kenroのミニコミ

kenroが見た、読んだ、聞いた、感じた美術、映画、書籍、舞台、旅行先のことなどもろもろを書きなぐり。

子どもには成長と自立の時間がある    冬の小鳥

2010-11-14 | 映画
悲しい物語だ。しかし希望の物語でもある。
ジニは9歳。大好きなお父さんにきれいなべべを買ってもらって、食事。お父さんの呑んでいる焼酎を少し分けてもらって「お父さんのために歌ってあげる。  あなたは知らないでしょうね どれだけ愛していたか  時が流れれば  きっと後悔するわ」。
孤児院から何も言わず去っていく父の姿を見て、置き去りにされたと思うがきっと迎えに来てくれると信じるジニ。
やがて養子になるしか孤児院から出られないと悟ったときジニは。

時代は1975年。ジニには父がいたが、ベトナム戦争に多くの兵士を送り込んだ韓国ではこの頃、父を失い母親だけでは育てられなかったりして、孤児院に預けられる子どもが多かったという。そしてベトナム戦争の当事者であるアメリカやその他のヨーロッパ諸国の養親に引き取られていく子どもたち。ジニも孤児院で仲良くなった年上のスッキに「一緒にアメリカに行こう」と誘われていたが、結局スッキだけが孤児院をでることに。二人で助けた小鳥も息絶え、みんなが出ていった孤児院で一人自分を埋め始めるジニ。しかし、お父さんは迎えに来ないと悟り、自分もやがてフランス人夫妻に引き取られていく。

フランス人監督ウニー・ルコントこそこの物語そのものの人生を歩んでいる。9歳のとき養護施設から、フランス人牧師の家に引き取られている。そして、本作はフィクションだが、監督は子どもの視点からこのような題材を取り上げたかったという。ルコント監督は女優業もしていてがもともとはデザイナーである。韓国で養子の映画、ルコント監督風に言うと、自分のルーツを探す旅、というと大人になった主人公が故郷の韓国を訪れ、回想するというパターンであった(石坂浩一)。しかし、「子どもの視点」を大切にしたルコント監督は徹底して、大人の視点を排した。それが本作の魅力であり、幼いジニの苦しさ、悲しさが余計に伝わってくるのである。
一人殻にこもり心開こうとしない、うち解けようとしないジニは言葉少なだ。そのジニに歌ってという寮母やお父さんと暮らしていた頃のことを聞き出す医者のまなざしはやさしい。いや、キリスト教系の養護施設の院長、シスターらは皆やさしい。そして虐待やネグレクトされるくらいなら、このような施設で暮らした方が幸せな子どもらも多いに違いない。しかし、親からの遺棄を経験した子どもがすぐに幸せになれるわけではない。そこには成長と自立の物語が含有されているのだ。

その昔、ブルース・リーが視線だけで演技をする卓抜さを評されたものだが、ジニを演じた子役のキム・セロンも末恐ろしいほど視線で演技をこなしている。ルコント監督が言うように天性の勘のよさがあるのだろう。固い視線は変わらないが、フランスの空港に降り立ったジニはもう振り返らない。まっすぐ前を向いて歩く姿に、よく耐えたなあと感情移入したくなるエンディングもまた、ジニにも幸せになってほしいと願わずにはおられない希望を感じさせる。そう、子どもには成長し、適応し、乗りこえていくことができる時間が大人よりずっと長くあるのだ。
日本では外国人との養子縁組が諸外国に比べて少ないという。正確なところは分からないが、日本の閉鎖性などという紋切り方の説明ではなくて、どうすれば愛される子どもが増えるか、国際養子、いや、日本国内での遺棄された子どものことなど、多角的、重層的な手当てがなされるような仕組みを考えていきたい。
本作の原題は「旅行者」。ジニの人生の旅行はまだ始まったばかり。幸祈る。



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