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今週の本棚:富山太佳夫・評 『人類対インフル…』/『感染症の…』/『戦争と…』

2010-04-26 | 先住民族関連
(毎日新聞 2010年4月25日 東京朝刊)
◇『人類対インフルエンザ』=トム・クイン著
 (朝日新書・819円)
 ◇『感染症の中国史』=飯島渉著
 (中公新書・798円)
 ◇『戦争とハンセン病』=藤野豊著
 (吉川弘文館・1785円)
 ◇交錯する疫病と戦争、差別の歴史
 昨年来の新型インフルエンザ騒ぎも、各種の保健機関の不安な予測とは違って、大量の犠牲者をださずにすんだようである。いや、すんだと言うのは軽率で、いったん休止状態に入っただけなのだと考えるべきかもしれないが。われわれは何らかの伝染病にぶつかると、それこそ今日と明日の治療と予防のことに神経を集中してしまいやすいし、それは当然のことであるけれども、少し後を振り向いてみると、別の意味で唖然(あぜん)としてしまうことになる。
 「歴史を通じて、軍隊につきものの最大の問題の一つが、疫病である……クリミア戦争、アメリカ南北戦争、ボーア戦争、そして第1次世界大戦でも、戦場で受けた傷より病気で死ぬ兵士の方が多かったのだ。ボーア戦争では、戦死者1人に対し、10人の兵士が病死したと言われている」
 一九世紀の末の南アフリカで起きたボーア戦争と言えば、例のシャーロック・ホームズ物語の作者コナン・ドイルも現地の病院で働くことを志願した戦争であった(彼はもともと医者である)。ボーア戦争からの帰還兵のロンドン行進を眼(め)にしたのは、偶然にもと言うべきか、英国留学中の夏目漱石であった。
 別の驚くべき事実もある。
 「1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見した。するとそれから30年ほどの間に、中央アメリカのアンティル諸島の先住民がほぼ全滅してしまった。一般的には天然痘のせいだとされているが……スペイン人がインフルエンザを持ち込んだ可能性が高い」
 第一次世界大戦の末期に、全世界で五〇〇〇万人を超える死者を出したのではないかとされるインフルエンザ(通称スペイン風邪)のことを思い出すと、偶然とは言いながら、同じ国名が絡んでくるだけに、何か奇妙な気がしてくる。去年もテレビなどで、インフルエンザの猛威を証明しようとして、このスペイン風邪という表現が連呼されていた。下手をすると、それは、この流行病がスペインの何処(どこ)かから始まったという誤解を招きかねないだろう。トム・クインの指摘によれば、「ヨーロッパに新型インフルエンザを持ち込んだのは、ヨーロッパ戦線に送り込まれた何万というアメリカ兵だった」。いや、ヨーロッパの戦場に出る以前に、アメリカ国内の駐屯地やフランスの兵員輸送港でも多数の患者と死者が出た。「グラント駐屯地では、たった1日の死亡者数が500人以上に達したこともあった」
 トム・クインの著書は古代から現代までのこの感染症の歴史をたどりながら、今日における対処法を考えようとしたきわめて重要な一冊、必読の一冊である。
 西洋史、東洋史のいずれの分野にせよ、国境や文化を越えて短期間に拡大してしまう疫病の研究は、日本の歴史学者が最も苦手とする分野のはずであるが、それを見事にやってのけたのが、飯島渉の『感染症の中国史--公衆衛生と東アジア』。帯には「苦悩する『東亜病夫』」「帝国日本と公衆衛生」という言葉がきざまれていて、端的にポイントを伝えている。
 この本の中心的な話題は一八九四年に香港で大流行したペスト--その感染は「東南アジアからインド、アフリカへと西進し、また、ハワイから北米、太平洋諸島、南米へ」と広がってゆくことになる。現在では、「一九世紀半ば以後の商品流通の活性化、とくに中国産アヘン交易の活性化を背景として、雲南起源のペストが広東省に伝播(でんぱ)し、また、反乱鎮圧のための軍隊の移動もきっかけとなって、ペストが広東省全域に拡大した」、そして世界の各地に広がっていったと考えられているという。
 そうしたグローバルなペスト拡大を念頭におきながら、飯島が注目するのは、中国国内における公衆衛生確立のための努力である。それに絡んだ医学者たちの名前が挙げられ、その具体的な努力のありさまも説明される。しかもそこに伍連徳(ごれんとく)と北里柴三郎の名前と写真が並んでいるのだ。野口英世の名前まで顔を出す。著者は中国で公開されている各種の行政文書を使いながら、その公衆衛生のあり方が日本の制度を手本としていることを指摘する。そして、「衛生事業の制度化という近代化こそが植民地化だった」と考える。
 この本ではコレラ、マラリア、日本住血吸虫病の歴史も語られるが、藤野豊『戦争とハンセン病』では、文字資料と現存する患者へのインタビューを含めて、病いと差別迫害と戦争の交錯する生々しい歴史が語られる。その舞台は日本国内、中国、満州、南洋群島。ここにあるのは悲惨な病いのグローバル化を追いつめる眼である。(『人類対インフルエンザ』は山田美明・荒川邦子訳)
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100425ddm015070018000c.html

