MJHA(日本を再び健康な国に)〜東洋医学の実践的理論研究~

MJHA(日本を再び健康な国に)という志で、食・運動(姿勢)・休息(睡眠)に関わる問題等を論理的に説きます。

バドミントンの技の習得〜技のモデルチェンジということ〜

2024-11-26 08:20:20 | 技術論・上達論
 バドミントンの素振りをおこなった。利き手側より反対側の左手側の方が良い形で振れるのはなぜだろうか?

 今春より始めたバドミントン。そもそもが武術のための(ムエタイのための)、自身の人間体の衰えから、その限界が武術の上達の限界を決めてきてしまっているということを痛感していたからの(上達しがたいのみならず、頑張って練習して上達しだすと、故障するということの繰り返しであったからの)、まずは武技の中身となる人間体(→武道体)から創り直さねば、ゼロからの出発をしなければ、との思いでの、であった。

 しかしながら、当初は1〜2ヶ月、長くても半年くらいのつもりで始めたものが、今年も残り一か月余となった現在、ようやくにスマッシュやハイクリアを打てるようになりつつある、という状態である。

 何故か ?何故にそこまで上達しがたいのか ? といえば、端的には、刀術の技が邪魔をしているから、と思える。

 どういうことかといえば、刀で斬るとラケットで打つということが、よく似ているようで、その内実は全くと言っていいほどに違うから、刀の振り方そのままにラケットを振っていては(シャトルを打っていては)、シャトルは飛んでくれない。

 より具体的には、バドミントンの場合はラケットのヘッドスピードを最大にすべく、握る力と前腕の回内(回外)によって打たねばならないのであるが、それに対して刀でそのような振り方をすれば、刀はどこかに飛んで行ってしまう。

 そのように、一見してよく似ているにもかかわらず、刀としてはありえない振り方がバドミントンの正しい振り方なのであるから。

 結論的に言えば、そのような本来全く違う振り方である刀術・刀技の振り方を何十年かやってきて、実体も認識もそのように出来上がって、創り上げてしまっているからの、一見、バドミントンの技がよく似ているということもあっての、刀術の技がバドミントンの技の邪魔をする、である。

 それゆえ、刀術・刀技としてはほとんど創られていない左手側は、返って素直にバドミントンの技を受け入れてくれるのだと思う。(これは認識と実態の二重性で、である。)

 では、どうすれば ?まずは認識を変えて、刀技ではラケットを振ってもダメなのだと覚悟して、ラケットを振るイメージとそれを支える実体とを、バドミントンの形で振り続けることで、少しずつ実体とイメージを変えていくこと、切り崩していくことしかないのでは、と思えている。

 これは同時に、技のモデルチェンジということの(貴重な ? )実践ともなっていると思えている。


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