ついに完結した。このブログでは漫画、コミックはほとんど取り上げたことはなかったと思うが、山本おさむの『赤狩り The RED RAT in HOLLYWOOD』(ビッグコミック全10巻)は圧巻である。コミック以外の単行本では、通常、奥付の著者欄にはこれまでのその著作や論文(研究者の場合)が紹介されることが常だが、コミックではそうではない。だから山本が、あの障害(児)教育・生活の現実と現状を描いた名作『どんぐりの家』の原作者であることは分からないだろう。しかし、山本は表現者として、おそらく明らかにされなかった歴史の実態や実相にこだわる作品を遺そうとしたとのでは、と思える。
それはさておき、『赤狩り』で描かれるのは、アメリカ中枢に巣食う凄まじい反共攻撃、今で言うリベラル攻撃である。民主的、少しでもソ連と対話的であると見做せば徹底的に弾圧、攻撃、排撃する。山本は、本作を書き始めた時点では、稀代の名脚本家ドルトン・トランボの抵抗と復活の物語だけ描こうと考えたという。しかし、時代背景がそれを許さなかった。1950年代に吹き荒れた「赤狩り」の根本には、反共によって国内の民主派はもちろん、国外ではキューバ危機やソ連との「和平」を目指し、ベトナム撤兵をも考えていたケネディを抹殺するという軍産複合体、共和党の反共強行勢力、CIAやFBIといった国家機関の陰謀があるとするのだ。
もちろん、この見立てには証明できない、穿ち過ぎとの批判もあるだろう。しかし、歴史は繰り返す。独立国の主権を否定したイラク戦争(2003)では、アメリカは、フセイン政権が大量破壊兵器を保持しているからと侵攻を正当化したが、何もなかった。その派兵に日本も加担し、小泉純一郎首相が「自衛隊が行くところが非戦闘地域」と迷言したのは周知の事実である。
ハリウッドで親ソ的な人物を見つけたら、国が脅かされると追放する。しかし、何が「親ソ的」か、どうかの判断基準などそもそもない。それはどんどん広がり、「親ソ的」にリストに上がった人に反論しなかったや、資金提供したから「親ソ的」と範囲はどんどん広がる。ハリウッドに生きる映画人は、追放されるか、干されるか、イリア・カザンなどのようにうまく立ち回り、生きながらえるか。トランボは「赤狩り」に抵抗したハリウッド・テンの頭目と見做され、投獄された。そしてその前後の監視生活。しかしトランボはその間「ローマの休日」、「スパルタカス」などの名作、傑作を偽名で書き続ける。トランボが実名で仕事をできるようになってからも、アメリカの反共勢力は敵を作り続ける。その時代に並走したのがトランボであり、その時代を描くには第2次大戦後のアメリカの全てを描く必要があったというのだ。
アメリカがイラク戦争を仕掛けたのは、ハリバートンなどの多国籍企業がイラクの石油権益に目をつけたブッシュ政権の中枢チェイニー(ハリバートンのCEO)の思惑があったからとする論も説得力を持って語られている。自由の国アメリカでは、資本主義の論理により、他国に対する経済侵略や軍事侵攻も許され、それに異議を唱える者は命まで奪われる。ベトナム戦争もケネディ暗殺もそのコンテクストで読み明かされる『赤狩り』は、フィクショナルな説も含めて、アメリカ戦後史を見返す良いテキストであると思う。山本は巻末に、参照した膨大な書籍目録をつける。まるで研究書のようだ。コミックだからといって侮ってはならない。