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今週の本棚・情報:カナダ先住民の版画集

2010-04-26 | 先住民族関連
(毎日新聞 2010年4月25日 東京朝刊)
カナダの先住民による日本初の本格的版画集『極北と森林の記憶』(齋藤玲子・大村敬一・岸上伸啓編、4410円)が、昭和堂から刊行された。
 かつてエスキモーと呼ばれた極北に住むイヌイットと、インディアンと呼ばれていた北西海岸の先住民は1960年ごろから、カナダ政府などの支援を受けて版画や彫刻などの制作を始めた。それはアイデンティティーの表出、確認であり、同時に「現代アート」としても高く評価された。収録作品は国立民族学博物館(大阪府吹田市)の所蔵品。高度の抽象化を経て表現された自然や動物、生活ぶりは美しく愉快で、独特の世界観や驚くほどの独創性が見て取れる。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100425ddm015040024000c.html

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織物、言葉 民族の誇り アイヌ職業訓練校 中央区で展示会

2010-04-26 | アイヌ民族関連
(北海道新聞 04/24 09:38)
 日高管内平取町に住むアイヌ民族の語り部、山道康子(アシリ・レラ)さん(64)が同町で主宰するアイヌ職業訓練校の展示会が、在日本大韓民国民団北海道地方本部(札幌市中央区南9西4)で26日まで開かれている。
 山道さんがアイヌ刺しゅうや織物を指導する同訓練校の受講生と元受講生計10人が、作品を持ち寄った。色とりどりの糸で刺しゅうを施した壁掛けやマタンプシ(鉢巻き)など約300点を展示、販売している。
 午前9時から午後8時30分までで、26日は午後3時まで。入場無料。24、25日は午後3時からハングルの日常会話講座、午後5時からアイヌ語の日常会話講座が開かれる。25日午前10時からはアイヌ料理などの講習会も。いずれも参加費は500円。希望者は直接会場へ。問い合わせは山道さん(電)090・7513・2061へ。(長谷川唯)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/sapporo/227883.html

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クローズアップ2010:IWC議長合意案公表 事実上の休戦協定

