はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

水仙が揺れていた朝

2019-05-23 11:48:38 | はがき随筆

 

 「おばさんは、鯵の握り鮨を全部食べたらしいよ」。いつになく夫の声が明るかった。

 おばさんとは、わが家が数十年来親しくしている人だ。

 夫が釣った鯵をすぐさばいて、私が握った鮨を車で届ける。

 「誰が、こんげな旨いもんを食わせてくれるやろうか?」。その度に老夫婦でよろこんでいると聞いていた。

 それから半月過ぎた頃に、おばさんの訃報が入った。

 その日の朝は、黄色いラッパ水仙がかすかに揺れていた。

 柔らかい風に吹かれて、甘い香りが漂っていた。

 宮崎市 津曲久美(60) 2019/5/9 毎日新聞鹿児島版掲載


彼女へのエール

2019-05-23 11:40:51 | はがき随筆

 休日のお昼に家族そろいってよく利用する外食店がある。お店に入ると、いつもてきぱきと手際よく迎えてくれる外国人の女性がいる。

 きれいな日本語とチャーミングな笑顔が印象的でたまに見かけない日があると、シフトがかわったのだろうか、それとも勉強が忙しくて休んだのかしら、などと店内を見まわしてしまう。

 外国人労働者の受け入れを拡大する法律が国会で成立した。一生懸命学び、働いている彼女のような有能な若者が、今以上に良い条件でのびのびと力を発揮できる環境が整うように願っている。ガンバレ!

 熊本県菊陽町 有村貴代子(72) 2019/5/9 毎日新聞鹿児島版掲載


仰げば尊し

2019-05-23 11:34:57 | はがき随筆

 先日、大成した教え子のことが話題となり、私にあなたはあの方の恩師だそうですね、と言われた。私は、担任でしたが恩師の恩は取ってください、恩の付くようなことはしていませんと返した。

 長年教職にあり卒業式で幾度となく表題の歌(師の恩と続くのだが)を生徒たちと歌ってきた。あの歌はなんとなく恩の押し付けみたいで気になっていた。本当に生徒たちのために尽くしてきたか、忸怩たる思いがするのである。

 同窓会などで大事にしてくれるが申し訳なさが湧く。今は彼らの多幸を祈るのみである。

 鹿児島市 野崎正昭(87) 2019/5/9 毎日新聞鹿児島版掲載