はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

白紫陽花

2010-06-03 19:33:44 | アカショウビンのつぶやき
 今年も庭の紫陽花が、ようやく咲き始めました。
去年、強剪定をしたのが悪かったのか、花の付きは悪いのですが、白紫陽花はとくにきれいです。

 白紫陽花は、我が家では夫の花なのです。
彼は最後まで自宅で過ごしましたから、枕元にはいつも白紫陽花を生けていました。
夫は嗅覚が異常に過敏になり、高価なカサブランカを頂いても近くに飾ることはできませんでした。あでやかなピンクの紫陽花よりも白を好み、辛い病床の日々を慰めてくれる花でした。

6月15日は16回目の召天記念日が巡ってきます。8人兄弟の3番目に生まれた彼が、いまでは一番若い人になってしまいました。
いくら時が流れても、若葉が萌え、命輝くこの季節は辛い日々なのです。

でもこの歳まで生かされ、守られているのは、彼のおかげかもしれません。再会の日まであとどのくらいでしょう。

聖書の中に
「生くるもよし、また死ぬるもよし」という言葉がありますが、その言葉が、この頃理解できるようになりました。

かなしみ

2010-06-03 17:45:03 | はがき随筆
 窓から光が射し、裏の竹林を渡る風が五官に心地よい朝だというのに、かなしみがひたひたと満ちてくる。
 底におりてピンクや黄色の花を摘んで小つぼに入れると、そこは心安らぐ小宇宙だ。けし粒ほどの人になり、この小宇宙に埋没してしまいたい私と、万物の安らげる大宇宙がほしいとあせる私とがいて、その裂け目からまたもかなしは湧いてくる。あの人が体を折って苦しんでいるので、けもの達の森が消えていくので、かなしみにおぼれてはいられない。せめてかなしみの湧出源から目をそらすまい。
  鹿屋市 伊地知咲子(73) 2010/6/3 毎日新聞鹿児島版掲載

峠の汽笛一声

2010-06-03 17:42:53 | はがき随筆
 「二番列車が通ったよ、早うせんね、学校に遅るっど」。母や祖母の声が耳の記憶に残る。
 本紙の続『てっどの旅』小向井さんの随筆絵ハガキに出ていた川内駅と串木野駅間の金山峠がある。SL時代は通過する度に大きい汽笛の響きと高い黒煙を残していた。当時は汽笛の音が時刻を知らせる役目にもなっていたと思う。懐かしい峠はトンネルに変わりあの汽笛も消えて、冷たいコンクリートの中に眠っている。登り坂の串木野からは蒸気機関車が『ナンダ坂、コンナ坂』と息遣いにも似た車輪のリズムは今も鮮やかな思い出に。汽笛は遠い日々に。
  鹿屋市 小幡晋一郎(77) 2010/6/2 毎日新聞鹿児島版掲載