2010-04-24 | 先住民族関連
(毎日新聞 2010年4月24日 東京朝刊)
 ◇米国がとりまとめ?
 国際捕鯨委員会(IWC)のマキエラ議長(チリ)が22日(日本時間23日)、6月の年次総会へ向けた議論のたたき台となる合意案を公表した。捕鯨国と反捕鯨国の対立で機能不全に陥っているIWCを正常化することが狙いだ。日本にとっては念願の沿岸捕鯨再開につながる半面、南極海で現在実施している調査捕鯨より大幅に捕獲頭数が減る厳しい側面もある。一方では急進的反捕鯨派の豪州や日本以外の捕鯨国の反発も予想され、合意へ向けた道のりは依然として厳しい。【行友弥】
 議長案は11年から10年間の暫定措置という位置付け。従来の商業捕鯨▽調査捕鯨▽先住民生存捕鯨--という分類を廃止し、すべての捕鯨をIWCの管理下に一本化した上で、海域・鯨種別の捕獲上限を設定する内容だ。日本には南極海のミンククジラ400頭、ナガスクジラ10頭などの枠を示し、北海道・網走▽宮城県・鮎川▽千葉県・和田▽和歌山県・太地--を拠点とする沿岸捕鯨もミンククジラ120頭の捕獲を認める。ただ、南極海のミンククジラは16年から200頭、ナガスクジラは14年から5頭に削減するとしている。
 IWCは82年に商業捕鯨のモラトリアム(一時停止)を決定。これを受け日本は87年に商業捕鯨から撤退したが、同時に調査捕鯨を始めた。09年には南極海で507頭、日本沿岸を含む北西太平洋で313頭を捕獲している。これに対し、豪州や欧米諸国は「調査に名を借りた事実上の商業捕鯨」として中止を要求。一方で日本は沿岸捕鯨再開を求めてきたが、IWC総会で重要事項を決めるには投票数の4分の3以上の賛成が必要なため、互いに主張が通らない状況が続いてきた。
 今回の議長案は、この不毛な対立に終止符を打つための「休戦協定」(水産庁幹部)と言える。捕鯨国と反捕鯨国が痛み分けの形で矛を収め、今後10年間かけて2021年以降の新たな枠組みを話し合おうという趣旨だ。
 休戦機運が出てきたのは、環境保護論の高まりで自国の先住民捕鯨まで禁じられることを恐れた米国が、とりまとめに動いたためとされる。日本も、批判の強い調査捕鯨よりはIWC公認で捕鯨を続けられるメリットがあるとみて同調した。
 ただ、日本にとっては南極海での捕鯨枠が大幅に減り、6年目からは更に半分になる厳しい内容がネック。赤松広隆農相は23日の閣議後会見で、全体として議長案を評価しつつも「減り方がドラスチック(急激)過ぎる。10年後はゼロにされかねない」として、一定の捕獲頭数を維持するよう求める考えを示した。
 ◇6月総会、EUが鍵
 議長案は6月にモロッコで開かれるIWC年次総会で議論されるが、最大の焦点は米国や欧州連合(EU)、豪州などの動向だ。年内にも行われる総選挙を意識して反捕鯨の姿勢を強める豪州は、5年以内に南極海での捕鯨を全廃するよう求め「受け入れられない場合は国際司法裁判所への提訴も検討する」としている。欧米や豪州で強い影響力を持つ環境保護団体のグリーンピースも23日に「南極海での捕鯨を3~5年以内に全廃すること」などを求める見解を発表した。
 一方、捕鯨国であるノルウェー、アイスランドの対応も未知数。両国は現在、IWCに異議申し立てをして自国の判断で商業捕鯨をしている。それぞれが設定する捕獲枠はノルウェー885頭、アイスランド350頭だが、今回の議長案では600頭と160頭への大幅な削減を強いられる。しかも、議長案は「捕獲した鯨の利用は自国内に限る」としており、鯨肉の輸出国であるアイスランドには厳しい選択となる。
 IWCには秘密投票の規定がないため、マキエラ議長は各国の選択が明らかになる投票を避け全会一致での採択としたい考えだが、豪州などが投票を求める可能性もある。加盟する88カ国の4分の1が採決で反対すれば否決されるため、統一的に対応するとみられるEU(IWC加盟は25カ国)の動向が鍵を握ることになりそうだ。
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 ■ことば
 ◇調査捕鯨
 国際捕鯨取締条約第8条は「締約政府は自国民が科学的研究のため鯨を捕獲し、殺し、処理することを認可できる」と規定。これを根拠に日本はミンククジラについて南極海で765~935頭、北西太平洋で220頭などの枠を設定し、調査捕鯨を実施している。現在のIWCの分類では他に、米国やグリーンランドなどの少数民族が行う伝統的な先住民生存捕鯨や営利目的の商業捕鯨がある。日本が求める沿岸捕鯨も商業捕鯨の一種。
http://mainichi.jp/select/world/news/20100424ddm003030099000c.html

