はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

炒って食べるが一番

2021-01-22 22:53:11 | はがき随筆
 ギンナンを見ると母と食べたことを思い出す。炒って弾けたものを頬張った時のおいしさは何とも言えない。「数を食べすぎたらいかんよ」。食べる時は必ず言われた。母が子供の頃、私の祖母たちは網に入れ川に浸けておくと皮が腐れ実だけが残る処理をしていたらしい。でも今は浸すきれいな川はない。
 私は1週間水に浸け完全武装で試みた。強烈な臭いに頭痛がしてきた。しまいにはビニールの上から踏み、水で洗い干し上げる。汚れ水は穴の中へ埋め込んだ。出来上がったものをレンジでチン。亡き母たちとおいしく食べたのは言うまでもない。
 宮崎県串間市 安山らく(69) 2021/1/14 毎日新聞鹿児島版掲載

寂しさと孤独

2021-01-22 22:46:38 | はがき随筆
 60代の女性が、夜中、ベンチに寝ているところを、近所に住む男性に殴り殺されるという事件が報じられていた。女性の所持金は数円だったとか。
 旅行中、カンボジアの港で、2歳くらいの男の子が「ワンダラー」と言って手を差し出してきたことがあった。ネパールでは、難民の集落に出くわし、バラックの前で、女性が炊事をしているところを目にした。子供も難民女性も、悲惨な暮らしであることは容易に察することができた。でも2人は孤独ではなかった。
 殺されて女性は、何を思いベンチで過ごしていたのだろう。
 熊本市北区 岡田政雄(73) 2021/1/13 毎日新聞鹿児島版掲載

脳卒中?

2021-01-22 22:39:12 | はがき随筆
 前輪を側溝に落とし、反対車線を塞いで停車している軽自動車を発見。ゆっくりと現場を通り抜けた刹那「運転席に人がいる!」と助手席の妻が叫んだ。70歳を超えた私に、緊急事態に対応する自信はない。目の前の食堂に駆け込んだ。
 車中の老人に目をやると、舌が垂れ下がり呼びかけても反応はない。30代とおぼしき板さんが即刻救急車と警察に連絡してくれる。「そうだ、交通整理!」。見通しの悪い峠道のカーブで、私は必死に通行車両をさばいた。あれから1週間。私たちはいまだにあの老人の安否を知らない。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(71) 2021/1/12 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆12月度

2021-01-22 21:48:09 | はがき随筆
月間賞に藤田綾さん(宮崎)
佳作は増永さん(熊本)、柳田さん(宮崎)、田中さん(鹿児島)
 
 はがき随筆12月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)
【月間賞】4日「くも」藤田綾子=宮崎市
【佳作】9日「そくひ(続飯)」増永陽=熊本県
▽13日「嵐の夜に」柳田慧子=宮崎県延岡市
▽30日「文章教室」田中健一郎=鹿児島市

 12月は誰にとっても心に去来するものの多い時期ですが、コロナ禍に閉ざされながらも、文字に著さずにはいられないできごとや思いを、多くの方々が寄せてくださいました。
 「クモ」はデイケア施設での小事件のスケッチ。大きなクモの出現に、お取寄りの皆さんのそれぞれの反応、続いて施設職員の男女の予想に反する対応が、おかしみを交えて生き生きととらえられています。読者の私たちもその場に居合わせたかのような気分で思わず拍手です。
 「そくひ(続飯)」が掲載されたのは、太平洋戦争開戦記念日の翌日でした。1941年ころには物資の不足が国民生活に及び始め、当時小学5年の筆者は、何と運動靴を古いゴム毬で補修したとのこと。それも、飯粒を練った「そくいい」(「そくひ」は旧仮名遣いだが、この発音も残っている?)で。伝統工芸に今も使われる接着剤ではありますが、ゴムには不向きではなかったでしょうか。困窮は戦争によって解決できると子どもたちに勘違いさせてはいけない、私たち大人の責務を改めて思いました。
 「嵐の夜に」には、台風の難を近くの大学構内に避けた一夜のことが落ち着いた筆致で記されています。外の風雨の激しさと対照的に、大勢の人と共にあることの安心感、予期せぬ人との出会い、再会の喜びを噛みしめるのです。明ければまた平穏な生活が戻ることへの信頼を、数匹の煮干しを浮かべた自宅の小鍋を思うところに集約させたのは鮮やかでした。
 「文章教室」には、定年前に東京で新聞社主催の「エッセイの書き方」講座を受講して学んだことが披露されました。そこで会得した方法をそのまま実践するという達者な書きぶり。そして、たしかに文章が人の目に触れることを意識すると、つい「いい人」を演じてしまいます。そこはお互いに用心、用心。
熊本大学 名誉教授 森 正人 2021/1/11 毎日新聞鹿児島版掲載

