はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

はがき随筆05年度賞

2006-05-11 11:40:54 | 受賞作品
小村さん(志布志市)が受賞
人生への思いつづる
 はがき随筆の05年度賞が決まりました。昨年11月19日に掲載された志布志市志布志町、小村豊一郎さん(80)の「風の音」です。小村さんに執筆の経緯と喜びの声を聞きました。

 「医者は患者さんへの優しさが原点」。志布志市志布志町で64年から開業する現役外科医。80歳とは思えぬ眼光の鋭さ。だが、時折こぼれる笑顔がたまらなく人懐っこい。医師としての厳しさ、人としての優しさが顔いっぱいにあふれる。
 88年、先輩医師に誘われて初投稿した短歌が全国紙に掲載。「うれしくてやみつきになった。今ではほとんどの新聞に投稿する」ほど。投稿作品も短歌、俳句、川柳、随筆など垣根はない。
 はがき随筆掲載は100回以上。「ふと浮かんだ言葉、文章など忘れないためにどこでもメモします」。寝室の枕元、トイレ、車の中など、あらゆる場所にはメモ帳とペン。「もちろん散歩中も持ち歩く」
 受賞作品も散歩中の思いをつづった。早朝の時間と空間の移ろいに人生の無情を重ね、80年の月日とこれからを冷徹につづった。「思いを言葉にして文字にするのは、やはり、そこに私の感動があるから」。投稿の源をそう語る。
 九州大医学専門部を卒業後、国・公立病院などの勤務医を経て38歳の時に開業。「勤務医のころは治療方針で院長とけんかしたり、自ら苦労を背負い込んだ。若気の至りだった」と照れる。しかし、今でも「間違ったことやおかしなことは黙認できない」。信念は筋金入りだ。
 昨年、二つのがんを切除した。だが、退院した翌々日には診療室に戻った。「再び、命をもらったよう。私でいいという患者さんが来なくなるまでは現役を続けようかと思っている」
 診療と投稿。みずみずしい文学的完成と批判精神は、この〝両輪〟に支えられている。
説得力ある文章
はがき随筆選者 吉井和子さんの目
 小村豊一郎さんの年度賞作品「風の音」は、西行法師や藤原敏行などの歌、つまり新古今集・古今集の名歌に読まれている秋の歌に基づいて書かれています。そこが、小村さんの趣向の一つです。日本の自然の移り変わりの美しさ、その微妙な味わいがつたわるように作られた文章ですが、各文末はきっぱりと断定して残り少ない人生をしかと見つめて生きたい、一番言いたいことを書いて締めて、さらに「風の音が、秋を告げる中で……」と、叙情的な一行を加えて余韻のある文章に仕上げています。4時に起きて、健康に気をつけて生きようということが中心内容の文章に「風の音」という題目をつけたところからスタートしたいい文章でした。
     (日本文学協会会員、鹿児島女子短期大学名誉教授)

小村さんの作品
「風の音」

 風の音にぞという歌があるが、秋を連れてくるのはたしかに風である。毎朝4時に起き、朝焼けの空を待ってその後早朝の散歩に行く。次第に風のいろが青くなりつめたさを増してくる。
 風のいろにつれて雲のたたずまいも変わり咲く花もまた違ってくる。人のこころと無関係に時は遠慮なく流れてゆくのである。
 そしていつか八十年の人生がすぎてゆく。振り返るとつかの間の一生。残り少なくなった人生をしかと見つめて生きたい。たとえどうしようもなくても。風の音が秋を告げる中で……。
  2006/5/11 毎日新聞鹿児島版 掲載より

結婚40周年

2006-05-11 07:57:18 | はがき随筆
 「そういうと思った」。私たち夫婦がよく口にする言葉である。40年も一緒に生活していれば、どんな状況にぶつかっても、相手の出方はおおよそ見当が付く。その日は朝から雨が降っていた。おまけに冬に逆戻りしたように冷える。「結婚40周年も迎えたことだし、たまには美味しいコーヒーでも飲みに行こうか」と声を掛けた。「この雨が降っているのに? 私のコーヒーで我慢して」と妻。「そういうと思った」と言ったのが私。その翌日は快晴、百合の花をいつもより少し多く買って飾った。それでゴキゲン。こんな夫婦だからこそ、40年続いたのかも。
   西之表市西之表 武田静瞭(69) 2006/5/11 掲載