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ルワンダで「絶滅」寸前のトワ民族、ピグミー系への偏見根深く

2010-04-24 | 先住民族関連
(AFP.BBNews 2010年04月23日 18:24 発信地:ブウィザ/ルワンダ

【4月23日 AFP】ルワンダの先住民とされるピグミー系トワ人(Twa)は現在、その人口を急速に減らし、貧困・差別・排斥に直面しながら社会の周縁で暮らしている。
 同国中部の山岳地帯の中腹、急な斜面にへばりつくように人々が質素な暮らしを営む小さな集落ブウィザ(Bwiza)には、1994年の大虐殺後のルワンダ社会でトワ人が直面している問題――アルコール依存症のまん延や子の死亡率の高さ、医療の欠如など――が凝縮されている。

■土地を追われ、病気に悩まされ・・・
 女性の大半が生涯に5~6人の子どもを産むこの国にあって、ブウィザのトワ人世帯数は46、子どもは50人しかいない。赤ちゃんが1人生まれる間に最大2人の子どもが死亡するためだ。38歳のある女性は、「6人の子を産んだけれど、マラリアや髄膜炎で死んで今は3人になってしまった。子どもたちは治療も受けられなかった」と話した。
 最寄の医療センターまでは、歩いて2時間もかかる。トワ人はヤシの葉などで編んだ小屋に暮らすが、水漏れしやすく、湿気が多いため、呼吸器系の疾患にかかりやすくなる。
 トワ人を支援する団体によると、ルワンダの人口1000万人のうち、トワ人はわずかに3万3000~3万5000人。ルワンダ全体の人口は増えている一方で、トワ人口は減り続けている。
 トワ人の減少を招いている原因と思われるのが、先祖伝来の土地を追われ、ライフスタイルを変えざるを得なかったことだ。トワ人はもともと森林地帯に暮らし、狩猟採取生活を送っていた。しかし、自然保護区の設置にともなって森を追われ、農耕生活へと転向していったのだ。現在は、ルワンダのトワ人世帯の40%以上が「土地なし」だ。
 ブウィザの女性たちは、トワ人以外と結婚し夫に先立たれたトワ女性が相続した近隣の畑に働きに出る。その間、男たちは日陰で不平をつぶやいている。

■「ピグミー」への偏見の歴史
 ピグミー系トワ人はルワンダのほか、隣国のブルンジ、コンゴ民主共和国、ウガンダにも分布する。
 歴史上、「ピグミー」についての最古の記録は、紀元前2276年にエジプト第6王朝のファラオ、ペピ2世(Pepi II)が書いた手紙だ。また近代では、仏系米国人探検家ポール・デュ・シェーユ(Paul du Chaillu)が1867年、ガボンの熱帯雨林でピグミーに遭遇したことを長々と書き記している。
 しかし、ピグミーはその身長の低さから、長く他の人種とは区別され、時に偏見のレッテルを貼られてきた。動物園やサーカスで珍しい生き物として「展示」されることもあった。故郷アフリカでさえ、ピグミー系は今も「亜」人種として、また特別なパワーを持った生き物と見なされることが多い。

■仕事、学校、銀行――今も続く差別
 トワ人にとって「仕事にありつく」とは、たいてい、土地持ちの隣人に雇われることを意味する。報酬はスズメの涙だ。
 彼らは、仕事でも学校でも差別を受けていると口々に不満を訴える。「誰かが家を建てるのを手伝おうとするだろう。トワ人は、それ以外の労働者が見つからない場合にだけ雇われるんだ」「いくらか稼いだので銀行で口座を作ろうとしたら、行員に『ハ!あんたトワじゃん』と言われて断られたよ」
 こうした差別の結果、絶望のあまり、一部のトワ人たちが酒に溺れるようになる。
 学校では、トワ人生徒の中途退学が目立つ。理由について14歳のある生徒は、「ほかの生徒たちに『ほら、トワがいるぞ』といちいち指さされるのにほとほと嫌気が差すからだ」と説明した。(c)AFP/Helen Vesperini

