はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ヤサイ、ヤサイ

2007-11-16 08:50:17 | はがき随筆
 先日、3歳の孫を迎えにきた息子が「川内で何食べたの」と聞くと即座に「ヤサイ、ヤサイ」と答えたという。大根葉の白あえを口いっぱいにして食べたのが心に残っていたのだろうか。
 いつもの2泊3日、色づき始めたキンカンを「まだすっぱいからいらない」と素通り。昨年はよく口に含んでいたのだった。
 夏の終わりに手術した私の手のひらを見て「だいたい治った?」と聞く。いろんなことに興味を示す孫との日々は楽しい。
 近々また帰ってくる孫に「ヤサイ、ヤサイ」を作って待っていよう。
   薩摩川内市 馬場園征子(66) 2007/11/16 毎日新聞鹿児島版掲載

夫婦相和し

2007-11-15 22:57:29 | はがき随筆
 澄み渡る秋空、降り注ぐやわらかな日差しを全身に浴びながら、時折ほおをなでる涼風が心地よい。
 正装して夫と共に、市主催の合同金婚式場へ向かう。奇しくも今年は夫の喜寿、私の古稀、金婚式と「めでたさ三重奏」にひとしお感慨深いものがある。半世紀の長い時を共に暮らし、愛する肉親や知人たちとの悲しい別れ、小さな生命との出会いの喜びと、山あり谷ありの長い道程を駆けた日々。
 どんな時にも夫に支えられ、2人で乗り越えられた深い思い。愛がふつふつとわいてきて「感謝」の一語に尽きる記念の日となった。
   鹿屋市 神田橋弘子(70) 2007/11/15 毎日新聞鹿児島版掲載

遭遇

2007-11-14 08:20:14 | はがき随筆
 風に秋の気配が漂う樋之谷の奥山を友と目指す。山芋のつるに棒を立て、つるが落ちる冬期の目印にした。倒木にキノコを発見するが食用か否か区別できずすっぱり断念。川に降りた私に、友が口に一本指を立て上流を指さす。30㍍先を100キロもあろう雄猪が威風堂々とゆっくり川を渡る。後に親の半分ほどの子供3頭が縦1列で続く。さらに小さい3頭も1列に、親の行く道を信頼しきった様子の足どり。家族を見守るようにしんがりを務める母猪。まるで私たちが木石かのように一糸乱れず粛々と渡っていった。山神の粋な計らいの余韻に浸る樋之谷の秋。
   出水市 道田道範(58) 2007/11/14 毎日新聞鹿児島版掲載

夢の一瞬

2007-11-14 08:04:22 | はがき随筆
 もう10年の歳月が流れる。妻のパワーはすごい。陶芸にかける情熱は並大抵でない。ますます燃えさかる妻の一心。平成18年には窯も構えた。5畳半の陶芸部屋もあり制作品がいっぱい並んでいる。素人でも玄人でもないが玄人に一歩ずつ近づける意気は高い。
 始めたころは現実の姿になろうとは想像もしていなかった。ただの趣味ぐらいだろう。2.3年もたつと飽きもくるだろうと内心思っていた。
 陶芸展に何回も入賞した。来春に向けて灯はともる。一日の大半を過ごす陶芸部屋。制作への情熱、灯以上に輝く。牛の歩みのごとく一歩一歩と。
   出水市 岩田昭治(68) 2007/11/13 毎日新聞鹿児島版掲載

モクセイの咲くころ

2007-11-11 17:48:46 | はがき随筆
 10月18日の母の忌日には、庭先にある樹齢百年のギンモクセイが毎年、花を咲かせる。今年は残暑が長かったせいか、なかなか花をつけなかった。
 ところが二,三日したら急にモクセイの香りが流れてきて、たちまち満開になった。そして夜半に雨が降ったせいか、今朝は淡いきいろの花が庭一面に散り敷いて、かんばしい香りを流している。
 この花が咲くといつも母を思い出す。あまり孝行しなかったので、せめて墓参りだけはと思い、欠かさずつづけている。モクセイは私にとっては忘れることのできない秋の花である。
   志布志市 小村豊一郎(81) 2007/11/11 毎日新聞鹿児島版掲載

