東洋医学の実践的理論研究~人間が病むということの過程的構造からの東洋医学的治療論の研究~

人間が病むということの過程的像から、鍼灸等の問題を説いてみたいと思います。よろしくお願いいたします。

脈診とは〜『育児の認識学』に学ぶ脈診〜

2016-06-25 18:05:36 | 覚え書
『育児の認識学』(海保静子著 現代社)を読み返している。認識学の学びの必要性痛感する。

『育児の認識学』では、人類の認識の発展を踏まえて個としての人間の一般的な認識の誕生、発展が説(解)かれている。と読んだ記憶があったので、また、認識学の三本柱の構造からして、間違いなくそうであろう。との思いで、人類の認識の発展のありかたを学ぶとの目的意識で『育児の認識学』を読み返し始めている。

その中で、「赤ちゃんにかかわるベテランといわれる人々が、新生児の泣き声から何を求めているのかが分かる。」ということの構造が説かれている。詳細には、『育児の認識学』を一読いただきたいが、端的には、「赤ちゃんにかかわるベテランといわれる人々は赤ちゃんという対象の構造を熟知しているから、新生児の泣き声を自身の熟知した対象の構造から問いかけ的に聞くことで、新生児の泣き声の理由が分かったとして関わっていくから、その予想が多くの場合に的中する。本当は、新生児の泣き声から何を求めているかは分かるはずもないのに、あたかも赤ちゃんにかかわるベテランといわれる人々は新生児の泣き声から何を求めているかが分かる、という現象を呈する。」ということが説(解)かれている。これは、まさに脈診の持つ構造なのでは!?と思える。

現代の脈診は、左右の手首の橈骨動脈の拍動から患者の身体の状態、病証を確定する。というものなのであるが、唯物論的に考えてそれはあり得ない、と思える。

しかしながら、脈診による診断が的中する、と思える事実があるのだから脈診の正否は自身にとっての大難問であり続けていたのだが、一刀両断的に答えをいただけた。との思いがした。『育児の認識学』に学びつつ、東洋医学の諸問題を考えていこうと思う。

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