうの法華経、外務官僚の反知性主義
【佐藤優】日本人が苦手な類比的思考 ~昭和史(10)~
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~
【佐藤優】バチカン教理省神父の告白 ~同性愛~
【佐藤優】進むEUの政治統合、七三一部隊、政治家のお遍路
【佐藤優】【米国】がこれから進むべき道 ~公約撤回~
【佐藤優】同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか」「【佐藤優】プーチンのメッセージ
【佐藤優】ロシア人の受け止め方 ~ノーベル文学賞~
【佐藤優】×池上彰「新・教育論」
【佐藤優】沖縄・日本から分離か、安倍「改憲」を撃つ、親日派のいた英国となぜ開戦
【佐藤優】シリアで始まったグレート・ゲーム ~「疑わしきは殺す」~
【佐藤優】沖縄の自己決定権確立に大貢献 ~翁長国連演説~
【佐藤優】現実の問題を解決する能力 ~知を磨く読書~
【佐藤優】琉球独立宣言、よみがえる民族主義に備えよ、ウクライナ日記
【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次
【佐藤優】ネット右翼の終わり、解釈改憲のからくり、ナチスの戦争
【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
【佐藤優】フランスにイスラム教の政権が生まれたら恐怖 ~『服従』~
【佐藤優】ロシアを怒らせた安倍政権の「外交スタンス」
【佐藤優】コネ社会ロシアに関する備忘録 ~知を磨く読書~
【佐藤優】ロシア、日本との約束を反故 ~対日関係悪化~
【佐藤優】ロシアと提携して中国を索制するカードを失った
【佐藤優】中国政府の「神話」に敗れた日本
【佐藤優】日本外交の無力さが露呈 ~ロシア首相の北方領土訪問~
【佐藤優】「アンテナ」が壊れた官邸と外務省 ~北方領土問題~
【佐藤優】基地への見解違いすぎる ~沖縄と政府の集中協議~
【佐藤優】慌てる政府の稚拙な手法には動じない ~翁長雄志~
【佐藤優】安倍外交に立ちはだかる壁 ~ロシア~
【佐藤優】正しいのはオバマか、ネタニヤフか ~イランの核問題~
【佐藤優】日中を衝突させたい米国の思惑 ~安倍“暴走”内閣(10)~
【佐藤優】国際法を無視する安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(9)~
【佐藤優】日本に安保法制改正をやらせる米国 ~安倍“暴走”内閣(8)~
【佐藤優】民主主義と相性のよくない安倍政権 ~安倍“暴走”内閣(7)~
【佐藤優】官僚の首根っこを押さえる内閣人事局 ~安倍“暴走”内閣(6)~
【佐藤優】円安を喜び、ルーブル安を危惧する日本人の愚劣 ~安倍“暴走”内閣(5)~
【佐藤優】中小企業100万社を潰す竹中平蔵 ~安倍“暴走”内閣(4)~
【佐藤優】自民党を操る米国の策謀 ~安倍“暴走”内閣(3)~
【佐藤優】自民党の全体主義的スローガン ~安倍“暴走”内閣(2)~
【佐藤優】安倍“暴走”内閣で窮地に立つ日本 ~安倍“暴走”内閣(1)~
【佐藤優】ある外務官僚の「嘘」 ~藤崎一郎・元駐米大使~
【佐藤優】自民党の沖縄差別 ~安倍政権の言論弾圧~
【書評】佐藤優『超したたか勉強術』
【佐藤優】脳の記憶容量を大きく変える技術 ~超したたか勉強術(2)~
【佐藤優】表現力と読解力を向上させる技術 ~超したたか勉強術~
【佐藤優】恐ろしい本 ~元少年Aの手記『絶歌』~
【佐藤優】集団的自衛権にオーストラリアが出てくる理由 ~日本経済の軍事化~
【佐藤優】ロシアが警戒する日本とウクライナの「接近」 ~あれかこれか~
【佐藤優】【沖縄】知事訪米を機に変わった米国の「安保マフィア」
【佐藤優】ハワイ州知事の「消極的対応」は本当か? ~沖縄~
【佐藤優】米国をとるかロシアをとるか ~日本の「曖昧戦術」~
【佐藤優】エジプトで「死刑の嵐」が吹き荒れている
【佐藤優】エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~
【佐藤優】バチカンの果たす「役割」 ~米国・キューバ関係~
【佐藤優】日米安保(2) ~改訂のない適用範囲拡大は無理筋~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】日米安保(1) ~安倍首相の米国議会演説~
【佐藤優】外相の認識を問う ~プーチンからの「シグナル」~
【佐藤優】ヒラリーとオバマの「大きな違い」
【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~
【佐藤優】【沖縄】キャラウェイ高等弁務官と菅官房長官 ~「自治は神話」~
【佐藤優】戦勝70周年で甦ったソ連の「独裁者」 ~帝国主義の復活~
【佐藤優】明らかになったロシアの新たな「核戦略」 ~ミハイル・ワニン~
【佐藤優】北方領土返還の布石となるか ~鳩山元首相のクリミア訪問~
【佐藤優】米軍による日本への深刻な主権侵害 ~山城議長への私人逮捕~
【佐藤優】米大使襲撃の背景 ~韓国の空気~
【佐藤優】暗殺された「反プーチン」政治家の過去 ~ボリス・ネムツォフ~
【佐藤優】ウクライナ問題に新たな枠組み ~独・仏・露と怒れる米国~
【佐藤優】守られなかった「停戦合意」 ~ウクライナ~
【佐藤優】【ピケティ】『21世紀の資本』が避けている論点
【ピケティ】本では手薄な問題(旧植民地ほか) ~佐藤優によるインタビュー~
【佐藤優】優先順序は「イスラム国」かウクライナか ~ドイツの判断~
【佐藤優】ヨルダン政府に仕掛けた情報戦 ~「イスラム国」~
【佐藤優】ウクライナによる「歴史の見直し」をロシアが警戒 ~戦後70年~
【佐藤優】国際情勢の見方や分析 ~モサドとロシア対外諜報庁(SVR)~
【佐藤優】「イスラム国」が世界革命に本気で着手した
【佐藤優】「イスラム国」の正体 ~国家の新しいあり方~
【佐藤優】スンニー派とシーア派 ~「イスラム国」で中東が大混乱(4)~
【佐藤優】サウジアラビア ~「イスラム国」で中東が大混乱(3)~
【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 

