はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

真夜中の怪

2010-06-28 18:01:08 | はがき随筆
 5月初旬、菜園に7本のナスの苗を植えた。公務員退職後の俄農業だが、昨年のように最初は、すくすく伸びた。苗は5月下旬には、かなり大きくなり紫の花が咲き始め、毎日見るのが楽しみだった。
 ところが、ある朝、ナス2本の葉の1枚ずつが何物かに食べられて網のような状態。腹が立ってしかたがない。朝夕、数日、葉裏を捜すが、何物か姿を見せない。葉穴は大きくなるばかり。どうやら、真夜中が怪しい。夜9時。電灯を照らし葉を捜すと、なんと約4㌢の黒灰色の幼虫がいる。恐らく夜盗虫だ。俄農業の私はやっと分かった。
  出水市 小村忍(67) 2010/6/28 毎日新聞鹿児島版掲載

入院 退院

2010-06-28 17:40:58 | はがき随筆
入院は何も初めてのことではなかったのに今度はこたえました。
 男性特有のがんの切除です。下腹部に3本、背中に1本、腕に1本、チューブや針を差し込まれて、こびとの国のガリバーさんのようでした。
 手術の先生、麻酔医さん、看護師さん、栄養士の方、掃除の方、実習生、家族や多くの見舞い客、まだまだ多くの方々へ何とお礼を申し上げてよいやら。
 痛かった血栓の排出も思い出となり、後遺症の尿もれには往生しましたが、現在は、ほぼ回復です。初の空砲(ね)におめでとうねと天使かな。
  出水市 松尾繁(75) 2010/6/27 毎日新聞鹿児島版掲載

こより

2010-06-28 17:32:14 | はがき随筆
 海苔の木箱を開けると和紙が上下に添えてあった。和紙を見て、ふと、子供のころ習った「こより」を思い出した。卓袱台に細く切った和紙を父が親指と人さし指で滑らせると、紙はくるりとなり、両手の指で巻いて滑らせると紙は細い紐になった。それは針金のように細く真っ直ぐだった。          
 父は七夕の短冊を結ぶ紐だから、自分で作れるようにと、手を添えて何度も教えてくれた。縒りは甘いが何とかできた。笹竹に短冊をこよりで結ぶと風情を感じた。懐かしい思い出だ。
 久しぶりにこよりをひねり、七夕に短冊をさげてみようか。‥
  出水市 年神貞子(74) 2010/6/25 毎日新聞鹿児島版掲載

ここに幸あり

2010-06-28 17:27:47 | はがき随筆
 白い大輪の夕顔を植えていたら、電話が入りました。
 「お母さんはお元気なの? あなたは? 泣いていると聞いたけど……」
 「ええっ、誰が泣くの?」
 小規模多機能が売り込みの施設にかわって3ヵ月。週4日のデイサービス。他の日も様子を見に来て下さいますスタッフの皆さんとも、すっかり慣れて、とても楽しい日々で
す。
 週1回の訪問診察の先生は話をよく聞いて下さるので、母も私も大好きです。
 御仏のような母を看ることは幸せなことですよ。
  阿久根市 別枝由井(68) 2010/6/24 毎日新聞鹿児島版掲載

2010-06-28 16:48:24 | 女の気持ち/男の気持ち
 親友の子息の訃報が届いたのは、アジサイが咲くこの時期だった。享年30。惜しむべき若者は、自分の葬儀に集まった人々を思いやってか、土砂降りの雨が続く梅雨空をいっとき晴れ聞に変えた。まるで両親への無言の謝辞のように思えた。
 患いの中で子息は「治ってみせる」と病魔と闘い、奇跡が起きると信じたが…。通夜の席で彼女と会した時、私は事故で失いかけたわが子を思い、もしかしたら彼女の座っている席にいたかもしれなかった我が身を重ね、かける言葉をなくした。
 生きようとして生きることがかなわなかった子息の無念を思うと、いまだ後遺症を引きずるわが子が健常であったなら「ぜいたくな死に方するな」と殴り倒しただろう。事故現場は明らかに自分殺しの様相だったから。
 彼女があいさつをした。
 「息子が、長生きしてくれ、と言いました。私は生きなければなりません。どうか力を貸してください」
 かすれて絞り出すような声だったが、はっきりと。
 その後、彼女は大学に入り直し、障害者のための活動を始めた。障害を残しながら何とか社会復帰できたわが子に代わり、私も彼女の手伝いをさせてもらっている。
 このたびは七回忌の法要。河原の蛍が飛び始めた。あの光のひとつずつが、帰ってきたよと言いたげな、命の灯に見える。
  山□県岩国市 山下治子・61歳 2010/6/23 毎日新聞の気持ち欄掲載

