kenroのミニコミ

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権威からの解放 「大統領の理髪師」

2005-04-09 | 映画
国際政治の場はさておき文化の点では「韓流ブーム」は当分収まりそうにない。日本で公開される韓国映画はとてつもなく増えた。中には一昔前では公開されなかったであろう駄作、凡作の類も含まれているだろう。しかし、四天王も、チェ・ジウも出ていない、恋愛ものでもない、少し厳つい顔のソン・ガンホが主演した本作品は秀作である。時は李承晩(イ・スンマン)政権が倒れ軍人である朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が権力を謳歌した60年代~70年代末。朴政権の徹底的な民主化運動弾圧、反共政策で市井の罪なき人々が繋がれ獄死した時代。お上のすることは常に正しいと大統領官邸そばでほそぼそと床屋を営んでいた男が大統領の理髪師に迎えられ、権力の内部を垣間見、幼い息子が「アカ(=北朝鮮)狩り」の対象と囚われ拷問を受ける。そのショックで歩けなくなった子どもをおぶって国中の名医を尋ね歩くが治癒しない。しかし、朴大統領が側近に暗殺され、次の全斗煥(チョン・ドファン)大統領にも理髪師として迎えられるが、全大統領にはほとんど髪がない。それまで町の友人らが囚われ、獄死しようとも「お上は正しい」と権威に盲従してきた主人公は「もう少し髪が伸びたら散髪しましょう」と言ってしまう。そう彼は初めて権威から解放されたのだ。当然、半殺しの目に遭い床屋の前に麻袋で投げ捨てられるが、息子は歩けるようになったのだ。
時代背景はとても厳しい。61年に軍事クーデターによって政権を掌握した朴大統領は民衆弾圧を繰り返すともに、韓国はベトナムに派兵。床屋の陽気な従業員はベトナム戦争で指を失い、暗い性格となる。68年には北朝鮮武装ゲリラがソウルに侵入し、青瓦邸(大統領官邸)にかなり接近し韓国軍と交戦。この事件は軍事独裁政権を震撼させ、後のシルミド事件へとつながっていく。そのような圧政の時代に庶民はどう生き抜いてきたか。ギターやジーンズなどアメリカ文化が流入する一方で反政府的な芸術活動、執筆活動は徹底的に弾圧された。経済成長の裏には弾圧を耐え抜き、小市民であろうとする庶民の智慧が息づいていたのだ。朴後政権を握った全大統領は、民衆弾圧の手を緩めず(80年光州事件)、韓国の民衆が民主化を手にするのには金永三政権の登場を待たねばならなかった。
シリアスドラマであるのにとてもコミカルで笑いが絶えない本作の魅力は、JSAで主役たる北朝鮮兵士を演じたソン・ガンホの演技によるところが大きい。四天王のような甘いマスクもなく、ダサイそこいらのおっさんにしか見えないガンホは、韓国では実力ナンバー1とも言われる。そのガンホに誘われ、下町のおかみさんを演じたのは、オアシスでその圧倒的な演技力を見せつけたムン・ソリ。本作では少し出番が少なかったのがさびしかったが、子役らもよく、純愛ものに疲れた韓国映画ファンにはとてもオススメだ。
時代背景はできるだけわかった上で見た方がより楽しめるし、韓国文化ががなぜ今元気であるのかは「民主化」を自分らで成し遂げ、勝ち取ってきた歴史によるところが大きいのがよくわかる。一方「民主主義国家」を標榜する日本に元気がないのは、この「民主主義」を自ら勝ち取った経験がないからとは言い過ぎだろうか。
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