朝日新聞の夕刊にたまに載る藤原帰一の「時事小言」は、国際政治の今を分かりやすくまとめてくれてはいるが、例えばトランプ大統領に対する批判など明確でないと思え、その政治姿勢そのものには興味が持てなかった。けれど、藤原は国際政治学者というより映画マニアの側面には興味があり、藤原がテレビで紹介する作品は見てみようと思うものも少なくない。「17歳の瞳に映る世界」は、藤原に推されたから足を運んだ。
物語は至ってシンプルだ。17歳のオータムは学校とバイトの日々。学園の催しでステージで歌う彼女に「メス犬!」との差別的野次が飛ぶ。幼い妹らの父親である義父とは関係がよくない。そんなオータムの妊娠がわかる。ペンシルベニア州では親の同意なしに中絶はできない。州のウイメンズ・クリニックでは明らかに中絶反対で、「中絶は殺人」とのビデオを見せ、養子縁組のパンフレットを渡される。これにはアメリカが抱える現実的な背景がある。オバマ大統領に8年間にわたり政権を奪われた共和党は、中絶の合法化をひっくり返そうと州レベルでクリニックを減らしたり、中絶できる期間をどんどん短くする州法を成立させていく。そして決定的であったのが、トランプが大統領選で「当選したら中絶を非合法化する。場合によっては女性や執刀医を罰する。」とまで公約にあげ、福音派キリスト教徒の票を固めたからだ。当然、トランプ大統領誕生後も抗議デモやウイメンズ・マーチが起こったが、共和党は着々と上述の政策を進めた。そしてトランプが去った後も最高裁の構成が、保守派6対リベラル3となった現在、連邦最高裁が中絶の非合法を判断する危険性が高まっているのだ。オータムが住まうペンシルベニアは2020年の大統領選で激戦を繰り広げ、僅差で民主党が制したが、いまだにトランプが選挙不正を唱え、それを支持する層も厚い。それが暴徒による2021年1月の議会乱入、死者まで出した事件に至ったのはつい最近のことだ。しかしそういった政治的背景が、口数の少ないオータムの辛さを説明するものではない。
地元で解決できないと知ったオータムはいとこで、ただ一人の友だちスカイラーとニューヨークを目指す。しかし、一つ目のクリニックではその妊娠周期では対応できないと別のクリニックを紹介される。ホテル代など用意していない二人は地下鉄やゲームセンターで過ごすが、2カ所目のクリニックは手術は2日がかりだという。申込金を支払ったら、もう二入にお金はない。行きのバスで声をかけてきたジャスパーに連絡を入れて、ご飯を奢ってもらい、時を過ごすが、本当は現金が欲しい。お金を貸してあげるよというジャスパーはスカイラーを夜の街に連れ出すが。
手術前にオータムに質問するカウンセラーの描き方が丁寧だ。手術の内容に始まり、オータムの経験、プライベートなことも訊く。それは決して威圧的、教訓的でもないし、「あなたを危険から守りたいから」。「暴力的な性行為はあった? 4択で答えて。Never Rarely Sometimes Always?」本作の原題だ。
オータムを孤独と危険に晒したのは、直接的にはオータムの交際相手だが、それはそもそも「交際」だったのか、彼女を支える医療的、精神的ケアが地元にあったのか、では大都会のニューヨークでそれは充足されたか。ぶっきらぼうなオータムに、寄り添ってきたスカイラーが救いだ。アメリカの現在(今)を伝えるいい作品であると思う。
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