http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2720258/5651009

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白老に2棟目のチセ完成、新築祝い厳かに祈る

2010-04-24 | アイヌ民族関連
【室蘭民報社 2010年4月24日(土)朝刊】
白老・ポロト湖畔のイオル(アイヌの伝統的生活空間)再生事業として建築が進められていた2棟目のチセ(伝統的家屋)が完成し、新築を祝う儀式「チセノミ」が23日、現地で行われた。関係者約40人が厳かに神々に祈りをささげた。
 アイヌ民族博物館、白老民族芸能保存会、アイヌ文化振興・研究推進機構、町、アイヌ協会白老支部、白老モシリなどの関係者が「本祭」に臨んだ。チセ内のいろりを取り囲むように酒杯をやり取りし、魔祓(はら)いの「チセサンペトゥカン」は天井に向かってヨモギの矢を放った。
 国の補助事業としてアイヌ文化振興・研究推進機構が事業主体となり、チセの建設はアイヌ民族博物館が昨年11月末から実施。かやぶきの屋根は、胆振管内を中心に材料を調達、直径12センチの束を約1500束ねた。二またになった柱の先に、はりやけたを載せる伝統の工法をとった。
 3カ年事業の最終年に当たる22年度は、湖畔の舟揚げ場、遊歩道舗装、チセなどの材料になる植物・カヤやガマの干し場、畑8カ所の整備、緑化などが予定されている。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2010/04/24/20100424m_08.html

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台湾の陳さんをカムイノミで歓迎 旭川・川村記念館

2010-04-24 | アイヌ民族関連
(北海道新聞 04/23 14:40)
 【旭川】台湾の先住民出身で、レコード大賞にあたる「金曲奨」受賞の歌手陳建年さんらの一行約20人が22日、旭川を訪れ、市内の川村カ子トアイヌ記念館で伝統儀式「カムイノミ」で歓迎された。
 陳さんは1999年に同記念館を訪れて以来、何度も旭川や東川町を訪れ、アイヌ民族の関係者や地元ミュージシャンらとの交流を深めてきた。今回は23日午後7時から市神楽公民館で開かれるコンサートに出演するため来日した。
 伝統儀式はチセのいろりの前で行われ、伝統衣装を着た同記念館の川村兼一さんらが旅の安全を祈願した。民族の歌や踊りも披露され、そのお返しに、陳さんらも台湾の歌を歌った。陳さんは「アイヌ民族の儀式で歓迎してもらい、感動した。日本の仲間と再会できたことがとてもうれしい」と笑顔で話した。(藤本卓郎)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/chiiki4/227705.html

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朝倉氏遺跡でガラス玉、工房出土 日本海交易に一石

2010-04-24 | アイヌ民族関連
(福井新聞 2010年4月23日午前6時57分)
 福井県福井市の一乗谷朝倉氏遺跡から、国内初となる室町時代のガラス工房とガラス玉が見つかった。県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館の調査員や専門家からは「想定外」「意外な発見」との驚きの声が挙がる。一方で「アイヌとの交易品作りが目的だったのでは」「琉球とのつながりも考えられる」といった仮説も。朝倉氏が栄えた戦国時代、一乗谷にあった高度な“工房センター”への謎が深まりつつある。
 昨年11月の発掘調査で、土の中から青く光る小さな破片が見つかった。不思議に思った調査員たちが、ふるいにかけ水洗いすると、ガラス製の“ビーズ”が大量に出てきた。
 「中世のガラスは輸入品というのが定説だったので全くの想定外。頭の片隅にもなかった」と同資料館の川越光洋主任調査員。付近では朝倉義景時代のものとみられる刀装具が見つかっていたため、遺跡説明会で「金属工房の跡かもしれません」と解説していたほどだった。
 室町時代、一乗谷の町屋で水晶製の数珠や染め物、鉄砲玉が作られていたことは既に判明している。今回、こうした町屋ではなく、上級武士の屋敷跡とみられる一角でガラス工房が見つかったという“異質性”が、さまざまな推測を呼んでいる。
 「仏具に使う目的だったことを前提にすると、中世のガラス製造は京都が中心だったと思っていたため、全く意外な発見」と話すのは京都国立博物館の久保智康企画室長(金工・ガラス工芸史)。「京都から簡単に手に入ったであろうガラス玉を、なぜ一乗谷で製造していたのか。高度な技術を持つ職人集団を抱えていた朝倉氏の謎がますます深まった」と言う。
 人間文化研究機構(東京)の小野正敏理事(中世考古学)は「仏具に使うにはガラス玉が多すぎる。以前、同遺跡で見つかった刀装具も一般に流通する品ではなく、別の目的の大規模な“工房センター”があったのでは」とみる。
 同理事によると、当時北海道のアイヌ民族はガラス製品や刀装具を好み集めていたという。北海道では室町時代の越前焼が見つかっており「越前焼などとともに『交易品』として送っていた可能性がある。その代わりに毛皮や金、昆布などを得ていたのではないか」と話す。
 一方で、川越主任調査員は「義景にごく近い上級武士が、ガラス玉を琉球との交易品にしようとしたことも考えられる」との見方を示す。朝倉氏は琉球との交易を図ろうと、島津家に仲介を求める書状を送っていたことがあるためだ。
 交易品なら北か、南か、それとも-。異なる仮説を立てた専門家たちはくしくも「戦国時代の日本海交易の全体像に、大きな一石を投じる発見」との意見で一致した。
http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/news0/index.php?page=article&storyid=21099&storytopic=1