【詩歌】三橋敏雄『眞神』

2016年02月16日 | 詩歌
 昭和衰へ馬の音する夕かな
 鉄を食ふ鉄バクテリア鉄の中
 沸沸と雹浮く沼のおもたさよ
 たましひのまはりの山の蒼さかな
 戦没の友のみ若し霜柱

□三橋敏雄『眞神・鷓鴣』(邑書林文庫、1996)
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【丸谷才一】サラリーマン的時間vs.農民的時間

2016年02月16日 | ●丸谷才一
 (1)遅刻で名高い歴史的人物は、宮本武蔵だ。
 巌流島の決闘に平然と遅れて行った。
 高札に記された時刻は辰の上刻だったが、その午前7時にはのんびり絵を描いていた。藩士が二度せきたてても、一向に気にしない。結局、試合場に到着したのは巳の刻過ぎ、10時15分ないし10時半だった。
 遅れて来るのは、一乗寺下り松のときも三十三間堂のときも、いつも武蔵がつかう手、あるいは癖なので、またか、いや逃げたんじゃないか、と小次郎は腹をたてながらも迷っていたにちがいない。うっかり鞘を海中へ投じるはめになってしまった。

 (2)前近代の日本人は、一般に時間意識がゆるやかだった。辰の上刻といえば、午前7時から8時までだった。7時45分に着いても許容の範囲内だった。
 それに、前近代には不定時法という制度があった。日の出と日の入りで昼夜を分ける。したがって、季節によって時刻がちがう。辰の上刻も、冬至には8時8分から、春分・秋分には8時から、夏至には7時2分から、という調子で移動した。

