kenroのミニコミ

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50年前のアメリカの話ではない  分離は差別と敏感たれか  The Help

2012-04-15 | 映画
黒人の大統領が誕生したこの国の出来事、ほんの50年前まで黒人の地位とはこのようなものだったのだと驚かされる。ローザ・パークスがバスで白人に席を譲らなかったために逮捕されたのが55年、翌年にはキング牧師によるバスボイコット運動が起こっていた。しかしミシシッピ州では60年代に入っても、黒人差別のジム・クロウ法(人種分離法)とそれを社会が従順に!執行し、幅を効かせていたということに驚かされるのだ。
主要なキャラクターは、とても分かりやすい。白人でありながら、黒人メイド(白人の子育ても担うHelpと呼ばれる)の境遇に疑問を持ち、記者として聞き書き・執筆を始めるスキーター、スキーターの同級生らはスキーターが大学に行っている間にどんどん結婚、出産し、その狭いコミュニティで女王然とするヒリー、ヒリーの元カレと結婚したシーリア、そして本作の主役たる黒人メイドのエイビリーンとミニー。
スキーターにメイドの話を聞かせてと取材依頼され、最初はけんもほろろのエイビリーンだったが、息子を白人に殺されたも同然の仕打ちを受けたことを思い出し、スキーターに語り始める。嵐の夜に室内の雇い主用トイレ使ったことでヒリーにクビにされたミニーはもともと肝が据わっていて、これも書けと大胆に。メイドらが協力するなかで完成したスキーターの『The Help』はベストセラーに。しかし、そこに書かれたのはミニーのヒリーに対する笑える復讐劇や、スキーター自身の自分の家で長い間雇っていたメイド、コンスタンティンのクビの本当の理由も書かれていた。
人種差別に否定的だったケネディ大統領が暗殺された後、ジョンソン大統領の時代になって成立した公民権法。しかしキング牧師は68年に暗殺、公民権運動が沈静化し、人種差別がおさまったかにも見えたのに実は収まるどころかベトナム戦争などにより黒人も多く「平等に」志願し、顕在化しにくかっただけ。91年にはロドニー・キング事件、それを引き金に92年「ロサンゼルス暴動」、さらにNYにおける黒人暴行事件など。冒頭で述べたように黒人大統領が生まれたこの国では、もはや、黒人は最下層ではない。しかし、オバマ氏のような超エリートもいるだけで、現在でも最下層の黒人はいるし、その間、中間層もどんどん厚くなっている。それは、イギリスから渡ってきた白人層がアフリカから連れてきた奴隷としての黒人層という構図から、ヒスパニックをはじめ、アメリカに多民族が移り住んだことの証左である。言い換えれば、グローバリズムとは、自国が他国へ進出することではなく、自国に他国の人たちをどう受け入れていくかが問われていることなのである。
陸続きのヨーロッパ諸国では、自国に入ってくる膨大な移民層とどう付き合っていくか、どう自国民として遇していくかに腐心し、「シチズンシップ」概念のもとに現在もその関係を模索している。自由の国アメリカにも多くの人が渡ったが、無理やり連れてきた黒人の人間としての本来の人権を顧みず、その後の移民にもWASP優位を押し付けたことは歴史の事実である。
エイビリーンやミニーに黒人メイドの置かれている境遇について口を開かせたのはおそらくスキーターの情熱ではない。むしろ、スキーターがいなくとも、機会があれば、エイビリーンらは訴えたであろう。なにしろ、ミシシッピは特に遅れた地域であったし、このままいけばエイビリーンやミニーは暴力的な手段に出ざるを得ない(出ても、もちろん事態が好転するわけではない)からだ。バスの乗ることをボイコットするなどおよそ平和的に続いていた公民権運動さえも、かの地では遠い手段であったことこそ60年代初頭のアメリカの社会運動が地勢的情勢に左右されていたことを実感せねばならない。
終盤、事実を明らかにされたヒリーは、友人をけしかけ、エイビリーンをクビにさせる。お茶会、パーティ、ブリッジ、結婚相手探しにくれるむなしい保守的な地盤、田舎の白人女性社会のルサンチマンをこのような形でしか発散できなかったヒリーを笑うなかれ。人権、人間の愛情や友情などといった人にかかわること以外の価値観を守ろうとするものがあると、余計にその価値観にしがみつき、人をないがしろにする。それは60年代アメリカの保守的な地域の話ではない。より「いい思いをしている」人を引きずりおろそうと狂騒する現在のこの国のメンタリティーとも相通じるものであるのだ。

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