はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

月間賞に塩田さん(出水市)

2013-07-27 16:48:13 | 受賞作品
 はがき随筆6月度の入賞者は次の皆さんです。
 【月間賞】19日「民泊のお礼状」塩田きぬ子(62)=出水市下知識町
 【佳作】3日「ちまき」中鶴裕子(63)鹿屋市王子町
    ▽6日「被災地にて」清水昌子(60)出水市明神町


 民泊のお礼状 修学旅行の民泊を引き受け、その保護者からの礼状に、返事を書くかたちでの随筆です。まず、こういう形式の着想に感心しました。民泊で子供たちから自分が得たもの、それに、礼状を送った方の子供さんへの励ましなどが、暖かいトーンで書かれている気持の良い文章です。
 ちまき ちまき作りを圧力鍋で挑戦した制作過程が、細かに描写されています。あくまきの名で市販されていますが、年配の人にはやはりちまきのようです。この手間の掛かる保存食の作り方を、かつて姑から、覚えない方がよいと素っ気なく言われたのも、その煩雑さを考えての愛情だったのでしょう。
 被災地にて いわき市の現況の描写と感想です。海岸のサーファーに違和感をもったが、考えようによってはこれも復興のしるしかもしれないと、思い直したという内容です。この問題は複雑ですね。何をもって復旧復興というのかという問題を提起してくれています。
 本紙に、阿部首相は戦争を知らないお坊ちゃんで、戦争をゲーム感覚で考えているという、ノーベル賞受賞者のインタビュー記事がありました。戦争は、政治家には会議室で起こりますが、庶民には飢えと生死の実体験です。その体験談3編を紹介します。 
 年神貞子さんの「サツマイモ」は、空襲の恐怖の後は、飢えの恐怖で、山地を開墾してサツマイモなどを栽培した、子供心にも苦労したことの回想が内容です。田中健一郎さんの「母のおにぎり」は、終戦の翌年車中で乗り合わせた、やせ細った、いわゆる引き揚げ者の母子に、自分の母親がおにぎりを与えた時の、微妙な心理の回想です。あの困窮の中での人情はやはり美しい。松尾繁さんの「疎開児童だった」は、戦時中台湾で同窓生だった友人の来訪に、往時の子供たちの、飢えと病気という疎開先での別の戦場を思い出したという内容です。「あれから68年生きてきた」という結びは、あの頃を体験した人たちの実感でしょう。
(鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

明日への願い

2013-07-27 16:42:04 | はがき随筆
 我が国土は、島国で四季があるゆえに繁栄をもたらしたとの一説をかみしめる。
 豊かな漁場、酷夏極冬の地でなく季節を通じ、水源が森や生き物の成長を育む。宗教対立や紛争もない。だが、資源に乏しい日本。
 報道によれば、国内で期待されるエネルギー鉱物資源が多く存在することを最新技術で発見し、採取にも成功。未来へ大きく踏み出した。しかし、期待ばかりではない。東日本大震災で自然の摂理を思い知る。
 この教訓を忘れず対策を講じ、これからも豊かな国であり続けたいと切に願う日々だ。
  鹿児島市 鵜家育男 2013/7/27 毎日新聞鹿児島版掲載

豆腐への思い

2013-07-27 16:16:49 | はがき随筆
 「えー、おばちゃんの豆腐が食べられなくなるの!」と高2の長男。豆腐は我が家では冷ややっこで、味噌汁で、揚げはカレーにと欠かせない食材だ。
 話は10余年前にさかのぼる。この地に家を建ててすぐ、原料にこだわる○さんの移動販売の豆腐にめぐり合うが、ある日突然、姿を見かけなくなった。
 しばらくして、聞き覚えのある「と~ふ~」の売り声と笑顔の青年に出会った。○さんは既に亡く、その息子さんだった。
 母子で作る豆腐は、以前と同じ味がした。しかし最近は最近は設備が老朽化し、営業を続けるか悩んだ末に廃業を決意。寂しい。
  垂水市 川畑千歳 2013/7/26 毎日新聞鹿児島版掲載

大腸がん検診

2013-07-27 16:07:51 | はがき随筆
 「要精密検査」。大腸がん検診の結果が届く。揺れる心を抑えて待合室へ。私と同じ状況の7人が2時間かけて下剤1.5㍑を飲む。不安と緊張が初対面同士の会話を妨げる。
 以前、胃カメラは経験したが肛門から挿入するカメラは一体どんなだろうか……。人の健康は、いずれは損なわれて、死に至るのだ。身体の衰えに一喜一憂するな。どんな厳しい現実を突きつけられようと、全て受け入れなくてはいけない、などとあれこれ思う。
 「久野さん!」「はいっ」。覚悟はできた。検査用ベッドに横たわる。試練開始。
  霧島市 久野茂樹 2013/7/25 毎日新聞鹿児島版掲載