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外国人観光客90人足止め ボリビア住商系鉱山占拠

2010-04-23 | 先住民族関連
【共同通信2010/04/23 01:13 】
 【サンパウロ共同】ボリビア南部ポトシ県で住友商事が出資するサンクリストバル鉱山の施設の一部を先住民が占拠した問題で、先住民側は22日までに、千人近くを動員し、この施設があるチリとの国境の町アバロア周辺の道路を封鎖、フランス人ら外国人観光客約90人が足止めされた。観光客は近くにある世界有数の塩湖を訪れたとみられる。
 在ラパスの日本大使館によると、日本人が巻き込まれたとの情報は今のところないという。
 地元メディアなどによるとポトシ県側は対話による解決を求めているが先住民側は拒否。解決の糸口はつかめていない。
 先住民側はアバロア周辺の電化や道路建設の遅れなどに不満を表明しているほか、サンクリストバル鉱山が鉱物を洗い流す際に大量の地下水を使用し、環境保護上の問題があるなどと訴えている。
http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010042201001236.html

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気候変動解決 変革の力で ボリビアで世界諸国民会議 129カ国・2万人集う

2010-04-23 | 先住民族関連
「しんぶん赤旗2010年4月22日(木)」
 【メキシコ市=菅原啓】南米ボリビアで20日、モラレス政権と社会運動団体が呼びかけた「気候変動に関する第1回世界諸国民会議」が開幕しました。会場となった同国中部コチャバンバ近郊のティクイアパには、世界129カ国の環境運動、先住民団体の活動家、政府代表など約2万人が集まりました。
 「気候を変動させず、モデルを変える」とのスローガンがあふれるスタジアムで行われた開会式で演説したボリビアのモラレス大統領は、気候変動の大本に、環境破壊を顧みない資本主義経済モデルの問題があることを強調。「資本主義は不平等と同義語であり、母なる大地(地球)の破壊と同義語だ。資本主義が死滅するか、さもなくば、地球が死滅するかだ」と声を張り上げました。
 チョケワンカ外相は、「国民には、少しずつだが、自分たちの問題を自分たちで解決していく変革の力がある」とのべ、参加者を励ましました。
 潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は開会式で読み上げられたメッセージで、今回の会議を通じて、「私たちは、気候変動(の脅威)に最もさらされている人々、この現象に関係がないにもかかわらず、今後その影響をもっとも受ける人々の声に耳を傾ける」と表明。11月にメキシコで開催される気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)に向けて、今回の会議が積極的、建設的な貢献となることを期待すると述べました。
 会議は、22日までの予定で、温暖化に責任のある企業や国を裁く国際法廷の創設、温暖化問題の具体的な方策の是非を問う世界一斉国民投票の実施などについて、17の分科会に分かれて議論が行われます。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik10/2010-04-22/2010042207_01_1.html

