東洋医学の実践的理論研究~人間が病むということの過程的構造からの東洋医学的治療論の研究~

人間が病むということの過程的像から、鍼灸等の問題を説いてみたいと思います。よろしくお願いいたします。

上田たかゆき氏の講演を聴く〜現代の鍼灸・東洋医学に求められるものとは〜

2017-09-15 08:12:22 | 鍼灸術・手技療法術
上田たかゆき氏の講演を聴いた。科学的な鍼灸論、東洋医学の必要性痛感させられた。

去る9/11(月曜日)に、上田たかゆき氏の講演を聴く機会があった。10年ほど前に知人から柔整、鍼灸の利益擁護の主張をしての政治活動を行っている人物がいると聞いて以来、すっかり忘れていた方なのだが、偶然の機会から、である。

主張される内容を云々することはさておき、鍼灸の置かれている現状を、厚生労働省や保険組合からそれゆえ世間の常識としても医師より一段下に見られているのだということを、(保険施術においては)医師の同意があって初めて鍼灸の施術が行えるのだということを改めて説いていただくと、なんとかせねばと悔しい気持ちでいっぱいになった。

それとともに、それを可能としてくれるのは、例えば、看護や保育の例に見るごとくの、科学的な学問体系の構築以外に無いと、『育児の認識学』(海保静子著 現代社)の一節が想起された。

……それまで医者の手伝いレベルの位置付け、社会的認識しかなかった看護が、薄井先生が看護を科学的な学問体系として創出し、『科学的看護論』(薄井坦子著 日本看護協会出版会)として世に出されて以来、専門分野として確立されて行き、現在では、医師を含めての専門外からの口出しを許さない様になっていっている。と。(原文が手元に無いので正確では無いが……)

果たして、手技療法術や鍼灸、東洋医学が科学的な学問体系へとなって、西洋医学の医師を含めての専門外からの口出しを許さない、となって行くのは何時なのだろうか。それ以前に、果たしてそうなって行けるのだろうか?と、先日の上田たかゆき氏の講演を聴いて思わされた。
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