ヤバッ

2021-01-22 21:40:09 | はがき随筆
 目が覚めて「あ、今日は定期検診の日だ。自転車で7時に出れば余裕で朝の診察一番のりだ」と思った。曇天、朝6時。
 顔を洗い居間に入ると、早起きが苦手なカミさんがテレビを見ていた。「えらく速いなぁ、何ごと?」と聞くと目を丸くして「何言ってるの? お父さん、いま夕方だよ」「え?」。連日の草抜きに疲れ、昼寝が延びて夕方を朝と間違った。テレビは夕方のニュースだった。
 ペダルを踏みつつ、用件を忘れ、目的地を忘れ、見知らぬ街で途方に暮れる⏤⏤。絶対ないとは言えない未来が、チラリと影絵のように浮かんだ。
 宮崎市 柏木正樹(71) 2021/1/11 毎日新聞鹿児島版掲載

ありがとう

2021-01-22 21:34:25 | はがき随筆
 リーンリーン。「はあい、ありがとう」「もしもしおいじゃん、かおる」と田舎の弟の元気な声がかえってきた。あっ、とうとうボケが入ってきたのかなと心がゆらぐ。
 非常時が続いている中で88歳まで上りつめた。今までできていたことがだんだん少なくなって、ほとんどの家事を娘に頼ることになり、1日数え切れないほどの「ありがとう」を口にしている。そんな中で、電話の呼び出し音にも応じてしまった。
 長生きはきついなあと音を上げそうだけれど、もうちょっとだけがんばってみたいかな。うれしいことだけを拾って。
 熊本市東区 黒田あや子(88) 2021/1/10 毎日新聞鹿児島版掲載

やさしかった義父

2021-01-22 21:25:41 | はがき随筆
 勝手口を開けると、あるはずの柚子の木がない。代わりに椿が植えてある。「お義父さん、何で柚子の木切っちゃったの。私、毎年楽しみにしていたのに」
 30年以上同じ敷地内に暮らし、初めて見る私の剣幕に、義父は目を丸くしていた。そして下を向きながら「そりゃあすまんかったね」と言った。その後義父は脳出血であっけなく他界してしまう。
 5年が過ぎ、ツバキの隣に柚子の苗木が五つ現れた。「いつの間に」。当時のことがよみがえって目頭が熱くなる。「すまんかったな」と声がした。
 宮崎県日南市 小野小百合(62) 2021/1/9 毎日新聞鹿児島版掲載

奇遇の240作目

2021-01-22 21:23:05 | はがき随筆
 2020年10月10日は小生に とりまして、ささやかな記念すべき日になりました。
 といいますのは、はがき随筆に投稿を始めたのが、昭和11年生まれですので5回目の子年の満60歳の年。そして84歳は7回目の子年です。
 「バス停にベンチ」の掲載されたのが2020・10・10と区切りのいい数字が並んだ日であり、60歳の年男で始めてからク24年目、84歳の年男で240作掲載と、いろんな偶然が重なったと感じたからです。 
 240作では威張れた数字ではありませんが、調子に乗って 披露させていただきました。
鹿児島県西之表市 武田静瞭(84)  2021/1/9 毎日新聞鹿児島版掲載

影法師

2021-01-22 21:14:13 | はがき随筆
 幼いころ、影法師でよく遊びました。現代の子供には通じない話です。夕日のきれいな野原で手をつないだ皆の影がくっきりときれいに動いています。 鬼のダンスをすると影もダンスをする。それが楽しくてうれしくて影をつかまえる鬼ごっこ。たわいもない遊びです。でも嬉々として情緒豊かな時代でした。 大人になって人生は影法師と聞きました。 見える世界と見えない世界でできていると。夜電気を小さくして白い壁に指で影絵をします。犬もカニも船頭さんもでき実に楽しいです。 きょうも背中を伸ばし、すてきな影法師と元気に出かけましょう。
 熊本県八代市 相場和子(93)  2021/1/9 毎日新聞鹿児島版掲載

ハリエット

2021-01-22 20:53:53 | はがき随筆
 19世紀のアメリカ、自らも奴 隷でありながら、多くの奴隷を解放した地下組織の指導者。後に「女モーゼ」「黒人のモーゼ」と呼ばれた。米ドル紙幣に肖像が使われる初めての有色女性。 彼女の半生を描いた映画は昨年 4月に公開予定だったが、6月に延期となった。わずか152㌢の身長で、危険地帯を何度も往復して、奴隷を自由州に導き、南北戦争にも従軍した。
 「生きることは戦うこと」のメッセージに感銘し、2度観に行った。CDと楽譜も手に入れて、主演のエリヴォ自身が歌っ た力強いテーマ曲を日々練習中である。
 鹿児島市 本山るみ子(68) 2021/1/9 毎日新聞鹿児島版掲載

山茶花

2021-01-22 20:34:09 | はがき随筆
 車を走らせ30分、久しぶりに実家に行く。夜7時過ぎ、一人 暮らしの兄に、今日はおでんを作ってきた。 車のライトに照られ、よく見ると庭に山茶花が 咲いている。
 暗がりで分かりにくかったの で、昼間にもう一度行った。すると、荒れていた庭が草刈りされ、木々も剪定されている。 仕事の忙しい兄が、休みの日にこ つこつと作業したらしい。暖か な小春日和、大きな濃いピンク 色の山茶花がぐるっと見事に咲いていた。
  見とれていると「きれいだね」 って亡母の声がしたような。思わず、きょろきょろした。
 宮崎市 鶴薗真知子(58) 2021/1/9 毎日新聞鹿児島版掲載