(毎日新聞 2010年4月24日 東京朝刊)
◇米国がとりまとめ?
国際捕鯨委員会(IWC)のマキエラ議長(チリ)が22日(日本時間23日)、6月の年次総会へ向けた議論のたたき台となる合意案を公表した。捕鯨国と反捕鯨国の対立で機能不全に陥っているIWCを正常化することが狙いだ。日本にとっては念願の沿岸捕鯨再開につながる半面、南極海で現在実施している調査捕鯨より大幅に捕獲頭数が減る厳しい側面もある。一方では急進的反捕鯨派の豪州や日本以外の捕鯨国の反発も予想され、合意へ向けた道のりは依然として厳しい。【行友弥】
議長案は11年から10年間の暫定措置という位置付け。従来の商業捕鯨▽調査捕鯨▽先住民生存捕鯨--という分類を廃止し、すべての捕鯨をIWCの管理下に一本化した上で、海域・鯨種別の捕獲上限を設定する内容だ。日本には南極海のミンククジラ400頭、ナガスクジラ10頭などの枠を示し、北海道・網走▽宮城県・鮎川▽千葉県・和田▽和歌山県・太地--を拠点とする沿岸捕鯨もミンククジラ120頭の捕獲を認める。ただ、南極海のミンククジラは16年から200頭、ナガスクジラは14年から5頭に削減するとしている。
IWCは82年に商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)を決定。これを受け日本は87年に商業捕鯨から撤退したが、同時に調査捕鯨を始めた。09年には南極海で507頭、日本沿岸を含む北西太平洋で313頭を捕獲している。これに対し、豪州や欧米諸国は「調査に名を借りた事実上の商業捕鯨」として中止を要求。一方で日本は沿岸捕鯨再開を求めてきたが、IWC総会で重要事項を決めるには投票数の4分の3以上の賛成が必要なため、互いに主張が通らない状況が続いてきた。
今回の議長案は、この不毛な対立に終止符を打つための「休戦協定」(水産庁幹部)と言える。捕鯨国と反捕鯨国が痛み分けの形で矛を収め、今後10年間かけて2021年以降の新たな枠組みを話し合おうという趣旨だ。
休戦機運が出てきたのは、環境保護論の高まりで自国の先住民捕鯨まで禁じられることを恐れた米国が、とりまとめに動いたためとされる。日本も、批判の強い調査捕鯨よりはIWC公認で捕鯨を続けられるメリットがあるとみて同調した。
ただ、日本にとっては南極海での捕鯨枠が大幅に減り、6年目からは更に半分になる厳しい内容がネック。赤松広隆農相は23日の閣議後会見で、全体として議長案を評価しつつも「減り方がドラスチック(急激)過ぎる。10年後はゼロにされかねない」として、一定の捕獲頭数を維持するよう求める考えを示した。
◇6月総会、EUが鍵
議長案は6月にモロッコで開かれるIWC年次総会で議論されるが、最大の焦点は米国や欧州連合(EU)、豪州などの動向だ。年内にも行われる総選挙を意識して反捕鯨の姿勢を強める豪州は、5年以内に南極海での捕鯨を全廃するよう求め「受け入れられない場合は国際司法裁判所への提訴も検討する」としている。欧米や豪州で強い影響力を持つ環境保護団体のグリーンピースも23日に「南極海での捕鯨を3~5年以内に全廃すること」などを求める見解を発表した。
一方、捕鯨国であるノルウェー、アイスランドの対応も未知数。両国は現在、IWCに異議申し立てをして自国の判断で商業捕鯨をしている。それぞれが設定する捕獲枠はノルウェー885頭、アイスランド350頭だが、今回の議長案では600頭と160頭への大幅な削減を強いられる。しかも、議長案は「捕獲した鯨の利用は自国内に限る」としており、鯨肉の輸出国であるアイスランドには厳しい選択となる。
IWCには秘密投票の規定がないため、マキエラ議長は各国の選択が明らかになる投票を避け全会一致での採択としたい考えだが、豪州などが投票を求める可能性もある。加盟する88カ国の4分の1が採決で反対すれば否決されるため、統一的に対応するとみられるEU(IWC加盟は25カ国)の動向が鍵を握ることになりそうだ。
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■ことば
◇調査捕鯨
国際捕鯨取締条約第8条は「締約政府は自国民が科学的研究のため鯨を捕獲し、殺し、処理することを認可できる」と規定。これを根拠に日本はミンククジラについて南極海で765~935頭、北西太平洋で220頭などの枠を設定し、調査捕鯨を実施している。現在のIWCの分類では他に、米国やグリーンランドなどの少数民族が行う伝統的な先住民生存捕鯨や営利目的の商業捕鯨がある。日本が求める沿岸捕鯨も商業捕鯨の一種。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100424ddm003030099000c.html
◇米国がとりまとめ?