隠しごと

2007-11-10 10:23:26 | はがき随筆
 庭のモクセイが香る秋の一日、母が一時帰宅した。104歳の誕生日を我が家でというわけだ。母の好物の品々を作っていたが、それらは少ししか食べず、お菓子と柿を驚くほどよく食べた。
 突然、お父さんは?と聞く。「同窓会やんど」と答えると「それは良かった」と安心したように言う。しかし、その後も何度も聞く。何かおかしいと感じているのだろう。
 母を大切にしてくれた優しかった夫。便りにしていた夫が逝ったと知ったらどんなにがっくりするかと思うと本当のことは言えない。これでいいのだと母に隠れてあふれる涙をふいた。
   霧島市 秋峯いくよ(67) 2007/11/10 毎日新聞鹿児島版掲載

エッセーの詩

2007-11-09 07:55:35 | はがき随筆
 新聞の一文に魅せられた。現代詩人の言葉に「今の人は詩を読まないけれどエッセーは読む。だからエッセーの中に詩を入れる」。強く共感する。
 日々のはがき随筆の中にも、多くの詩情あふれるエッセーにお会いする。時として、かすかな羨望も覚える。
 藤村の「初恋」の詩も今の私には遠くなったが、これからは自分なりのエッセーの詩を新しい目標に、書きたい。書こう。
 豊かな老いの時間もある。
 今日の高隈山はこよなく晴れ、鮮やかに稜線が映えて雄大にうかぶ。励ましてくれているように思える。
   鹿屋市 小幡晋一郎(75) 2007/11/9 毎日新聞鹿児島版掲載

発掘ロマン!

2007-11-08 08:02:36 | はがき随筆
 ひょんなことから鹿児島大学構内の埋蔵文化財の発掘調査に従事している。約2000年前の弥生時代から古墳時代の水田、河川、住居の遺跡だ。
 地中に埋もれた土器・石器などの出土品。そこで働く作業員は朝の準備体操の後、注意事項を聞き、現地調査員の指示に従い黙々と遺物を掘り出す。装身具の玉類など珍しい出土品があると、その場に集まり真剣に見入る。
 いくつもの時代を経て、過去の人々がさまざまな活動をした遺跡。鹿大に眠る古代からのおくりものを発掘する喜びは、私にとって、いにしえをしのぶ大切なひとときである。
   鹿児島市 鵜家育男(62) 2007/11/8 毎日新聞鹿児島版掲載

星月夜

2007-11-07 21:12:01 | はがき随筆
 俳句の季語に「星月夜」というのがある。「秋の大気が澄んで、満天の星の輝きが、あたかも月の光のように、地上を明るく照らすのをいう」と俳句歳時記にある。今まさにその時期であるが、私はそんな夜がとても好きである。世の中がどんなに変わっても、満天に輝く星を眺めていると心が和む。
 日本には古来、自然の美しさを愛でる心があり、ロマンがある。例えば、月や星座を眺めては「かぐや姫」「七夕」の話を生み出した。今の世こそ、そういう心を大事にしたい。
 最後に私の駄句を。
 ショパン聴くわが家のしじま星月夜
   南さつま市 川久保隼人(73) 2007/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

大連合?

