帰りは増田橋跡まで行って
旧日光街道を帰りましょう、
旧日光街道には徳川将軍の
痕跡が残っています。
島根鷲神社には吉宗公の
訪れた足跡が残っています。
島根村は徳川家の鷹狩場だったそうで吉宗も訪れたと伝わる「将軍石」。
左の石に腰を下ろして休憩をとったと伝わります。
島根鷲神社本殿東に区内最古の学問所跡、
吉田順庵先生の島根学問所跡があります。
「徳川実紀」には島根村の村医である、
吉田順庵先生が自宅に子どもたちを集め、
手習いを教えていたことが記されています。
1716年(享保6年)10月28日、鷹狩りの途中八代将軍・徳川吉宗公が
学問所に立ち寄った際に、その行為に感銘を受け、
翌日褒美として白銀10枚を与えられたそうです。
吉宗ではなく"家光"の時代の価値として考えると今の約3,500万円くらいですか。
さらに帰り道に国土安穏寺が。
ここは旧日光街道だけど別れて奥の国土安穏寺に向かう
道は松並木が並んでいたと伝わります。
国土安穏寺の山門、仁王門です。
内側から見た門扉には燦然と輝く三つ葉の御紋が。
本堂の扁額の下にもやっぱり三つ葉葵の御紋が。
本堂の横には家光公お手植えの松。
何代目かでしょうけど立派な松です。
先年本堂の屋根が大修理されました、
そのとき下ろした鬼瓦にも真ん中に葵の御紋。
ここには将軍が使用した什器などが保存されているとか。
すぐ近くまで帰ってきました、
旧日光街道沿いにデザインマンホール。
この通りには他にはないので目立ちます、
設置されたころにはファンが写真を撮る姿が見られました。
data:PowerShot G7X MarkⅡ。 撮影 7月 22日 旧日光街道、徳川家の痕跡