四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

武蔵武士の本拠を訪ねる3 丹党加治氏の遺跡を巡る

2018年03月17日 | 史跡・文化財めぐり〈団体〉


埼玉県立嵐山史跡の博物館の平成29年度の企画展は「武蔵武士とその本拠」で、これに関連した歴史講座、企画展講演会、シン
ポジウム、そして、文化財めぐりが開催されてきました。
これら一連の催しものの最後である「文化財めぐり 武蔵武士の本拠を訪ねる3 丹党加治氏の遺跡を巡る」が、平成30年3月
16日(土)に行われましたので参加してきました。




今回の集合場所は、加治氏、中山氏の本拠であった現在の飯能市の飯能市民会館の2012会議室




会議室に集まってきた参加者の面々




今回の文化財めぐりの案内をしてくださる 飯能市郷土館の村上氏(左) 嵐山史跡の博物館の諸岡氏(右)




飯能市民会館を出発して午前の訪問先である中山氏の菩提寺能仁寺に向かいます。
能仁寺は市民会館の目と鼻の先にありますのでほんの数分の距離です。




あっという間に能仁寺山門前に着きました。




山門前に設置されている能仁寺の縁起




山門と山号「武陽山」の扁額




金剛力士像




参道両脇に並ぶ20基の大きな石灯篭
徳川将軍家の菩提寺芝増上寺(東京都港区)の歴代将軍の霊廟に各地の藩主から献上されたものが、ここ能仁寺に移築されたもの
のようです。ただ、増上寺から直接移築されたものではなく、複雑な事情を経てですが・・・




将軍の霊廟に献上されたものというだけあって、石灯篭にはすべて「三つ葉葵紋」が入っています。




振り向いて見るとこんな感じです




冠木門のある石段を登って大書院に向かいます




能仁寺庭園見学(有料)のため大書院に




ここは南側(前庭)の一部です




能仁寺庭園 背後が天覧山




中途半端な時季のせいか色合いが今ひとつですが、緑の濃くなる季節や紅葉の頃はさぞかし見事かと・・・




本堂回廊から見た境内




本堂に掲げられた寺号「能仁寺」の扁額




中雀門超しに見る本堂




中雀門の扁額




本堂を右斜めから  左にあるお堂は位牌堂




本堂を正面から




本堂を左斜めから




位牌堂




鐘楼




座禅堂




門前の能仁寺縁起説明板)でも触れられていた飯能戦争についての説明板




中山勘解由三代の墓を見るために墓所へ
中山氏の宗家を継ぐ者は代々勘解由を名乗りました。




当ブログお約束の六地蔵尊




中山家勝公【能仁寺殿大年全椿大居士】の自然石の墓
家勝がこの能仁寺を創建




中山家範公【獅翻院殿本室宗無大居士】の自然石の墓
家範は豊臣秀吉の小田原攻めにおいて北条軍の八王子城を守り、奮戦し戦死を遂げその武名を残しました。




中山照守公【無相院殿加山宗印大居士】の無縫塔
家範の長男。父家範とともに北条氏照にしたがうが、氏照死後、徳川家康、秀忠、家光に仕え、寛永10年槍奉行から旗奉行となる
照守以降は照守の系統が能仁寺を菩提寺とする




他にもたくさんの墓石が




不動堂




不動堂の説明板


能仁寺見学を終え再び飯能市民会館に戻って昼食・休憩
午後は中山氏のもう一つの菩提寺智観寺等を見学しましたが、その状況は追ってアップします。




今回の資料と能仁寺のパンフレット

散策日:平成30年(2018)3月16日(金)

新井堀の内遺跡の埋蔵銭

2018年03月15日 | 企画展・見学会


平成29年度の発掘調査を実施した埼玉県蓮田市黒浜地内の新井堀の内遺跡から発見された大甕に納められた埋蔵銭が、
埼玉県熊谷市の公益財団法人埼玉県埋蔵文化調査事業団で特別公開されていますので見学してきました。




会場で頂いたチラシの表(左)と裏(右)




埋蔵銭発見と公開について報じた3月10日付の読売新聞の記事

※1000文=1貫文




埼玉県埋蔵文化調査事業団 本館




埋蔵銭が特別公開されている建物はこちら




沢山の方が見学に来ていました




胴部最大径94cmの常滑焼の大甕にぎっしり詰まった埋蔵銭(渡来銭)




100文単位にひもで束にしてある銭(銭差・銭緡(ぜにさし)は、実際には100枚はなく96枚前後もって100文としていた。




表面だけから現在確認されているのは19種類の銭で、一番新しいものは永楽通宝(1408年初鋳)であり、これ以降に埋蔵
されたとされるのは当然の事であり、今後、更に全部の銭の確認により永楽通宝より新しい銭があった場合は、埋蔵されたのは
更に後期となることは言うまでもありません。
この後、保存状況を記録したうえ正確な枚数を数え、銭1枚1枚を綺麗にして酸化防止の措置を施すとのことであり、大変な作
業が残っています。




