kenroのミニコミ

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「著しく正義に反する」のはどちらか?  『大崎事件と私』

2021-07-21 | 書籍

とてつもないパワーである。大崎事件とその弁護団事務局長である鴨志田祐美さんのお名前くらいは知っていたが、事件の再審活動とそれをずっと一線でたたかってきた鴨志田さんの人となりがよく理解できた。事件は1979年10月。鹿児島県曽於郡大崎町で男性の遺体が発見されたことが発端。警察は、遺体の兄二人と次男の息子を共犯とし、首謀者は長男の「嫁」である原口アヤ子さんであると逮捕した。アヤ子さん以外は「自白」したが、アヤ子さんだけは一貫して否認したが、上告審までいって確定し、10年間服役した。「自白」した3名は知的障がいがあり、供述弱者であったのに自白調書は採用され、いずれも地裁で確定し服役した。自白以外にほとんど客観証拠が存在しないのに、警察が保険金目当ての殺人との見立てで捜査したために供述弱者の3名は簡単に自白してしまった事例であった。服役したうちの二人は出所後に自殺、夫が「やってもいないのにアヤ子を引き込んでしまった。すまない」というのに一緒に再審をと誘ったアヤ子さんに「自分はもういい。しない」と言ったためにアヤ子さんは離婚。以後一人でたたかってきた。

再審の過程が異常なのは第1次再審の地裁と第3次再審の地裁、高裁と3度も再審開始の決定が出ているのに、未だに再審開始となっていない理由と状況だ。特にひどいのが第3次再審の最高裁の棄却決定である。地裁、高裁もそれぞれ精度の高い、説得力のある再審開始事由を認定しての開始決定であるのに、最高裁はその中身を十分に吟味したとは言えない薄っぺらな理由と長さで再審を認めなかったのだ。最高裁が検察の特別抗告を認めないなら、高裁に差し戻せばいいものを、自ら再審を開始しないとの判断まで出したのだ。現に袴田事件では最高裁が高裁に差し戻して現在東京高裁で審理されている。ちなみにこの最高裁決定では、再審を開始すべきとする2名の最高裁判事の反対意見がある。

そして、なぜこのような再審開始まで時間や労力がかかるのかについて、日本の再審事件では開始決定が出ても、検察官の不服申立権があり、いずれも最高裁まで争われるという点にある。勘違いしている人も多いようだが、再審開始決定が確定しないと再審公判は始まらないのだ。第2次再審から弁護団に加わった鴨志田さん自身が40歳で司法試験に合格した苦労人で、その知力、行動力とパワーで弁護団を牽引してきた。第3次再審では誰もが開始されると確信しており、メディアも支援者もその準備をしていたところに最高裁の「クソ」決定(鴨志田さんの言葉ではない、念のため。)。決定を受けた日、東京のホテルへの帰途、高層ホテルから飛び降りれば、との思いもよぎったという。しかし周囲の励ましもあり、立ち上がる。現在第4次再審を申し立て、鹿児島地裁で審理中である。

本書は、再審の流れと並行して、現状の刑事訴訟の歪みと再審の細かな規定がないなどの欠点、自身のプライベートな部分も描いていて丸ごと「鴨志田本」である。筆者は、先日開催された日本裁判官ネットワークでの講演会で、鴨志田さんも参加されていてZOOMの画面で自著を宣伝されていたので手に取ったのだが、700頁に当初怯んでしまった。しかし読了してよかったと思う。大崎事件だけではなく、湖東病院事件や東住吉事件といった再審無罪を勝ち取った人たち、様々な弁護士仲間、研究者、日本の刑事司法の現状に警鐘を鳴らし続けている周防正行さんも登場し、その多彩な人的繋がりと豊かさんが見られる。そう、鴨志田さんは「人持ち」だったのだ。猛烈な忙しさの中で夫が病に倒れ、夫の母も逝去する。自身の事務所は火の車で、ベテラン事務職員の退職申し出。鹿児島の広い家にたった一人でいる理由はないと事務所をたたみ、この4月から鹿児島と東京の中間の京都で活動する。実際にお話を伺える機会もあることだろう。(『大崎事件と私 アヤ子と祐美の40年』2021 LABO)

ここからは宣伝。テレビドラマで話題となった「イチケイのカラス」。もともとはモーニング誌に連載されていた。その原作者と監修した弁護士さんをお呼びしてイベントを開催する。筆者が世話人を務める司法改革大阪各界懇談会と大阪弁護士会の共催である。筆者は全体の司会をつとめる。時節柄ZOOMウェビナーでの視聴となるが、500名まで対応可能なのでご興味のある方は、イベントのURLかQRコードから申し込んでいただきたい。

(URL https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_JGQlcqAtTAGZ-VLrOWWPDg

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