東洋医学の実践的理論研究~人間が病むということの過程的構造からの東洋医学的治療論の研究~

人間が病むということの過程的像から、鍼灸等の問題を説いてみたいと思います。よろしくお願いいたします。

ムエタイジム〜創ることは使うことがあってこそ〜

2015-06-01 06:00:00 | 日記
ムエタイジム行って来ました。創ることは使うことあってこそ、その深まりがあるのだということ実感しました。

ここ数年間、組手練習をする相手に恵まれず、自身の練習は空手が出来るための人間体を創る目的での鍛練が主体で、それに加えて基本や型を少しというメニューだったのですが、機会があって、昨日はムエタイジムでミット打ち等行ないました。

実際に、久しぶりに使いかた的な練習行なってみると、この数年間の自身の体力の衰えを感じるとともに、日々の人間体の鍛練に大きく不足するものあるとの思いしました。

それは端的には、人間相手に闘うのに必要な、それに耐えるだけのいろんな意味での強烈さに欠けるということです。

実際には、翌朝に軽い筋肉痛はあったくらいでしたので、昨日レベルの闘う練習、二人練習による技の使いかたの練習であるならば、現在の鍛練のままでなんとかなって行くのではと思えるのですが、昨日の練習から、本来の、強烈な形での闘いのイメージを描いてみると、これまでの自身の鍛練練習は机上の空論であったのだと・・・・・。

このことを実感レベルで分かり、実際の闘いに見合った人間体と空手技をイメージしての鍛練練習を行っていくには、やはり実際に闘う練習、二人練習による技の使いかたの練習を行なう必要あったのだと思えます。

そういう意味で数年ぶりでのムエタイジムでのミット打ちは、自身の鍼灸の学びにも大いに示唆を与えてくれるものであったと・・・・・。

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