 (3)サラリーマンである武士とって、出勤、退庁の時刻を知るのは大事だから、城では櫓太鼓で時を告げた。
 この武士的時間に対し、農民は寺の鐘が時を告げてもさほど気にせず、のんびりと農民的時間を過ごした。

 (4)宮本武蔵は、武士ではなかった。農民出身であった。一旗あげようとした農民が、関ヶ原へ行ってしくじったのだ。剣術つかいになってからも、勤め人にはならなかった。武芸者という芸術家だった。しかも、絵描きという芸術家でもあった。だから、遅参を屁とも思わなかった、という面がかなりありそうだ。

 (5)宮本武蔵がずるかったのは確かである。
 仮に、そのずるさが裏目にでて佐々木小次郎が2時間待って引き上げ、「武蔵は臆病風に吹かれて来なかった」と言いふらしたら、皆がみんな小次郎を支持するわけではないとしても、武蔵の名声は傷ついたにちがいない。
 だから、一体どのくらい遅れて行ってもまだ相手が待っているか、という計算しなくてはならない。つまり、佐々木小次郎はどの程度まで武士=勤め人的であって、どの程度まで農民=芸術家的であるか。そこのところを見きわめる点で、武蔵は天才的であった。

 (6)ちなみに、「遅刻」という言葉は新語で、『日本国語大辞典』によれば、『航米日録』(1860)が初出。その次が坪内逍遙『当世書生気質』(1885-86)であるよし。それまでは「遅参」という言葉をつかっていた。 

□丸谷才一『双六で東海道』(文藝春秋、2006)の「遅刻論」
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【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~

2016年02月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)日本銀行のマイナス金利導入の目的は、短期金利を低下させ、それを通じて長期金利を低下させることだ。
 これによって、外国金利との差を拡大させ、円安を進めようというのが目的だ。金融政策というより為替政策だ。
 今回の措置は、これまでの量的緩和政策の行き詰まりから導入された。国債の購入は限界にきている(これ以上は増やせない状況に近づきつつある)。【注】

 (2)マイナス金利は、欧州中央銀行(ECB)が2014年に導入した。これによって国債の利回りが低下し、ユーロが減価した。
 マイナス金利の問題点は、この政策のコストを誰が負担するかについてさまざまなケースがあり得ることだ。コスト負担の押し付け合いがこれから始まる。確実に。
 まず銀行の収益が悪化する。当座預金に対するプラスの付利が今後は付かないというだけで悪化するが、付利がマイナスになればさらに悪化する。
 他方で日銀は付利を払う必要がなくなるので、収益は改善する。
 今回の措置によって、金融機関の株価は下落した。欧州でも金融機関の収益は低下している。
 よって、銀行の立場からすると、今回の措置は大きな問題だ。これまでマイナス金利が日本で導入できなかったのは、この問題があるからだ。

 (3)銀行は、このコストを他の手段で取り戻そうとするだろう。そして、金融機関の利益圧迫を通じて、金融市場にさまざまな問題を引き起こす。場合によっては、経済にかなりの混乱が発生する可能性がある。
  (a)預金金利の引き下げ・・・・すでに定期預金金利を引き下げる動きが生じている。しかし、これで損失をカバーできるかどうかは不明だ。原理的には預金金利をマイナスにすることが考えられるが、事務手続きや預金者の反発から考えて、実際にはまず不可能だ。

  (b)貸し付け金利引き上げ・・・・
   ①事実、スイスでは住宅ローンの貸付金利が上昇している。ただし、そうなると、長期金利が低下する一方で、貸付金利が上昇することになり、金融市場は混乱する。
   ②逆に、デンマークでは住宅ローン金利がマイナスになっている。デンマークやスウェーデンでは、住宅バブルへの懸念も広がっている。

  (c)マイナス金利に伴うコストを銀行と日銀との間で処理・・・・国債の高値購入を続ける。
   ①日銀は、これまでと同様に年間80兆円の増加ベースでの国債購入を続けると表明しているから、この方法によって日銀から銀行への損失補填がなされる可能性が高い。
   ②こうなると、銀行ではなく日銀がマイナス金利のコストを負担することになり、日銀の収益が悪化する。→日銀納付金は減少する。→マイナス金利のコストは国民が負担する。
   ③高値で国債を購入する結果、将来金利が正常化したとき、国債価格の下落による日銀の損失が拡大する。
   ④マイナス金利政策によって短期金利が下がれば、イールドカーブを通じた効果によって、長期金利も下がる。よって、国債を購入する必要はなくなったわけであり、損失の拡大を防げる条件がもたらされたわけだ。しかし、購入を続ければ将来の損失が増えてしまう(大変深刻な問題)。

 (4)(3)は政策を実行するためのコストだ。コストはこれだけではない。円安そのものがもたらすコストがある。
 日銀が円安を求めるのは、為替レートが今のままではインフレ目標を達成できないからだ。
 原油価格をはじめとする資源価格が大幅に下落していて、それは消費者物価の下落につながる。そこで、ドル建て輸入価格の下落が国内物価を下落させるプロセスを、円安を進めることによって遮断しようというのだ。つまり、マイナス金利政策の目的は、いま生じている資源価格の下落効果を打ち消すことだ。
 その意味で、2014年10月の追加緩和と同じだ。このときも原油価格の下落が消費者物価に影響することを防ぐのが目的とされた。
 目的は同じだが、政策手法が変わった。円安に導く手段が、これまでのような国債購入による直接の金利低下から、短期金利の引き下げによる長期金利の引き下げに変わった。もともと異次元緩和自体が、設備投資や輸出の増加ではなく、円安誘導を目的とするものだった。それが引き継がれているのだ。

 (5)だから、基本的に問われているのは、円安の是非だ。
 円安の利益は、
  (a)それによって利益が増大する輸出産業に帰着する。
  (b)半面で、消費者物価の引き上げを通じて実質賃金を下落させる。
 ただし、マイナス金利政策によって、消費者物価上昇率が高まるかどうかはわからない。
 <例>ユーロ・・・・ユーロの減価にもかかわらず、ユーロ圏の消費者物価上昇率は下落している。

 (6)原油価格が下落しているので、それを上回るためには非常に大幅な円安が必要になる。しかも、いま国際投機資金の流れにリスクオフ現象が起きている。セイフヘイブン効果で流入する資金があり、これにより円高が進む可能性が高い。
 2015年12月ごろから、為替レートはセイフヘイブン的な資金流入で円高に振れていた。セイフヘイブン効果と金利差効果のどちらが強いかで、これからの為替レートの動きが決まる。
 だから、日本の金利を下げたところで、必ず円安になるわけではない。

 (7)マイナス金利政策の目的は、銀行の貸し出しを促すのが目的とされている。
 しかし、そうした効果は期待できない。資金需要がないからだ。
 そもそも、資金需要がないことこそが、現在の日本経済が抱える問題の根源なのだ。
 これは金融政策によっては解決できない。必要なのは、日本経済の構造改革だ。しかし、円安が進行擦れば、それが遅れる。これこそが、マイナス金利政策の最大のコストだ。
 なお、長期国債の利回りが低下するため、国債発行によって資金調達が簡単になり、財政規律が弛緩する。すでにこうした傾向が生じているが、今後さらに強まるだろう。

 (8)金融緩和のコストは、必ず誰かが負担する。
 従来は、日銀が高い価格で国債を購入するという形で負っていた。
 それは、結局国民負担になるのだが、意識されることはなかった。
 マイナス金利が導入されて、コストは金融機関の収益減少という形で明確になった。
 コストが明確になったのは望ましいことだ。
 円安にして輸出企業の利益を増やすだけの目的のために、国民がコストを負担するのが合理的か否か、冷静に判断すべき時だ。

 【注】「【金融】浮かび上がる二つの懐疑的視点 ~市場関係者に訊くマイナス金利~

□野口悠紀雄「マイナス金利のコスト 誰が負担するのか? ~「超」整理日記No.795~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月20日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~
【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~
【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?


