【大阪自由大学・民博連続講座で吉田ゆか子研究員】
「キャンパスポート大阪」(大阪駅前第2ビル内)で10日、大阪自由大学の講座が開かれ、国立民族学博物館の吉田ゆか子研究員(写真)が「さかさまからみる観光」と題して講演した。「〝斜界学〟のススメ」を統一テーマとする民博連続講座(全5回)の第2弾。吉田研究員はインドネシア・バリ島の宗教儀礼や芸能を取り上げ、大量に押し寄せる観光客が現地の文化や社会にどのような影響を与えているのか、観光客との出会いを現地の人々がどうとらえているのかを紹介した。
冒頭、今バリで流行しているという男性歌手のポップスを映像で流した。タイトルは「つり銭がもらえない」。観光ガイドのつらさとともに、現地の人から見た観光客の印象が盛り込まれている。「日本人はアートショップに連れて行っても買い物せずにすぐ出てくる。中国人は大声でしゃべってうるさい……」。日本人はお辞儀ばかりするというくだりもあるという。観光客も現地の人たちからじっと観察されているというわけだ。
バリ州の人口は約325万人。そこに年間283万人(2011年)もの観光客がやって来る。吉田研究員は「バリの文化は観光客との接触の中で生み出され、練り上げられてきた側面もある」と指摘する。例えば仮面舞踊劇の「トペン」。主に祭礼で演じられる奉納芸だが、観光客を模した道化役のジョークは人気が高い。道化はガムランの伴奏者のバチを取り上げては「いくら?」、ダンサーの冠を指差しては「それも買うよ」。何でも買おうとする西洋の拝金主義を揶揄する。
バリ観光の見どころは「文化的・芸術的・宗教的な人々の営み」だが、問題は何をどこまで見せるか、商業化はどこまで許されるのか。そこで舞踊を神聖なワリ、儀礼のブバリ、世俗のバリ・バリハンの3つに大別した。ワリとブバリは儀礼以外での上演を禁じ、バリ・バリハンは観光客向けの上演もOKとした。
観光客との関わりの中で生み出されたものを〝観光文化〟と呼ぶが、吉田研究員はその代表例としてバロンダンスを挙げる。善の象徴・聖獣バロンと悪の象徴・魔女ランダの果てしない戦いを描く。これを外国人にも分かりやすいようにアレンジし上演時間も短くした。その結果、上演演目として定着し、毎日6~8カ所で午前中を中心に公演が行われるようになった。国内観光客の増加にもつながっている。ただ「乱立気味で観光客の奪い合いになっている」という。
インドネシアは世界有数のイスラム大国。その中にあってバリ州は人口の約85%をヒンドゥー教徒が占める。2002年と05年にはイスラム過激派の犯行とみられる爆弾テロ事件が相次ぎ、一時観光客数も停滞した。そのため観光業への過度な依存を問題視する声もある。吉田研究員はこのほかバリ観光の抱える問題点として環境汚染、島外からの移民労働者の増加、農村部の過疎化――などを挙げる。そんな中、外からの悪影響を排除し、バリの伝統保持を訴える「アジェッグ・バリ運動」も起きている。
バリは政治・宗教面で少数派であるとともに、経済面でも首都ジャカルタへの依存度が高い。観光収入の大半も島外に流出しているという。吉田研究員は「様々な課題に直面しているが、バリの人々にとって文化は〝残された領域〟。宗教の合理化、生活の近代化は今後も進むが、一方で観光収入は儀礼、それに付随する芸能の活性化につながっている」と結んだ。