2007-11-07 07:27:14 | かごんま便り
 久しぶりにびっくり仰天した。2日夜、自民・民主のトップ会談で福田康夫首相が打診?した大連立構想だ。
 日々の仕事が一段落し、支局でくつろいでいた記者たちが色めき立った。早速、K県政キャップを中心に関係者の反応を取材する。やがて民主党サイドがこれを断るとの情報が入り再取材。これで一段落かと思いきや、4日夕には小沢一郎・民主党党首辞意表明のニュースが飛び込んできて、二度びっくり。
 両党が連立を組めば国会はほとんど大政翼賛会状態だ。7月の参院選で、自民批判票を取り込んだ民主の大躍進を考えても、受ける訳がないというのが普通の感覚だろう。
 県内の各党の受け止め方はおおむね予想通り。自民党の本坊輝雄・県連幹事長は「今の段階では何も申し上げようがない」。言葉少なだったというから驚きぶりがうかがえた。一方、民主党の泉広明・県連幹事長は「(拒否は)当然」とコメント。「受け入れていれば、参院選の民意を裏切ったと批判を受けたのは間違いない」とも。拒否が決まるまで心中穏やかではなかっただろう。
 ところが小沢党首は党の拒否方針を「不信任」と評した。額面通り受け止めれば、彼は大連立に前向きだったことになるが、ちょっと真意を測りかねる。いずれにしろキナ臭い雰囲気になってきた。大連立頓挫が政界再編(再々編?)のきっかけになるとの見方もあるからだ。
 元々寄り合い所帯の自民党は、改憲論議や外交、社会保障など個別案件では驚くほど見解の違いを抱える。民主党はさらにウイングが広い。足して2で割り、主義主張の近い者同士に再編した方が分かりやすい。もちろんその場合は選挙の洗礼が必要になるが……。
 政局というのは、誰もが真に受けなかったことが、何かの弾みで現実味を帯び、転がり出すと止まらなくなる。05年衆院選が好例だが、今回はどうなるのか。目が離せない。
   毎日新聞鹿児島支局長 平山千里 2007/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載


たべられちゃったスズメ

2007-11-06 10:46:16 | アカショウビンのつぶやき
 数日前、パソコンの前にいると、庭で「ドスン」と鈍いがかなり大きな音がした、なんだろう…と思ったのだが、そのまましばらくパソコンで遊んでしまった。目がしょぼしょぼしてきたので、パソコンを離れ廊下に出て見ると、なんとキウイの根元に小鳥の羽とおぼしきものが散乱している。
 「しまった、やられたー」と叫び飛び出した。飛び散った小さな血痕、風に乗って飛んでいった羽は庭中に広がって、見るも悲惨な光景が…。
 野鳥のために水飲み場や餌をやりはじめて10年以上になるが、初めての惨劇だった。いつも野良猫には注意していたつもりだが、その前日、植木鉢を移動したとき、あろうことか猫がひそむのに格好の場所を作ってしまったらしい。
 あたり一面に散らかった羽は箒で掃くこともできない。小さな身体はこんなにも多くの羽毛で覆われていたのかと驚くほどの大量の羽を、最後の一枚までポリ袋に拾い集め、せめて羽だけでも埋めて葬ってやろうと、フェイジョアの根元に潜っていくと、そこにはさらに悲惨な光景が広がっていた。
 逃げようともがくスズメをドタバタと暴れながら捕まえた猫は、人目につかないここでゆっくりと食べたのだろう。更に大量の羽毛と食べ残した脚がころがっていた。
 凄惨な場面を見ながら羽を拾っていると気分が悪くなってきた。でもお腹をすかせた野良猫の命をスズメが救ったのかもしれない…と気を取り直し黄昏れ近くなる庭で羽を拾い続けた。
 それにしても私たちの飽くことなき欲望によって、多くの尊い命を当然のように殺傷している現状を深く思い巡らす一日だった。
写真は里人さんからお借りしました。

失われたもの

2007-11-06 09:29:19 | 女の気持ち/男の気持ち
 地元資本のスーパーが閉店になった。あちこちにショッピングモールや大型スーパーが出店したせいだろう。小規模ながら日用必要なものはほとんど揃っていたし、魚や肉も新鮮だったので残念でたまらない。なによりも歩いて行ける距離だったので、車に乗らない私にとってはとても重宝な存在だった。
 確かに大型スーパーやショッピングモールは、広い駐車場があり、商品も豊富なので若い者には便利だ。しかしその裏で個人商店や小さな店はどんどん消えていき、運転しない者や老人にとってははなはなだ不便になった。
 私は田舎で育った。けれど、近くには個人の魚屋、酒屋などがあり、不便だとは思わなかった。よくお使いを頼まれ、金銭感覚や接客などを自然と学べた。お愛想を言ってもらえるのもうれしかった。
 子供のころよく行った店はもうない。年老いた母は遠くのスーパーまで自転車で買い出しに行く。「自転車に乗れなくなったらどうなるんだろう」と不安がる。
 近年、銀行もデパートも電気店も何もかも統廃合され、ますます巨大化していく。なんだかSF映画の肥大化した化け物のようで、不気味さを感じる。
 便利さの代償に、失われたもののなんと多いことだろう。
   下関市 石田満恵(57歳) 2007/11/6 毎日新聞鹿児島版
   「の気持ち」欄掲載

甘藷を思う

2007-11-06 09:05:38 | はがき随筆

 小学生の総合学習の甘藷堀りをテレビで見た。楽しげでうらやましく思った。
 私の小学2年生時に日中戦争、6年時に太平洋戦争が始まり、旧制中学4年で終戦を迎えた。戦争が長引く中、食料はすべて国家統制となり、甘藷がまさしく主食となり命綱だったことを思い出す。
 甘藷の利用や活用は多種多様だ。従来はゆでる、飯と炊く、ダンゴや煮しめの材料、あめ、あん、焼酎の原料、寒ざらし粉、ようかんなど。今では菓子や料理の材料に広く利用され、愛用者も増え、見直されてより頼もしい。
   薩摩川内市 下市良幸(78) 2007/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

おかしくて泣けた日

2007-11-06 08:11:02 | 女の気持ち/男の気持ち
 この1年足らずの間に、母の知人が3人も亡くなった。いずれも90歳前後のご婦人である。弟家族に大切にされて暮らしている母だが、茶飲み友達を失った寂しさはやはり隠しきれない様子だ。
 先日、にぎりずしを手に、久々に母のもとを訪ねた。
 6畳の部屋にベッドとテレビ、続きの間にはトイレもある。玄関に近いこのスペースが母の社交の場であった。
 私は小さく丸くなった母の背中を見ながら、「この人も遠からず消えていくのだろうか」と思い、時間が流れていくのが怖かった。
 「真知子、私が死んでも泣かないでおくれ。89歳と言えば年に不足はないし、晩年幸せだったから」
 突然に母が言った。
 「大丈夫よ。泣かないから」
 返した私の言葉は短かった。
 意外だったのか、しばらく沈黙が続いた。ややあって、母は再び口を開いた。
 「一人しかいない娘が泣かない葬式なんて、みっともないから少しだけ泣いておくれ」
 「たくさん泣くから心配しないで」
 私はおかしいのをこらえながら、自然と涙がにじんできた。
 自分の葬儀のプロデュースをする母の顔に、秋の陽がまぶしかった。
   大分市 三房真知子(58) 2007/11/5 毎日新聞鹿児島版
   「の気持ち」欄掲載



秋はサンマ

2007-11-05 14:52:35 | はがき随筆
 秋の声が聞こえてくるとサンマがおいしくなる。脂がのって値段も安い。
 自転車がまだ少なかったころは、道路際に七輪を持ち出して、炭火をおこし、サンマを焼いた。
 あちらの家、こちらの家から、夕焼けの赤い空にもうもうと煙が立ち、サンマの焼けた香りが町に漂う。浴衣を着た子供たちが「わーっ」と歓声を上げ跳び回る。焼けたサンマはすぐ、ちゃぶ台に運ばれて一家だんらん。
 今では「チーン」と音がすれはよいという訳でもあるまいに、何だか便利さがすさんだ地球を作り上げていくような気がする。
   鹿児島市 高野幸祐(74) 2007/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載