お知らせ
「水無瀬殿を知ろう!」
11月17日(土)13:30~
場所:島本町ふれあいセンター3F 第四学習室(半室)
会費:無料 どなたでも 申込不要
開催中の「京のかたな展」(京都国立博物館)にあわせて開催するもの。後鳥羽院と刀剣のかかわりをテーマにしたお話と座談会。歴史に興味のあるひともないひとも、気楽にご参加ください。
第1部
・「後鳥羽院と刀」 豊田裕章先生(水無瀬殿研究家)
・「刀の魅力」 Oさん(島本町在住)
第2部:15:00~15:50
・水無瀬殿研究をめぐる最近のうごきなどを主催者から
・可能なら参加者で郷土史について自由に語りあう時間も(途中出入り自由)
主催:水無瀬殿(水無瀬離宮)研究会
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
秋晴れの昨日、京都国立博物館特別展「京(みやこ)のかたな」~匠のわざと雅のこころ~ に行ってきました。第2章:後鳥羽院と御番鍛冶では、後鳥羽院ゆかりの太刀「菊御作」が展示されています。
まことに優美な作品群。この秋、NHK日曜美術館をはじめさまざまに特集番組が放映されていました。刀鍛冶にも粟田口派(京都・平安神宮の近くの地名)など流派があることも知りました。
会場では「あっ!テレビ番組で拝見した刀鍛冶さん!」とお見受けする方とすれ違いました。そっとお声をかけたところ、厳かにうなずかれ、ご本人とわかりました。
刀鍛冶は需要のない日本刀をつくり続ける仕事で、そこには常に矛盾がある。どんなに優れた技術を身に着けても、次世代に伝えられないことには伝統の技を未来に託せない。厳しい芸の世界に通じるものがあります。
そんな思いで深々と頭をさげ、鑑賞の妨げにならぬよう、それ以上言葉を交わすことはしませんでした(質問を我慢!)。が、どういうわけか後鳥羽院のコーナーでは終始お近くで、その痩身の後ろ姿に日々の「鍛錬」をみました。
さて、これまで実はたいへん苦手だった日本刀。いったいどれだけの血を!とゾッ~とするものでした。今回の展示では、鞘も鍔もなく匠の技術と鉄の刃物の美しさのみを、これでもかこれでもかと陳列する手法。
刀への印象ががらりと変わりました。精緻な技術力と個性的な姿。シンプルかつ圧倒的。そこには西欧の絵画展では味わえないなにかがありました。
この水無瀬の地で各地から順に刀鍛冶(御番鍛冶)を招き、自ら刀を打たれたという後鳥羽院。金井戸という地名がのこされています。
神器・剣を欠く即位が刀への執着になっているともいわれています。
また、皇室とともにあるとして刀鍛冶に一定の地位を与えたことにより職人の社会的地位が向上したことは、歴史上きわめて重要なのだそうです。
総じて菊御作は繊細で上品な姿をしていました。権力や神通力の象徴的なものであって、実は人を殺めてはいない。わたしにはそのように思えました。根拠はありません。
一方、戦国時代の刀は明らかに気配が異なっていて、武器であることがより鮮明になります。技術が凝縮されている印象からか、わたしは短刀の美しさに魅力を感じました。既に「刀剣女子」の仲間入りということになるのでしょうか。
噂どおり館内は若い女性でいっぱいでした。ブームの火付け役になったというオンラインゲーム「刀剣乱舞」の展示コーナーでは「たとえばこの子は・・・」「わたしの好きな刀剣は国宝なんです!」と親切に説明してくださる一人旅の女性も。
あっ!これって宝塚歌劇ファンに凄く似ている!まるでそっくりだ!と思いました。日本刀を擬人化してのキャラクター設定と刀本来の魅力が交差して全国から女性ファンが殺到していることに納得しました。
熱い会場をあとにして数十年ぶりに「蓮華王院千手観音像」を訪ねることにしました。三十三間堂。島本・桜井の地にも後鳥羽院ゆかりの大寺院があっても、決して不思議ではないと思えた京都小旅行でした。