【金融】浮かび上がる二つの懐疑的視点 ~市場関係者に訊くマイナス金利~

2016年02月15日 | 社会
 (1)日本銀行がマイナス金利政策の導入を決定した1月29日以降、それに係る見解をたくさんの金融市場関係者から聞いた。その大半が日銀の姿勢に懐疑的だった。

 (2)マイナス金利に懐疑的な理由の第一。
 今回の決定は、サプライズ重視ゆえに、金融機関や機関投資家の実務面の問題を軽視しすぎている。急に言われても、制度上やシステム上の問題でマイナス金利への対応ができない(声多数)。
 欧州銀行(ECB)が2014年6月にマイナス金利を導入する前、
   前年からマリオ・ドラギ総裁はたびたびその可能性を示唆し、
   2014年2月にはブノワ・クーレ専務理事が「真剣に検討している」と発言。
それらは事実上の予告だった。市場参加者がマイナス金利に対応できるように準備期間を設けていた、と考えられる。
 ECBに比べると、今回の日銀はあまりにも乱暴だ。2月16日から日銀当座預金の一部にマイナス金利が適用されるが、システムに入力できないと嘆く金融機関は多い。短期金融市場の取引は当面激減しそうだ。
 コマーシャルペーパー(短期社債)を登録する証券保管振替機構(ほふり)のシステムもマイナス金利の発行は取り扱えない。
 日銀自身のシステムも実はマイナス金利に対応できていないらしい。
 決定後2週間で導入するのではなく、せめて「4月の準備預金積立期間からマイナス金利政策を開始する」といった発表の仕方もあったはずだ。

 (3)マイナス金利に懐疑的な理由の第二。
 これほど異常な金融政策まで実施してインフレ率2%を早期に達成しようとすることは、本当に正しいのか。
 量的質的金融緩和政策(QQE)の下で、日銀は膨大な国債や投資信託(ETF)を購入して、市中にマネタリーベースを供給してきた。名目GDPに対するマネタリーベース残高の比率は、QQE開始前には20%台だったが、2015年12月には70%近くに達した。
 米連邦準備制度理事会(FRB)は20%台前半、ECBは10%台前半と、世界のどの中央銀行もやっていない猛烈な資金供給だ。
 それでも日本経済が思うように活性化しないので、今度はマイナス金利政策を導入することになった。
 しかし、そもそも日本経済の実力である潜在成長率を高めるための構造改革、および企業のイノベーションがなければ、金融政策によるカンフル剤をいくら注入しても効果は限定的だ。

 (4)安倍政権下の平均実質成長率(2013年第1四半期~2014年第3四半期)は、
   年率プラス0.9%
だ。これは民主党政権期(2009年第3四半期~2012年第4四半期)の
   プラス1.7%の半分
でしかない。
 当時よりインフレ率は上昇したが、デフレが終われば成長が加速するという傾向はできていない。
   労働年齢人口の減少、
   ハイテク部門を中心とする日本企業の相対的な国際競争力の低下
を背景に、日本経済の実力はじわじわと弱まっている恐れがある。

 (5)2013年1月、安倍政権と日銀はインフレ率2%を早期にめざす共同声明を発表した。
 そこで政府は、「大胆な規制・制度改革」により「思い切った政策を動員し、経済構造の改革を図る」と約束した。
 潜在成長率を高めるためのそうした政策が欠けている中、日銀は着地点を見つけられなくなっている。

□加藤出(東短リサーチ代表取締役社長)「市場関係者に訊くマイナス金利 浮かび上がる二つの懐疑的視点」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月20日号)
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