国際捕鯨委員会(IWC)のマキエラ議長(チリ)が22日(日本時間23日)、6月の年次総会へ向けた議論のたたき台となる合意案を公表した。捕鯨国と反捕鯨国の対立で機能不全に陥っているIWCを正常化することが狙いだ。日本にとっては念願の沿岸捕鯨再開につながる半面、南極海で現在実施している調査捕鯨より大幅に捕獲頭数が減る厳しい側面もある。一方では急進的反捕鯨派の豪州や日本以外の捕鯨国の反発も予想され、合意へ向けた道のりは依然として厳しい。【行友弥】
議長案は11年から10年間の暫定措置という位置付け。従来の商業捕鯨▽調査捕鯨▽先住民生存捕鯨--という分類を廃止し、すべての捕鯨をIWCの管理下に一本化した上で、海域・鯨種別の捕獲上限を設定する内容だ。日本には南極海のミンククジラ400頭、ナガスクジラ10頭などの枠を示し、北海道・網走▽宮城県・鮎川▽千葉県・和田▽和歌山県・太地--を拠点とする沿岸捕鯨もミンククジラ120頭の捕獲を認める。ただ、南極海のミンククジラは16年から200頭、ナガスクジラは14年から5頭に削減するとしている。
IWCは82年に商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)を決定。これを受け日本は87年に商業捕鯨から撤退したが、同時に調査捕鯨を始めた。09年には南極海で507頭、日本沿岸を含む北西太平洋で313頭を捕獲している。これに対し、豪州や欧米諸国は「調査に名を借りた事実上の商業捕鯨」として中止を要求。一方で日本は沿岸捕鯨再開を求めてきたが、IWC総会で重要事項を決めるには投票数の4分の3以上の賛成が必要なため、互いに主張が通らない状況が続いてきた。
今回の議長案は、この不毛な対立に終止符を打つための「休戦協定」(水産庁幹部)と言える。捕鯨国と反捕鯨国が痛み分けの形で矛を収め、今後10年間かけて2021年以降の新たな枠組みを話し合おうという趣旨だ。
休戦機運が出てきたのは、環境保護論の高まりで自国の先住民捕鯨まで禁じられることを恐れた米国が、とりまとめに動いたためとされる。日本も、批判の強い調査捕鯨よりはIWC公認で捕鯨を続けられるメリットがあるとみて同調した。
ただ、日本にとっては南極海での捕鯨枠が大幅に減り、6年目からは更に半分になる厳しい内容がネック。赤松広隆農相は23日の閣議後会見で、全体として議長案を評価しつつも「減り方がドラスチック(急激)過ぎる。10年後はゼロにされかねない」として、一定の捕獲頭数を維持するよう求める考えを示した。
◇6月総会、EUが鍵
議長案は6月にモロッコで開かれるIWC年次総会で議論されるが、最大の焦点は米国や欧州連合(EU)、豪州などの動向だ。年内にも行われる総選挙を意識して反捕鯨の姿勢を強める豪州は、5年以内に南極海での捕鯨を全廃するよう求め「受け入れられない場合は国際司法裁判所への提訴も検討する」としている。欧米や豪州で強い影響力を持つ環境保護団体のグリーンピースも23日に「南極海での捕鯨を3~5年以内に全廃すること」などを求める見解を発表した。
一方、捕鯨国であるノルウェー、アイスランドの対応も未知数。両国は現在、IWCに異議申し立てをして自国の判断で商業捕鯨をしている。それぞれが設定する捕獲枠はノルウェー885頭、アイスランド350頭だが、今回の議長案では600頭と160頭への大幅な削減を強いられる。しかも、議長案は「捕獲した鯨の利用は自国内に限る」としており、鯨肉の輸出国であるアイスランドには厳しい選択となる。
IWCには秘密投票の規定がないため、マキエラ議長は各国の選択が明らかになる投票を避け全会一致での採択としたい考えだが、豪州などが投票を求める可能性もある。加盟する88カ国の4分の1が採決で反対すれば否決されるため、統一的に対応するとみられるEU(IWC加盟は25カ国)の動向が鍵を握ることになりそうだ。
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■ことば
◇調査捕鯨
国際捕鯨取締条約第8条は「締約政府は自国民が科学的研究のため鯨を捕獲し、殺し、処理することを認可できる」と規定。これを根拠に日本はミンククジラについて南極海で765~935頭、北西太平洋で220頭などの枠を設定し、調査捕鯨を実施している。現在のIWCの分類では他に、米国やグリーンランドなどの少数民族が行う伝統的な先住民生存捕鯨や営利目的の商業捕鯨がある。日本が求める沿岸捕鯨も商業捕鯨の一種。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100424ddm003030099000c.html