大甕にかぶせられていた直径70cmの緑泥片岩製の蓋




木簡
先に掲げたチラシ(写真2枚目)裏にあるよう、十二支を表す「いのとし」とありますが、元号で書かれて(または残って)いれ
ば埋蔵した年が特定可能だったかもしれません。
但し、誰(何という武将)が埋蔵したかまでは、館の主が分っていない現在では無理かとは思います。戦国時代の館の主は岩付城
主太田資正の家臣野口多門であったと伝えられていますが、埋蔵されていた銭の年代と野口多門が館主であった年代がずれている
ようですので別の武将の時代かもしれません。今後の調査に期待をしましょう。




この大甕のほかに同じ大きさの穴跡が二つ並んで発見されているとのことですが、この二つについては掘り出されてしまったよう
で、発掘現場の状況から、実際には三つとも掘り出すつもりがひとつだけ掘り出しそこなったといったような状況のようです。




埋蔵銭の取り上げ手順の写真です。
今回発見になった埋蔵銭と同じ銭の展示もありましたが、たくさんの方が見学に来ていましたし、写真も中々撮れる状態ではあり
ませんでしたので・・・

見学日:平成30年(2018)3月15日(木)

シンポジウム「北条氏邦の鉢形領を支えた人びと」

2018年03月11日 | 講演会・講座


2018年(平成30年)3月10日(土)、埼玉県秩父市の秩父市歴史文化伝承館ホールを会場にして開講された、
秩父歴史文化研究会「鉢形領内における武将の調査研究会」主催による シンポジウム「北条氏邦の鉢形領を支えた人びと」
を聴講してきました。

基調講演 「鉢形領の拡大とその意義」      浅 倉 直 美 氏(埼玉県文化財保護審議会委員)

発表 昼食休憩を挟んで午前午後にわたり6名の方からの報告がありました。
 報告1 北条氏の秩父進攻
  (1) 秩父進攻の協力者達           堀 口 進 午 氏
  (2) 秩父進攻への敵対者達          大 沢 賢 治 氏
 報告2 家臣化の推進と人びと
  (1) 大切な境目を守った人びと        高 橋  稔 氏
  (2) 小前田衆・荒川衆に見られる家臣化の過程 井 上 知 明 氏
 報告3 氏邦家臣のその後
  (1) 吉田新左衛門の出自とその後       山 本 正 美 氏
  (2) 新井縫殿助のゆくえ           新 井 克 彦 氏

討論・意見交換
 コメンテーター
 千 嶋   壽 氏 (秩父市文化財保護審議委員会委員)
 新 井 浩 文 氏 (県立文書館学芸員) 
 浅 倉 直 美 氏 (埼玉県文化財保護審議会委員)

司会・進行
 梅沢 太久夫 氏 (県立歴史資料館(現・県立嵐山史跡の博物館)元館長)
 石 塚 三 夫 氏 (鉢形城歴史館館長・秩父歴史文化研究会調査研究部副会長)

このシンポジウムがあるということを知ったのは、昨年の夏の終わりころから初秋にかけてであったと記憶しております。
この時は、秩父で鉢形領の武将に関するシンポジウムがあるというだけで、具体的な日時や内容等ははっきりしていませんでした。
その後の推移を注視していたところ、「鉢形領を支えた人びと」と言う標題で、3月10日(土)に開催されることが決まったよ
うで、某所でチラシも手に入れることができました(冒頭写真の右側のもの 左側は今回の資料)
よほどの急用が起きない限りは聴講しようとカレンダーに印をして楽しみにしていた次第です。




これは2月24日の讀賣新聞の記事ですが、これに限らずいろいろなメディアでこのシンポジウムについて報じられていたようです。




会場の秩父市歴史文化伝承館
「先着順」ということで、「もしも」もあるやと早めに自宅を出ました。開講2時間前に着きましたが、先着していたのは関係者
だけで一般の聴講者はまだ誰もいませんで・・・早すぎたようです。




シンポジウムの看板ですが「北条氏邦の鉢形領を支えた人びと」と「北条氏邦の」の文言が加えられていましたが、私の頭の中には
「鉢形領を支えた人びと」でインプットされたままでした。
何せ、チラシも新聞記事も「鉢形領を支えた人びと」で紹介されていましたから・・・
こうしたシンポジウムを聴講する方は、鉢形と言えば北条とすぐに理解できますが、やはり、「鉢形領を支えた人びと」というだけ
よりは北条何がしと付いた方がいいですね。

本会会長、秩父市長の挨拶等ののち本題のシンポジウムに入りましたが、予定定員を超える聴講者があったようです。先着順とはあ
ったものの入場制限はせずに聴講に来た方は全員会場内に入れたようでしたので、席が足らず役員・来賓席までも開放していました。
また、用意された資料(¥500)も完売されてしまい、遅い時間に来た方には回らなかったようです。




折角の秩父ですので、最後に秩父市歴史文化伝承館2階から見た武甲山の写真を・・・

聴講日:平成30年(2018)3月10日(土)