日本の活火山3000m峰を巡る旅、おしまいは、御嶽山3067m。富士山、乗鞍岳とも神々の恩寵とも云っていいほど晴れてくれたが、一晩を山上で過ごした御嶽は2000m以下の国土の隅々を厚い雲海で覆い、十五夜の月光は、雲上の世界をを一晩中照し、眼下の雲海はもとより、火口湖や噴火によってもたらされた火成岩の砂や岩肌をおそろしいほど白く輝かせていた。月光に負けじと、夕には木星や土星といった惑星やアンタレス、デネブ、アルタイル、ベガ、朝には、ベテルギウスやシリウスらの恒星がひときわ光彩を放っていた。
こういうところが、地上世界と隔絶された浄土だったのか。それとも黄泉の国か。
だが、オイラの血は温かい。風も冷たく頬に触れる。いまだ生者の国にいる。
ならば、この山上の遥か彼方に輝いている、あのお月様やお星さまが「われわれが帰るところ」。
残念ながらオイラは、その様な単純な信仰しか持ち合わせていないので、5年前の9月27日にこの山上で不条理にも被災された63名の御霊があのお月様に帰り、あるいは、あのお星さまとなって、こちら雲上の浄土世界を照してくれている、そんな風にしか思えないのだ。
お月様が稜線にお隠れになる頃合いを見計らっているように、南八ヶ岳から2019年9月15日の御天道様が燦然と現れた。いまだ生あるものは、やむを得ず雲の下に降りていかねばならない。
噴火前の2004年に日帰りで往復したコース、龍神さまの住まわれる瑠璃色の三ノ池から開田高原に下る道を6時間ひたすら降りた。地上世界に、もはやセミたちの合唱は聞き取れなかった。