はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

であい

2019-05-04 12:24:22 | はがき随筆

 「電話ですよ」「はあい」と受話器をとる。テレビで放映された私の描く「昭和の風景」を見た視聴者から「絵を見せてほしい」との突然の電話。懐かしいかやぶきなど生活にじむ絵をテーマに描きつづけている。数日して訪ねて来られた。ランドセルにおかっぱの風景画をじ~と見つめ、忘れていた思いが脳裏によみがえったのでしょう。目に涙をにじませ、この絵は私そのもの、癒されますと一言。涙にはうれし涙、悲し涙とあるが、きっと奥底に何かがあるのだろうと感じた。技術はないが、たった1枚の絵にこんな温もりのある出会いがあった。

 鹿児島県さつま町 小向井一成(71) 2019/5/4 毎日新聞鹿児島版掲載


若いとは思ってないけど

2019-05-04 12:17:12 | はがき随筆

 ウオーキングにでた。田の道から宮田川支流へ。道路に上がる手前で、スケッチする花を摘もうと立ち止まった時、後ろから男性の声がした。「あんた、よくまあ、あんな所を通ったな。わしでも怖かったが」と言いながら抜いて行かれた。

 「えっ、どこのこと?」。来た道を振り返る。木がせりだしていたあそこか。ウオーキングポールで支え、堤防のへりに下りたが、1㍍くらいの段差。怖いとはちっとも思わなかった。

 あの男性より私が年上? ポールを杖と思ったの? などぶつぶつ思っていたら、花を摘むのも忘れて帰っていた。

 宮崎県高鍋町 井手口あけみ(70) 2019/5/3 毎日新聞鹿児島版掲載


退職の日

2019-05-04 12:02:24 | はがき随筆

 

 「お母さん退職したよ」

 「……」

 次は少し大きな声で「退職したよ」。「たいそうはせんよ」と返ってきた。

 昭和63年に就職し、平成30年度で退職することにした。母は以前「あと何年ね?」とよく聞いた。その母も96歳。もう一度「た・い・しょ・く・したよ」。「たいしょく?」「そうそう。お母さんかいてくれたから勤められたよ。ありがとう」。私が頭を下げると「どういたしまして」。母も頭を下げた。

 平成最後の桜の季節。病院の2階の窓から、母と2人で満開の桜を愛でた。

 熊本県荒尾市 城島としこ(56) 2019/5/2 毎日新聞鹿児島版掲載


今年の花見

2019-05-04 11:56:26 | はがき随筆

 

 桜の名所、慈眼時公園のすぐ近くに住んでいる。テレビの桜情報で桜満開を知って花見に。

 わーっ! 桜、桜……桜の花に引き寄せられて小走りする。花びらが優しく語りかけてくれるようで心ほんわり。モヤモヤ気分が吹き飛んで、るんるん気分になっていった。ふと桜の木の下のぶらんこに乗りたくなった。「まためまいがするぞ」。夫の声がきこえたときには、もうぶらんこをこいでいた。立ちこぎで天に届く勢いでと思ったが、勇気がでなくてゆっくりと座りこぎ。ゆうらり、ふわり、不思議な感じ。自分が老齢であることなど全く忘れて楽しんだ。

 鹿児島市 馬渡浩子(71) 2019/5/1 毎日新聞鹿児島版掲載


はじめまして

2019-05-04 11:34:14 | はがき随筆

 三寒四温をくり返しながら春本番となったある日、思わぬプレゼントが届いた。

 差し出し場所は、ハワイだ。東京に住む孫息子夫婦の新婚旅行のオミヤゲと気付く。ワクワクしながら箱をあけると、何と、縫いぐるみの海ガメだった。萌黄色の甲羅はビロード。つぶらな瞳は、ボタンで作られており一目で気に入り、思わず抱いてしまった。

 電話でお礼を言うと、「海ガメは幸せを運んで来る、と聞いたので迷わず決めました」と言った、2人の思いの深さに、ホロリとした。一日の終りの声かけが、安らぎとなっている。

 宮崎市 田原雅子(85) 2019/4/30 毎日新聞鹿児島版掲載


庭に春が

2019-05-04 11:25:17 | はがき随筆

 縁側でのガラス戸越しの日差しが心地良くて、日なたぼっこを楽しむ。そんな日が続いた夕暮れ、寒の戻りを予報士が言う。小寒い日の庭の一隅。日だまりのプランターに、密植したムスカリり根元に、土を割って紫色の小花がちらり。小さいながらその凛とした姿がうれしくて「えらいね! 頑張った!」とつい声を掛けてしまう。

 見渡すと、庭奥の山桜もピンク色の葉芽を見せている。

 そよそよと吹き渡る風。この風が葉芽の広がりを、つぼみのほころびを促すのね。そして築山の沈丁花やミツマタの香りを運ぶのね。

鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(82) 毎日新聞鹿児島版掲載


激励され奮発

2019-05-04 11:15:43 | はがき随筆

 遠い昔、夫と同僚の女性教師の方が、近くに居住されて懇意にしてくださる。新鮮な豆腐と手作り野菜を持参、溌剌とした笑顔で玄関に。夫に「先生が」と告げる。「もう先生では」と控えめ。いつものお返しは随筆一作をB4の用紙に絵、書、写真と共に貼り、コピーして仕上げ、兄弟、姉妹、知人に「どうぞ」と。思えば69歳からはや10年間、私の拙い文を数々掲載くださり、毎日新聞社に感謝します。でも文を書き尽くした感がして、投稿をためらい「さて今後は?」。すると先生に「ぜひとも続けて」と激励されて、沸き立つ心で奮発、ペンを握る。

 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(79) 2019/4/22 毎日新聞鹿児島版掲載