はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

珠玉の体験記

2008-09-10 00:36:35 | かごんま便り
 ある知人から「出稼ぎの詩(うた)」と題した一冊の随筆集が送られてきたのは、5月の大型連休が明けたころだったろうか。
昭和40年代、高度成長期のまっただ中。道路や橋、ダムや堤防などの公共事業がにぎわいの盛りにあった時代。工事現場は九州や東北など、地方の農家からやって来た男たちであふれていた。
筆者の永田英彦さん(80)もそんな一人。10編からなる作品は足かけ16年、鹿児島との往復を繰り返し7都府県を渡り歩く中で見聞きしたことを書きつづったものだ。出稼ぎという言葉があまり聞かれなくなった昨今、子や孫に自身の体験を残したいとの考えから、わずか120部の自費出版を思い立ったという。
読み進めて驚いた。山奥の大自然、見知らぬ土地の珍しい習俗、出会った人々の心の機微。劣悪な環境で汗まみれ泥まみれの日々を重ねながら全編、曇りのないまなざしで貫かれている。「全く素人の文章」(「はしがき」より)らしからぬ深い洞察と、かっ達な描写に感心した。
ややあって、南さつま市大浦町のご自宅を訪ねた。10人きょうだいの7番目、末子相続で父祖伝来の農家を継いだ永田さんは工業学校卒。文章を専門的に学んだことはないが「小学校で作文を褒められて以来、書くことは大好きだった」というから文字通り「好きこそものの上手なれ」であろう。特に感心したのは当時の日記で、日々の出来事が淡々と、しかし丹念に書き留めてあつて、これが執筆の土台になったのだと聞かされた。
昨年、愛妻に先立たれ「書くことで一人暮らしの寂しさを忘れ、違った境地が開けないかと思った」と永田さん。今も地元の文化財保護審議委員などの要職を務めつつ、最近は随筆だけでなく短編小説も手がけているのだとか。座右の銘を聞いて納得した。「老いを美しく心豊かに」。私もいずれ、そうなりたい。
鹿児島支局長 平山千里2008/9/8 毎日新聞掲載

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