はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「本命は………」

2013-04-14 23:53:38 | 岩国エッセイサロンより
2013年4月12日 (金)

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

 東京本社勤務を命じられた折、仕事のついでに銀座の歌舞伎座の前を何度も通った。 

 華やかな演目や俳優を横目でチラッと見るだけで、お金も時間も伴わずついに観客にはなれなかった。それでも「おふくろに一度本物を見せてやりたい」と思うことはあった。
 あれから20年。5代目の歌舞伎座として新開場し、こけら落とし興行が華々しく幕を上げた。今なら無理をすれば見せてやれるかもしれないおふくろは、もういない。せめて代わりに、カミさんに本物を見せてやろうか。「代わりに」などと言ったらバチが当たるかもね。

   (2013.04.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
岩国エッセイサロンより転載

「心騒ぐ季節」

2013-04-14 23:51:50 | 岩国エッセイサロンより
2013年4月14日 (日)

  岩国市  会 員   沖 義照

 春、新しい一歩を踏み出すニュースが多い中、新聞の4コマ漫画「アサッテ君」を読んだ。

 石川啄木の歌の一節をアサッテ君が口ずさみながら花束を抱えて会社から帰ってくるものであった。「友がみな 我よりえらく 見ゆる日よ 花を買い来て 妻としたしむ」と、歌集「一握の砂」の中の一首である。「きょう、人事の発表があったみたいね」と奥さんはアサッテ君に背を向けて軽く聞き流している。

 この歌は、啄木が上京し満24歳の時に謳ったもので、このころ新聞社で校正係として働いていた。中学時代の友人たちは、目的に向かって着実に歩んでいたが、啄木は志を得ない境遇にあった。そんなときに謳った歌である。

 サラリーマンにとっての春は心騒ぐときである。大きな人事異動があったり、昇進昇格が決まるときだ。私も捕らぬ狸の皮算用は何度となくやってみたが、どれも空振り。そんな日にゃあ、確かに友がみな我よりえらく見えた。「俺って、だめな奴だよな。いやいや、上も人を見る目がない奴ばかりだ」などとぼやきながら家路に着いたものだ。帰り道、花なんぞを買って帰るようなことはついぞ一度もなかったが、啄木と同じ思いをしたことは何度もあった。

 今となってはみんな過去の小さな出来事。誰かの歌じゃあないが「いいじゃないの今が良けりゃ」ということだろう。
  (2013.04.14 毎日新聞「男の気持ち」掲載)岩国エッセイサロンより転載

悲しい一日

2013-04-14 23:44:11 | はがき随筆
 バケツよし。鍬よし。塩も入れた。長靴もよし。マテ貝取りに出発だ。
 ポリバケツにマテ貝もいっぱいになった。塩も満ちてきた。浜から上がる階段横に嘆かわしいものを見てしまった。マテ貝の殻が大量に捨てられているではないか。しばし、ぼうぜんと見つめて動けなかった。
 車にあったレジ袋にその殻を拾い集める。悲しいことに消波ブロックの底は拾えなかった。それ以上に悲しいことは、海の恵みを受けて、それでもって海を汚していたことだ。マテ貝取りの楽しさが一瞬に吹き飛び、悔しく悲しい一日となった。
  出水市 道田道範 2013/4/14 毎日新聞鹿児島版掲載

自己管理べた

2013-04-14 23:36:24 | はがき随筆
 介護の仕事をしている友人に「キーボードを弾いて」と頼まれた時、少しのどが痛かった。お調子者で、すぐ羽目を外す癖があるから、弾くだけにしようとあれほど思ったのに……。
 最初は手だけ動かして楽器係をしていたが、いつの間にか誰よりも大きな声を張り上げていた。
 締めのおはら節とハンヤ節は威勢よく合いの手を入れ、歌って、踊って風邪なぞどこか遠くに吹き飛ばした気持になった。
 翌朝からひどい咳が出始めた。気管支炎を患って、まだスッキリしない。
  鹿児島市 馬渡浩子 2013/4/13 毎日新聞鹿児島版掲載

誠ちゃんありがとう

2013-04-14 17:53:37 | はがき随筆
 先日、頼りにしていた次兄が他界した。
 川柳や、はがき随筆を趣味にしていて、妹の私にも送ってくれた。
 それらには、亡くなった愛妻のことが綴られていた。
 義姉に可愛がってもらっていた私は、切なくも、うれしかった。
 妹の愚痴には「世かねえ、夫婦ゲンカできて」が決めぜりふ。
 10歳も上の兄のことを、誠(まっこ)ちゃんと呼んできた。
 ありがとうございました。
  霧島市 長坪千代子 2013/4/11 毎日新聞鹿児島版掲載

ありがとう2号

2013-04-14 17:47:25 | はがき随筆
 君が私の2号になったのは妻が脳出血で倒れた後でした。これまで7年間、私の相棒として買い物や病院、市役所などを小回りが利く体で役目を果たしてくれました。体を傷つけられても耐えていた君。それを磨いて罪滅ぼしをした私。
 その君と年度末を機に、別れることを決めました。世話になった君と縁を切るのはつらい……ごめんなさい。これまで仕えてくれてありがとう。
 2号とはダイハツ・ミラ。業者に引き取られていく愛車に桃の花が舞う。その後ろ姿にジーンときて、手を合わせた。
  出水市 清田文雄 2013/4/12 毎日新聞鹿児島版掲載