北海道新聞04/11 21:25 更新

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北海道の日本海沿岸の石狩市浜益区。みなさんはこの地域でしか食べられていないという「ルッツ」をご存じですか?ルッツは年に1、2回程度、大しけの後にだけ姿を現します。北海道に住んでいても、多くの人が知らない幻の食材です。浜益の住民が冬の訪れを待ちわびるほど魅了されているルッツはどんな味がするのでしょうか。浜で追いました。(報道センター 伊藤駿)
「ルッツ寄ってます(浜に打ち上げられています)」。昨年12月上旬の朝、石狩市浜益支所の職員からメールを受け取りました。浜益区の中心部の北側に位置する群別漁港近くの浜にルッツが打ち上げられたのです。早朝にも関わらず、住民たちの間には「ルッツが寄った」という情報が、口コミや会員制交流サイト(SNS)などを通じて瞬く間に広がりました。
それまで、ルッツが浜益区民に愛されるソウルフードであると聞いてはいましたが、見たことはありませんでした。「ようやくルッツを見られる」とはやる思いを胸に車を走らせました。午前11時ごろ浜に到着。しぶきを上げ、「ゴォー」と音を立てて波が寄せる浜には丸い石がゴロゴロと並び、昆布が一面に漂着していました。前日の暴風雪の激しさを感じさせました。寒風が吹き付ける中、高波に注意しながら、ヌルヌルした昆布の上を一歩一歩、慎重に歩きました。ルッツを追う道のりはなかなか過酷です。
浜では、防寒着をしっかりと着込んだ住民6人がビニール袋やバケツを手に、ルッツを求めて足元や石の下を注意深く探していました。ルッツは石の隙間で見つけることができるそうです。住民の周囲には、かき分けた石が積まれていて、まるで石垣のよう。この朝は、最も多い時で20人ほどが浜に集まったそうです。
足元にじっと目をこらすと、目当てのものを見つけることができました。
オレンジ色の円筒形。触るとプニプニとした感触です。よく見ると、毛のようなものもついています。なかなかグロテスクに感じました。「これ食べるのか」。思わずつぶやいてしまいました。
ルッツは海底に生息する無脊椎動物です。正式名称は「ユムシ」。市によると、アイヌ語でミミズに似るという意味の「ルッチ」に由来すると言われています。普段は海底の砂や泥の下に穴を掘って生息しています。体長は大きいもので20センチほどです。
「ルッツっていつ寄るか分からないから、シケたら見に来るのさ。早く来ないとなくなっちゃうから」。午前7時半ごろから浜に来ていたという地元在住の50代の女性はルッツを手に話してくれました。「今日は少ないかな。浜来たら、真っ赤になっている時もある。それを拾うのが面白いんだ」。女性のクーラーボックスには大小さまざまな大きさのルッツが入っていました。
ルッツを拾いに石狩市街地や札幌から訪れる人もいます。浜益出身の石狩市花畔地区在住の50代の主婦は、浜益の住民からの連絡で駆けつけました。「あんまり採れないから、吹雪でない限りは来ます」。ルッツを狙うのは人間だけではありません。カラスやカモメも、石の隙間から器用にルッツを探し出していました。
市浜益支所によると、浜益では西風が吹き、波の高さが6メートル以上になると群別や幌の浜でルッツが打ち上がることがあるそうです。住民によると、防波堤を整備するまでは浜益漁港付近で上がったこともあったそうです。ただ、シケた後に必ず打ち上がるわけではありません。全く採れない年もあるそうです。
いしかり砂丘の風資料館の志賀健司学芸員は「海底の砂がかき混ぜられて、打ち上がるのでしょう。食用にするのは日本では浜益以外、あまり聞いたことがありません」と言います。いつ頃から浜益で食べられていたかなどの記録はないそうです。
住民になぜ、ルッツを食べるのか、その理由を尋ねてみました。でも、答えは「なんでって、小さいころから食べているからな」。家庭では刺し身にするほか、サッと焼いてしょうゆやジンギスカンのたれを付けたり、しゃぶしゃぶにしたりして食べるそうです。
ルッツを食べる時は、両端を切り、内臓を取り除いて塩水で洗って短冊や輪切りにします。調理済みのルッツを食べられても、実物を見て苦手になった人もいるそうです。移住して浜益で暮らす植村幸里さん(39)は「実物を初めて見た時はちょっと引きました。でも食べてみたらおいしかった」と笑顔で話しました。
地元の居酒屋「小銭(だらせん)」の店主、安保美佐子さん(69)はルッツを自分で拾い、料理を提供しています。3月下旬、店を訪ねました。
「きたきた、るっつだよ~」「あがったぜ るっつ」。
故ポール牧さんや岸恵子さんら有名人のサイン色紙が目を引く店内の壁には、ルッツが打ち上がった年月日とコメントを書き込んだ紙が何枚も張り出されています。「なんとなく勘でいつ(ルッツが)寄るかは分かるかな」と安保さんは少し自慢げです。50年以上ルッツを拾うベテランです。
店では1989年の開店当初からルッツを扱っています。現在は刺し身、しゃぶしゃぶ、フライパンで炒める「フライパンるっつ」、三升漬けをまぶす「ピリ辛るっつ」の4種を時価で提供しています。安保さんが今冬、ルッツを拾えたのは12月の1回のみ。12月は深夜11時から約4時間かけてバケツ4杯分採ったそうです。安保さんによると、過去には台風の影響で9、10月の秋にルッツが上がったこともあったそうです。
「今年は量が少なくてね。もう小さいのしかないけど」と言いながら、安保さんは冷凍したルッツを取り出しました。今年、提供できるルッツは少なく貴重品です。安保さんは刺し身と「フライパンるっつ」を調理してくれました。「かめばかむほど甘みが出る。取れたてのプリプリとした食感が良いのよ」と安保さん。冷凍物だが、刺し身はコリコリとした食感で、味は赤貝のよう。新鮮なものだと、ほのかに磯の香りがするそうです。サッと炒めた「フライパンー」は、ホルモンのような食感。確かに、かむほどに甘みが増します。いずれも酒やご飯が欲しくなる味わいです。安保さんは「三升漬けは酒飲みには最高のおつまみ。しゃぶしゃぶもいくらでも食べられます」と話してくれました。
北海道東部の白糠町出身で、結婚を機に浜益に住んだ安保さん。「あの姿見ると、なかなか食べづらいよね。最初に食べようと思った人はすごいなと思う。ただクセがなくておいしいから。黙って食べてみてほしい」と言います。ルッツ目当てに、北海道外から訪れる客もいるそうです。店にはテレビ局からも取材が訪れます。今冬はテレビ局2社が取材に訪れました。取材は極力受けるようにしているといいます。安保さんは、取材の際には必ず「石狩市」ではなく「石狩市浜益」と紹介してほしいと伝えるそうです。旧浜益村は、2005年に旧石狩市、旧厚田村と合併しました。地区の人口は最盛期の9千人から1145人(2月末現在)にまで減少し、少子高齢化が進んでいます。安保さんの自宅の周辺にも空き家が増えているそうです。
「私はルッツで浜益を売りたいの。こんなに住みやすくて良いところはないよ。もっと人が来てくれるといいな」と安保さん。「ルッツを待っているお客さんがいるからね。これからも提供したい」と考えているそうです。
最後に質問してみました。安保さんにとってルッツとは―。「海からの贈り物かな。いつ食べられるか分からない。でも、それが面白い」
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/666864