「水無瀬殿を知ろう!」
11月17日(土)13:30~
場所:島本町ふれあいセンター3F 第四学習室(半室)
会費:無料 どなたでも 申込不要
開催中の「京のかたな展」(京都国立博物館)にあわせて開催するもの。後鳥羽院と刀剣のかかわりをテーマにしたお話と座談会。歴史に興味のあるひともないひとも、気楽にご参加ください。
第1部
・「後鳥羽院と刀」 豊田裕章先生(水無瀬殿研究家)
・「刀の魅力」 Oさん(島本町在住)
第2部:15:00~15:50
・水無瀬殿研究をめぐる最近のうごきなどを主催者から
・可能なら参加者で郷土史について自由に語りあう時間も(途中出入り自由)
主催:水無瀬殿(水無瀬離宮)研究会
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秋晴れの昨日、京都国立博物館特別展「京(みやこ)のかたな」~匠のわざと雅のこころ~ に行ってきました。第2章:後鳥羽院と御番鍛冶では、後鳥羽院ゆかりの太刀「菊御作」が展示されています。
まことに優美な作品群。この秋、NHK日曜美術館をはじめさまざまに特集番組が放映されていました。刀鍛冶にも粟田口派(京都・平安神宮の近くの地名)など流派があることも知りました。
会場では「あっ!テレビ番組で拝見した刀鍛冶さん!」とお見受けする方とすれ違いました。そっとお声をかけたところ、厳かにうなずかれ、ご本人とわかりました。
刀鍛冶は需要のない日本刀をつくり続ける仕事で、そこには常に矛盾がある。どんなに優れた技術を身に着けても、次世代に伝えられないことには伝統の技を未来に託せない。厳しい芸の世界に通じるものがあります。
そんな思いで深々と頭をさげ、鑑賞の妨げにならぬよう、それ以上言葉を交わすことはしませんでした(質問を我慢!)。が、どういうわけか後鳥羽院のコーナーでは終始お近くで、その痩身の後ろ姿に日々の「鍛錬」をみました。
さて、これまで実はたいへん苦手だった日本刀。いったいどれだけの血を!とゾッ~とするものでした。今回の展示では、鞘も鍔もなく匠の技術と鉄の刃物の美しさのみを、これでもかこれでもかと陳列する手法。
刀への印象ががらりと変わりました。精緻な技術力と個性的な姿。シンプルかつ圧倒的。そこには西欧の絵画展では味わえないなにかがありました。
この水無瀬の地で各地から順に刀鍛冶(御番鍛冶)を招き、自ら刀を打たれたという後鳥羽院。金井戸という地名がのこされています。
神器・剣を欠く即位が刀への執着になっているともいわれています。
また、皇室とともにあるとして刀鍛冶に一定の地位を与えたことにより職人の社会的地位が向上したことは、歴史上きわめて重要なのだそうです。
総じて菊御作は繊細で上品な姿をしていました。権力や神通力の象徴的なものであって、実は人を殺めてはいない。わたしにはそのように思えました。根拠はありません。
一方、戦国時代の刀は明らかに気配が異なっていて、武器であることがより鮮明になります。技術が凝縮されている印象からか、わたしは短刀の美しさに魅力を感じました。既に「刀剣女子」の仲間入りということになるのでしょうか。
噂どおり館内は若い女性でいっぱいでした。ブームの火付け役になったというオンラインゲーム「刀剣乱舞」の展示コーナーでは「たとえばこの子は・・・」「わたしの好きな刀剣は国宝なんです!」と親切に説明してくださる一人旅の女性も。
あっ!これって宝塚歌劇ファンに凄く似ている!まるでそっくりだ!と思いました。日本刀を擬人化してのキャラクター設定と刀本来の魅力が交差して全国から女性ファンが殺到していることに納得しました。
熱い会場をあとにして数十年ぶりに「蓮華王院千手観音像」を訪ねることにしました。三十三間堂。島本・桜井の地にも後鳥羽院ゆかりの大寺院があっても、決して不思議ではないと思えた京都小旅行でした。