はやぶさ帰る

2010-06-28 16:36:44 | はがき随筆
 予定通り地球に戻ってきた「はやぶさ」、その総行程60億㌔㍍。7年の歳月をかけて岩石を収めたカプセルが無事回収された。技術の高さを示した今回の快挙、科学者たちから大きな拍手が世界各地で起こり高く評価された。宇宙探査に詳しい米科学者ルイス・フリードマンは「岩石入手の成否にかかわらず、とんでもない成果だ」と称賛している。この構想は1985年科学者たちによって「将来に大きな夢を託す計画」として25年を経て大きく開花した。
 事業仕分けの「2番ではいけないのか」に大きな不安を感じた。
  鹿屋市 森園愛吉(89)2010/6/23 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆5月度入選

2010-06-28 16:01:30 | 受賞作品
 はがき随筆5月度の入選作品が決まりました。


▽出水市高尾野町柴引、清田文雄さん(71)の「ペットレス」(26日)
▽鹿児島市上荒田町、高橋誠さん(59)の「公園のハモニカ」(30日)
▽阿久根市赤瀬川、別枝由井さん(68)の「ラブ・アゲイン」(11日)

以上3点です。

 墨田の花火というガクアジサイが好きで、昨年挿し芽しておいたものが、今年は幾鉢も開花し、楽しませてくれました。植物とのつきあいは、若葉を楽しむにしろ花を愛でるにしろ、1年に1回きりなので、気が永くなります。来年の墨田の花火の純白な花弁が今から楽しみです。
 清田文雄さんの「ペツトレス」は、1年前に亡くなった愛犬が今でも夢寐(むび)に現われ、黒犬だったので、黒色恐怖症に陥っているという内容です。自分の悲しみへの距離の取り方が絶妙で、優れた文章になっています。内田百聞の『ノラや』を思い出しました。
 高橋誠さんの「公園のハモニカ」は哀愁に満ちた文章です。春の気配の漂う夕暮れに、近くの公園からいつも「月の沙漠」などのハモニカの音が聞こえていた。それがいつのまにか聞こえなくなってしまった。あのハモニカの初老の男はどうしたのだろう。余韻が残ります。
 別枝由井さんの「ラブ・アゲイン」は、「友だち以上、恋人未満」だった人と、45年ぶりに出会った。軽口をたたいて別れたが、メール・アドレスを交換しておいた。それ以後メールの交換をしているという微笑ましい内容です。最近高齢者のメール利用が盛んになってきたようです。最近出た『高く手を振る時』という小説にも、メール利用の70歳後半のプラトニック・ラブが描かれています。
 以上が優秀作です。その他に数編を紹介しておきます。
 伊地知咲子さんの「はるじょおん」(4日)は、草花の名前をかつて幼い娘と言い争って、自分が間違っていたのだが、そこに娘の成長を見たという内容です。中島征士さんの「下駄」(21日)は、下駄にまつわる学生時代や若い頃の思い出です。
 「今、雨の日でも下駄がいい。」という結びが利いています。口町円子さんの「俄然ハッスル」(17日)は、ハエやゴキブリの季節になると、殺虫剤に頼らず、新聞紙で叩いてまわるという元気な内容です。3編とも、自分の行為への客観化が優れています。

(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)