共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

モンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》観賞記

2015年06月22日 23時25分48秒 | 音楽
今日は小田原の教室を休講にして、古楽アンサンブル・コントラポントの公演が行われる東京・目白の東京カテドラルに行きました。今日はここで、バロック時代初期にヴェネツィアで活躍した作曲家クラウディオ・モンテヴェルディの大作《聖母マリアの夕べの祈り》が演奏されました。

この《聖母マリアの夕べの祈り》という曲はバロック初期の名作として、渋谷や新宿のタワーレコードのようなクラシックCDが充実しているショップであればまず置いてあるというくらいに有名な作品です。ただし、そういったCDはモンテヴェルディが晩課のために作曲した楽曲を並べて『音楽作品』として収録したものが殆どです。しかし今日の公演はカトリックの晩課の典礼に沿って要所要所にグレゴリオ単旋律聖歌やアンティフォナを伴ったかたちで演奏されるということで非常に興味深く、楽しみにしていました。

山手線の目白駅からバスに乗って椿山荘に向かうと、道の反対側に都内三大不粋建造物のひとつである東京カテドラル聖マリア大聖堂があります。丹下健三によるコンクリート打ちっぱなしの巨大なグレーの塊の中に入ると、いつも鬱々とした気分になります(因みに私は個人的にコンクリート打ちっぱなしの建造物は完成品と見なしていませんし、こういう建物を作った輩は全員打ち首獄門に処すべきだと思っております)。

しかし、奇しくもこの不粋なコンクリの壁で囲まれた空間が約7秒間という、モンテヴェルディによってこの曲が演奏されたヴェネツィアのサン・マルコ聖堂のような長い残響を生み出します。今公演でも、その残響を効果的に利用したものということが話題になっていましたが、それだけ残響が長いと座る場所によっては全部の音がウワ~ン…と溶け過ぎてしまって、何が何やら分からなくなるという恐れがありました。

さてどうしたものか?…因みに今日は全席自由の公演でした。そこで、私なりに出した答えは『一番乗りして素晴らしい席をGETする』というものでした。それなら自分の皮膚感覚で、より好きな席に座れる確率が上がります。ということで、18:30開場にもかかわらず、何と15:30には現地に到着しておりました(笑)。

それからはもう、信徒さんが礼拝に来ようが関係者が様子を見に来ようが、ひたすら入口で『何か?』という顔をして先頭をキープし続けました。そして開場と共にプログラムを受け取って脇目もふらずに向かった先は一列目、しかも主祭壇と通奏低音の真ん前というベストポジションでしたV(^0^)。というのも、今公演は通奏低音郡が充実していることが事前に伝えられていたからです。

今回の通奏低音郡はオルガンとヴィオローネの他にテオルボが二台、そして非常に珍しいものとしてアルパ・ドッピア(トリプルハープ=バロックハープ)がありました。これは事前にフェイスブックで予告されていたので、絶対に至近距離で見て聞きたい!と思って実現させました。そのためなら3時間ただ立って待っているだけなんて…ハハ(^^;ゞ。

満員の観客の中で、現代のA=442Hzというチューニングピッチからしてみたら半音以上高いA=466Hzというピッチにチューニングされたポシティフオルガンによるアンティフォナが奏され、やがてモンテヴェルディ作品の冒頭に登場する『ドレミファソーソ、ファーファ、ミーミ、レーレ、ドー…』という特徴的な『紋章ファンファーレ』に乗せて楽曲がスタートすると、会場内は一気に荘厳な音空間に包まれました。

この曲は合唱だけでなく、独唱や重唱、コンチェルタート(器楽合奏)が効果的に配されていて、たとえ歌詞の意味が分からなかったり、この曲を知らなかったりしても飽きさせない要素が随所に盛り込まれています。特に面白いのが『エコー唱』というものです。これは特に独唱の時に行われるものですが、独唱者の歌った歌唱の語尾を、実際に離れたところにいるもう一人の歌手と伴奏者が、文字通り木霊のように歌いかけるというものです。

今回その部分はどうするのかな?と思っていたら、その曲の前に歌手一人とテオルボ奏者一人がスッと立ち上がって、主祭壇の30mほど奥にある控えの空間のようなところまで離れていって、そこからエコー唱をしていました。成る程これなら指揮者から見える範囲でエコーが出来ますし、終わったらすぐに元のポジションに戻って来られます。本体とエコーとの距離感もなかなかで、その効果を存分に発揮していました。

今回のアンサンブル・コントラポントの演奏は、徹底的に磨かれた歌唱のハーモニーと、伸びやかなコンチェルタートの演奏とが相俟って実に心地よく、素晴らしい演奏でした。あの建物の持つ7秒間という長い残響を味方につけるのは、想像以上に大変なことだったでしょう。しかし、その有り余る残響の中でも破綻することなく、終始緻密なアンサンブルを展開してくれていました。個人的に通奏低音、しかも特に撥弦楽器にスポットを当てて観賞しましたが、テオルボもアルパ・ドッピアもさすが日本の第一人者の方々の演奏だけあって、聞き応え十分の演奏会でした。お目当てのアルパ・ドッピアの音色は、張りの強い現代のハープとはまたひと味違ったガット弦ならではの繊細なもので、歌唱とのデュオも素敵でした。勿論、歌唱やヴァイオリン、ヴィオローネ、ツィンク(古典コルネット)、サックバット(古典トロンボーン)、オルガン、そして後半の《マニフィカート》の中のたった8小節だけのために登場したフルートとリコーダー郡Σ(゜Д゜)も、それぞれ素晴らしい演奏を繰り広げていて、あっという間の2時間(途中15分の休憩有り)でした。

今公演はライブ録音もされていて、後日発売されることが発表されました。ただ、前半の演奏中にカテドラルのスピーカーから原因不明のノイズが発生してしまい、それが収まらなかったことによってしばらく演奏の中断を余儀なくされてしまったことで客席の緊張感が切れてしまったのが大変残念でした。あれは完全にカテドラル側の落ち度ですが、あれがなかったらもっといい演奏会になっていたかも知れないし、ライブ録音としての価値ももっと高かったかも知れない…と思うと、それだけが悔やまれてなりません。

あのノイズはCD発売時にはどうにか消されるのか、それとも当該部分だけ後日録音し直されるのか分かりませんが、折角の貴重な演奏でしたから何等かのかたちで処理して、無事に発売に漕ぎつけてくれるといいなと思っております。

いずれにしても、こういった作品を日本カトリック総本山の大聖堂という場所で聞けたということは、大変貴重な体験となりました。また機会があれば、是非足を運んでみたいと思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする