はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ケトルのふた

2022-08-22 17:33:59 | はがき随筆
 お湯を沸かそうとケトルのふたを開けようとするが開かない。向きを変えて引っ張ってみるがびくともしない。しっかりと押し込まれでいる。
 仕方がないから、蛇口にケトルの出口を差し込んで、片手で持っていたら重くなった。水を止めようと脳が逆の指示を出したから「あっヤバイ」「あああー」。慌てて対処するが何とも情けない「どじ」をしてしまった。
 沈みかけていく気持ちで椅子にもたれ掛かっていると急にケトルの笛が勢いよく鳴った。「はいはい、ちょっとお待ち」とやっと立ち上がった。
 鹿児島市 竹之内美知子(90) 2022.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載

歩行者優先

2022-08-22 17:07:41 | はがき随筆
 太平洋戦争の終戦時は9歳。焼け跡の広がる佐世保市に住んでいた。さっそうと走る米軍のジープがかっこよかったのを覚えている。
 ある日、友達数人で近くの川に遊びに行く。道路を横切ろうとした時、1台のジープがやって来た。通り抜けるのを見送ろうとしたら、なんとすぐ手前で停車。運転席から「通りなさい」と手で合図している。横断歩道なんて考えすらなかった時代。こわごわ走って横断した。
 軍隊でも人権意識が徹底していたのか、占領地での懐柔策の一つか、知る由もないが、77年経ても鮮明に蘇る歩行者優先。
 熊本市東区 中村弘之(86) 2022.8.22 毎日新聞鹿児島版掲載

母の旅立ち

2022-08-22 16:59:45 | はがき随筆
 95歳で永眠した母は、寸前までグループホームにお世話になった。そこの所長さんは、柔和で仕事熱心、苦労や悩み事が表情に出ない。おっとり癒し系で人々を安心させる対応。
 訪問の方や入所者が大変満足されていた。仕事着に、いつもいつも黒色の上下服を着用。制服かな? いやご本人の好みらしい。私が「黒色がよく似合われます」と声掛けすると、「僕は肌色が黒いので」と控えめ。
 また介護の方々も常に親切で笑みが絶えない仕事熱心さは敬服の限り。母最後の住み家は満足の日々。感謝しながら来世へ旅立ったことと思う。
 鹿児島県肝付町 鳥取部京子(82) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

たんぽぽ

2022-08-22 16:53:00 | はがき随筆
 私は5歳の孫五号と時々散歩をします。彼女の姉と兄はそれぞれの予定があり、五号が一人ぼっちなので私が相手をしてもらっています。ある時は堤防まで、ある時はガチャガチャまでの散歩です。
 ある日、私が道端でたんぽぽの花を見つけて、五号に、「たんぽぽだよ」と言ったところ、「ちがう」と言いました。五号が言うには「たんぽぽ」は白くてふわふわしていて、息を吹きかけたら飛んでいくものだと。
 五号にとってのたんぽぽは綿毛の付いたものすべてだそうです。五号には私の薄っぺらな常識は通用しませんでした。
 宮崎県日南市 宮田隆雄(71) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

正しい姿勢

2022-08-22 16:46:24 | はがき随筆
 毎週月、金曜日に、介護老人施設に通所している。杖をついたり、押し車に手を置いて歩いたり、車椅子に掛けたり、器具を使用しないで歩行したりとさまざまだが、背中が曲がって前屈みの人が多い。それを目にして、人の振り見て我が振り直せとばかりに、私は両肩を後ろへ引き、背筋を伸ばすように心がけている。加齢に伴い背骨が曲がるそうだが、家では私も無意識に前屈みになっていることがある。それに気付いたら顔を上げて背筋を伸ばすように努めている。可能な限り若かった頃の体を保持し、健康体で余生を楽しんで生活しようと思う。
 熊本市東区 竹本伸二(94) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

感謝

2022-08-22 16:33:53 | はがき随筆
 自分の畑とはがき随筆をこよなく愛した母洋子が病気のため、4月27日にこの世を去った。
 「畑の紫陽花みたかったな」と語っていた母の棺には、鹿児島市の畑に咲き始めていた紫陽花を添えた。「季節ごとに皆が花を見に来てくれる、そんな会を作りたかった」と言い残された家族は、母が昨年の投稿でもう少し続けようと書いていた「雑草との戦い」を余儀なくされ、改めて母の年齢で続けていた戦いのすごさを感じている。
 母の随筆に目を留めていただいた方、畑に花を見に来ていただいた皆様に感謝を伝えたい。ありがとうございました。
 東京都目黒区 西窪千里(54) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

方財音頭

2022-08-22 16:24:35 | はがき随筆
 「松野お~方財、緑の若さ」と歌う音頭がわが町にはある。100年ほど前に小学校の校長先生が作詞作曲したという。舞踊を習っていたというおじさんが振り付けした踊りもあった。
 20年以上も前になるが、おじさんを先頭に高齢者クラブの人たちに教わって小学校の運動会に参加して躍った。楽しそうに踊られるが所作が多様で難しかった。見よう見まねでその場は躍ったが覚えられなかった。
 当時の踊りの先生方はもう誰もいいない。私たちも、後期高齢者になった。音頭は歌える人がいるが、踊りは自然消滅になったんじゃないかなあ。
 宮崎県延岡市 島田千恵子(78) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

トウモロコシ

2022-08-22 16:17:51 | はがき随筆
 「お母さん、お昼はトウモロコシを買って来たので」「ありがとう」。今は甘いトウモロコシを食べながら、厳しかった食糧難時代が思い出される。
 30代まで過ごした阿蘇南郷谷の農家では、トウキビは食料や家畜の飼料として広大な畑作だった。戦中戦後、食べ物がなかった私たちにとっては貴重な主食。農家から分けてもらい、煮たり焼いたり、干しあがったのを石臼でひき、雑炊のようにして食べた。いまのような甘さはなかったが、命をつないでくれた大事な穀物だった。軒先につるされ、夕日に映える風景は今もありありと。
 熊本市中央区 原田初枝(92) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

娘の帰省

2022-08-22 16:11:39 | はがき随筆
 娘が突然帰省したいと言ってきた。ある時から心を閉ざし家族と一切の連絡を絶った。なすすべのない私たちは手紙や物を黙々と送り続けた。寂しくてつらい長い年月だった。
 久しぶりに会った娘は、心配するまでもなく笑顔も優しさも元通りだった。元気な顔が見られて何よりうれしかった。一緒にわずかな時を過ごし娘は戻って行った。もう大丈夫。困難を乗り越えた娘のこれからの幸せをひたすら祈りたい。
 うれしくて、早速息子に電話した。「最近よく眠れない」と言う。やれやれ。私たちの心配はまだまだ終わりそうもない。
 宮崎市 小金丸潤子(71) 2022.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

いたちごっこ

2022-08-22 16:05:48 | はがき随筆
 目を閉じているので、眠っていると思い、テレビを消すと「見とっとぞ」と怒る。目をつぶって見とっとね。昼夜この繰り返しの我が家だ。育った環境の違いかなと思うが、歯がゆい。テレビがついていないと落ち着かない夫と、ついていると落ち着かない私。どう折り合いをつければいいのだろう。最近はドラマのあらすじを聞いても、はっきりしないことが多い。単に画像を見ているかに思える。ボケ防止には、見ないよりいいかと妥協の方向に努めている。これでいいのかな? 声を荒げないから、ま、いいか。今夜もつけたり消したりで寝不足だ。
 熊本県八代市 鍬本恵子(76) 2022.8.19 毎日新聞鹿児島版掲載

スマホつながり

2022-08-22 15:39:49 | はがき随筆
 スマホ難民一歩手前の私が、最近、思い切ってガラケーから機種変更をした。スマホ用語を一から学び、右往左往しながら、やっと人並みに扱えるようになった。勇気を出してメカに強い友人や事務のバイト学生に遠慮せず操作を聞いた。それが功を奏し、店舗で待たされることなく、すぐに問題解決した。若者だからと敬遠せず、「教えて」と尋ねた甲斐があったというもの。孫世代の子らに教えを請うたが、意外と丁寧に教えてくれた。少しは若者との距離が縮まった感がある。
 市民講座にも参加し、レベルアップに余念のないこの頃。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(72) 2022.8.18 毎日新聞鹿児島版掲載


コロナ陽性

2022-08-22 15:30:52 | はがき随筆
 コロナ禍になって2年が過ぎていた。マスク着用やワクチン接種の効果について疑問を持っていた。
 まさか、自分が感染することは、全く想定外だった。
 のどが痛くて近くの内科を受診したが、自分では、寝冷えだと思っていた。受け付けで、風の症状があるといった途端、ドアの外に出された。そのとき初めてコロナ感染を疑われているのだと気づいた。
 体力が一気に奪われ、少し動くと横にならずにはいられない。コロナはただの風邪。そんなふうに、今は言えない。回復には結構、時間がかかる。
 宮崎県延岡市 渡辺比呂美(65) 2022.8.17 毎日新聞鹿児島版掲載

立秋の風

2022-08-22 15:09:28 | はがき随筆
 私は俳句も短歌もやらないが、高校で学んだ中には好きなものがある。その一つが藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」という、立秋の日に詠んだ歌である。暑さの中にふっと秋の気配を風に感じた歌である。夏休みの立秋にこの歌と同じ感覚を感じ感動し、それ以来立秋の風を楽しみにしてきた。
 しかし例年にない今年の猛暑。立秋の風はないなとおもいつつ、朝10時過ぎ屋根つき物干し台に出ると、何と昨日まで感じなかったひんやりした風がスーッとと。あったあった、立秋の風が今年もあったと嬉しくなった。
 熊本県八代市 今福和歌子(72) 2022.8.16 毎日新聞鹿児島版掲載

思い出に耽る

2022-08-22 15:02:20 | はがき随筆
 午前4時、窓ガラスに雨粒が吹きつけている。東シナ海を台風が北上中である。好天なら散歩に出る準備をしている時刻だが、一人机に向かい、雨音を聞き物思いに耽るのも楽しい。
 番傘、高下駄の昔まで思いが戻るのも生きてきた証だろう。今のように整備された道ではない。重い番傘を差して歩く姿や、小学校までの沿道の景色が浮かんでくる。車に泥水をはねられたのはずっと後で、荷馬車が目に浮かぶ。
 時の流れがゆっくりゆっくり動いていた。そんな貧しい時を思うのはなぜ。貧しさも過ぎるといい思い出かもしれない。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(82) 2022.8.15 毎日新聞鹿児島版掲載

古い手紙

2022-08-14 11:15:46 | はがき随筆
 古い手紙がある。少し色あせた和紙の巻紙にきれいな筆文字で書かれたその手紙は、私が結婚するときにいただいた。もう30年以上も前のものなのに捨てられずに持っている。
 すれ違ってもおかしくないご縁だった。それがずっと続いて、いつも親身になって見守ってくださった。最近、その方の生前の話を聞く機会があり、改めて手紙に目を通した。
 まるで父からのような愛情あふれるその手紙には、家庭生活における女性の義務は病気をしないこととある。いつまでも幸せを祈っていると……。
 感謝の言葉しか出てこない。
 宮崎市 高木真弓(68) 2022.8.14 毎日新聞鹿児島版掲載