はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

枇杷の思い出

2015-06-24 21:49:34 | はがき随筆


 その人は実家を建てるときにやってきた若い大工さん。優しい笑顔と人懐こさに、私たち兄弟はすぐになじんだ。名前を尋ねるとヨコオと地面に書き、照れ笑い。それからはヨコオさん、ヨコオさんと夢中になった。
 しばらく疎遠になったある時、ヨコオさんが入院したと聞き、お見舞いについて行った。盲腸炎だったらしい。変わらぬ笑顔がそこにあった。その時、白い湯のみを手渡してくれた。中には大きくて丸い枇杷の実が。私は母の陰でそれを見つめていた。なぜか恥ずかしく顔も上げられずにいた。遠い日の枇杷の甘酸っぱさを今も忘れない。
  出水市 伊尻清子 2015/6/18 毎日新聞鹿児島版掲載

随友・Hさん

2015-06-24 20:51:51 | はがき随筆
 本欄「はがき随筆」の随友、Hさんの書かれた文章をはからずも読む機会を得た。
 「小さな親切」作文コンクールで、小6の孫息子の作品が特選に入り、賞状と一緒にいただいた入選作品集に「あなたへありがとう」はあった。
 ご主人を亡くされ、悲しい、寂しい日が続く中、小さな親切を受け、幸せな気持ちになった。「次は私も見習って」と思う。文面は明るく、人は小さな幸せを積み重ねて、立ち直り、新たに1歩を踏み出せるのだ、と感慨深く読んだ。
 作品は、亡きご主人様へ何よりの手向けになったでしょう。
  鹿児島市 内山陽子 2016/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載

おかあさんの木

2015-06-24 20:31:24 | ペン&ぺん


 女優の鈴木京香さん(47)が先日、新作映画「お母さんの木」のキャンペーンで鹿児島市を訪れ、市内の西田小で児童に原作を読み聞かせた。作品は息子たちを戦争に取られ、そのたびに庭に桐の木を植えて無事を祈った母親が主人公。西田小では、映画で母親役を演じた鈴木さんの感情豊かな表現に、児童や保護者からすすり泣く声が漏れたという。
 その鈴木さんは昨年の毎日映画コンクールで田中絹代賞を受賞している。個別の作品というより、映画の世界で偉大な功績を上げた女優に贈られる賞。由来となった田中絹代(1909~77)は「愛染かつら」「楢山節考」「赤ひげ」などに出演した昭和を代表する女優の一人だ。鈴木さんは今年2月に川崎市であった授賞式で「あまりにも大きな賞で半信半疑。日本の女性らしい女性を演じられるよう、賞の名に恥じることのないよう努力したい」と語っている。
 ところで、その田中絹代が出演した「陸軍」という映画をご存じだろうか。太平洋戦争末期、1944年の松竹大船作品で、監督は木下恵介。日清、日露、日中戦争へと続く軍人一家3代の人生を描く。「陸軍省後援」の肩書きがついた。
 この映画で有名なのはラストシーンだ。日中戦争に出征する兵士の隊列と、人混みをかき分け、息子の姿を目に焼きつけようと懸命に隊列を追い続ける母親の姿が延々と映し出される。死地に赴く息子を送る母親の締め付けられるような悲しみ。作品は陸軍省が期待した勇壮な戦意高揚映画ではなく、大胆な“反戦映画”となった。母親役を演じきったのが、当時35歳の田中絹代だった。
 映画「陸軍」から70年余り。今回、鈴木さんはどんな母親役を演じてみせるのだろうか。作品が現代と戦争中と時間軸を行き来するというのも興味深い。「おかあさんの木」は6日から全国公開されている。
  鹿児島支局 ・西貴晴 2015/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

エピソードふたつ

2015-06-24 20:09:22 | はがき随筆
 田んぼの中の狭い道をバイクで走っていると、前方から自転車。脇に寄って通り過ぎるのを待っていると「ありがとう、気をつけて」と、男子高校生だった。さわやかな5月の風が吹いたような……。
 雑草を切る刈払機が故障したので、ホームセンターに。担当者が解体しながら説明する。聞きもらすまいと「はい」「はい」と頷いていると、その人が笑いながらのけぞった。私の返事が新鮮に聞こえたらしい。「今日は元気を貰いました」と言われた。
 この1週間の二つの小さな出来事である。
 薩摩川内市 馬場園征子 2015/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

もってのほか

2015-06-24 20:01:43 | はがき随筆
 ピラミッドの絵はがきに、旅行で知り合った女性と一緒に帰るとある。3人兄弟で唯一独身の長男からだ。出雲での祈願が効いたね? と夫とにっこり。話はとんとん拍子にまとまり、山形へ。おごそかに高砂も唄われ、夢見てきた契りの杯に感無量。やがて宴になりほっとしたのもつかの間。「もってのほか」という声がする。(とんでもない許し難い息子)と私は受け取り心穏やかじゃないのだが、夫は素知らぬ顔で料理に舌鼓。意気消沈していると、おばあ様が食用菊をなますにしたら、もってのほか(意外に)おいしくその呼び名になったと話された。
  薩摩川内市 田中由利子 2015/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載