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オバマの核なき世界:足元のウラン鉱汚染/下 「繁栄」が命を壊した

2010-04-23 | 先住民族関連
(毎日新聞 2010年4月22日 東京朝刊)
 「ウランが危険だなんて、まったく知らされなかった」。米アリゾナ州の先住民ナバホ族のジョン・ナイトさん(76)は、同州のウラン鉱で働いていた50年前を振り返った。
 白人の牧場のフェンスの修繕などをしていた59年、鉱山労働者を募集していると聞いた。ちょうど厳しい気候で多くの牛が死んだ時だった。もらっていた日給4ドル(当時1440円)に比べ、2週間ごとに150ドル(同5万4000円)と高額の給与にもひかれ、転職した。
 ドリルで穴を掘りガイガーカウンターで放射線の強さを測る鉱脈調査の手伝いや、ウラン鉱に掘った穴の中で爆砕した後の鉱石を掘り出す作業をした。
 「現場監督は白人で、働いていたのは先住民だった。ヘルメットは付けて入ったが、多くの労働者がマスクを付けていなかった」という。掘り出したウランが核兵器に使われると聞いていた。
 東西冷戦下で米国の核兵器生産は最盛期を迎えた。ウランはトゥバ市のウラン精製工場に集められ、米原子力委員会(当時)に売却された。ジョンさんのウラン鉱は転職後2年で「資金調達が止まった」といわれ閉山した。
 ナバホ族の居留地内で放置されたウラン鉱は520に上る。砕かれたウラン鉱石を洗い流した雨水がいつごろから地下水を汚染したのかはわからない。ジョンさんと妻(74)は毒性を知らずに井戸水を飲み続けた。
 連邦政府は92年、米国内核実験の風下住民やウラン鉱労働者などのため放射線被ばく補償プログラムを始めた。放射能が原因とみられる病気にかかれば金銭補償を受けられる。だが、汚染水を飲んで病気になった人たちへの補償制度はない。
 鉱山会社がウランを掘り始める時、ナバホの地元住民は「繁栄の時が来た」と言われた。だが閉山後、電気すら届かないままだ。
 「ウランの採掘は家畜を、コミュニティーを、そして我々の命を破壊した。核兵器に反対するオバマ大統領に賛成するよ。原料のウランに掘る価値はない」。ジョンさんは静かに訴えた。【トゥバ(米アリゾナ州北東部)で吉富裕倫】
http://mainichi.jp/select/world/news/20100422ddm007030051000c.html

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【白老】暮らしに便利な飲食店マップ

2010-04-23 | アイヌ民族関連

(苫小牧民報 2010年 4/22)
 白老観光協会(小西秀延会長)が、町内の飲食店を地図にした「しらおいランチョンマップ」を作った。春、夏、秋、冬年4回発行していく。観光協会は「町民や観光客の方に役立ててもらえたら」と話している。
 白老の歴史やイベント情報も載せている。B4判両面刷りで、「春号」として3万部製作した。まちの地図をデザインした表面に、町内83カ所の飲食店の所在地と連絡先、裏面でアイヌ民族の古式舞踊や白老牛、名誉町民第一号である高橋房次医師などについて紹介している。裏面は毎回、内容を変えていく予定という。
 マップは掲載店舗や町役場、JR白老駅、観光協会などで入手できる。問い合わせは観光協会 電話0144(82)2216。
http://www.tomamin.co.jp/2010s/s10042203.html

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シャチ 威風堂々 ハローオーシャン

2010-04-23 | アイヌ民族関連
(朝日新聞 2010年04月21日)
海の動物たち 笹森琴絵
■連係プレーで家族守る
 鉛色の海面を滑るように船は走る。5月の知床沖。風は痛いほど冷たく、どんより空からは、今にも雪が舞い落ちてきそうだ。
 私たちが追っているのは、シャチの群れ。背びれの高いオス数頭を先頭に、子供は真ん中、周囲をメスや若者たちが固める。移動や警戒時の隊列だ。母系の血縁関係で群れを作るとされるシャチの絆(きずな)はとても強い。特に、子供を守ろうとする群れは見事なチームワークを見せる。オスや若者は、「敵」とみなした船に接近し、つきまとい、尾びれで海面を打ち鳴らして気を引く。いわばおとりだ。その間にこっそりと、母子は逃げるのだ。
 船乗りたちから黒い悪魔と恐れられた時代もあるが、北海道ではアイヌの人々が全く別の価値観をもってシャチを見ていた。彼らはシャチをこう呼んだ。「レプンカムイ」(沖の神)と。
 目の前を疾駆するシャチの群れの姿は、まさしく神々のように気高く見える。群れが浮上するたびに轟(とどろ)く呼吸音と風の音に包まれていると、はるか遠い神話の世界に紛れ込んだような、不思議な感覚に陥った。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000851004210001

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熱帯雨林に巨大ダム建設へ ブラジル・アマゾン

2010-04-22 | 先住民族関連
【共同通信 2010/04/21 09:53 】
【リオデジャネイロ共同】ブラジル・アマゾン地方の熱帯雨林に総出力で世界第3位の巨大ダムが建設されることになり、国家電力庁は20日、入札を行い国内9社の企業連合が落札したと発表した。電力の安定供給に向け国民的人気を誇るルラ大統領が肝いりで進める事業だが、環境保護団体は野生動植物の生態系や多くの流域住民の生活を破壊すると反発、各界に波紋を投じそうだ。
 地元メディアによると、北東部パラ州シングー川(アマゾン川支流)に約110億ドル(約1兆240億円)をかけて建設されるのはベロモンチ水力発電所で、総出力約1100万キロワット。2015年からの電力供給を目指し、完成後は総出力で中国の三峡ダム、ブラジルとパラグアイにまたがるイタイプ水力発電所に次ぐダムとなる。
 入札をめぐっては今月に入って、環境影響評価が不十分なことなどを理由に地元裁判所が下した入札延期決定が直後に上級裁判所で覆されるなど司法判断も混乱。米映画「アバター」のジェームズ・キャメロン監督も建設予定地を訪れて反対を唱えるなど、国際的な注目を浴びている。
http://www.47news.jp/CN/201004/CN2010042101000152.html

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【白老】韓国人向け案内役に朴さん アイヌ民族博物館

2010-04-22 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報 2010年 4/21)
 白老町のアイヌ民族博物館特別研究員に、韓国人の朴炳宰(パク・ビョンゼ)さん(38)が赴任した。韓国から訪れる観光客へのアイヌ文化の解説などさまざまな役割が期待されている。朴さんは「アイヌ文化を学びながら、自分の経験や知識も生かしたい」と意気込んでいる。
 韓国北東部の江原道(カンウォンド)出身。1998年に鹿児島大学へ入学し、2003年に農学博士号を取得。06年に北見工大の研究員となり、主に北海道の野草をテーマに学んできた。白老町とのかかわりは、1年半ほど前からは北見工大の山岸喬教授と共に、町などが進める「食材王国しらおい」事業に参加したことから。アイヌ民族の有用植物を使った薬膳(やくぜん)料理の開発にも携わっている。
 博物館を訪れる外国人の中で最も多いのが韓国人。09年度も外国人の入館約6万6000人のうち、半数以上の約3万5000人を占めている。このため、韓国人対応と、おもてなしに―と、日本語が堪能な朴さんに白羽の矢を立てた。
 着任から3週間。これまでアイヌ文化を学んだことがないので、職員から基礎知識を学び、並行して展示物のハングル文字解説に誤りはないか確認したり、職員に簡単な韓国語を教えるなど忙しい毎日だ。「ガマでござを編む風習はアイヌ民族も韓国人も同じ。お互いの文化の共通点や違いを毎日学べるのは、とても新鮮で刺激的です」と朴さん。「まちの方々と博物館の触れ合いを生む仕事もしたい」と、今後は町民に韓国語や野草についての勉強会を開こうと意欲を見せている。特別研究員の任期は1年。
http://www.tomamin.co.jp/2010s/s10042101.html

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