kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

京都向日市・花のお寺「西行桜で知られる勝持寺(しょうじじ)」

2020年04月09日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
大原野神社のあと、勝持寺に向かいました・・・2019年4月


大原野神社の参道から横道に入ったので
左に見える「仁王門」を横目にして勝持寺へ向かいます。

花のお寺「勝持寺」

勝持寺は、京の西山連峯の麓にあって
小塩山大原院勝持寺と呼ばれる由緒ある古いお寺です。

勝持寺 南門

応仁の兵火に遭い「仁王門」を除きすべて焼失し
現在の建物は乱後に再建されたものでした。


南門正面の受付から、書院の前を通ると・・・くぐり戸が

瑠璃光殿

延暦10年(西暦791年)に
伝教大師が桓武天皇の勅を奉じて堂塔伽羅を再建され
薬師瑠璃光如来を一刀三礼で刻まれ本尊とされました。

瑠璃光殿の宝物庫

宝物庫は、瑠璃光殿の横にあります。(写真禁止)

重要文化財
 ●薬師如来像(本尊)  鎌倉時代
 ●薬師如来像(胎内仏) 平安時代
 ●金剛力士像(仁王像) 鎌倉時代

●西行法師像 ●日光菩薩像・月光菩薩像 ●十二神将像 が安置。

不動堂

弘法大師が平安の始め、眼病になやむ人たちのため、不動明王に病魔退散を祈願されたところ、霊験あらたかでありました。よって石不動明王を刻んで岩窟中に安置されたと伝えられ諸病平癒の不動様として信仰されています。

鏡石

西行法師がこの寺で出家した時(1140年)
この石を鏡の代わりにして、頭を剃ったと伝わっています。

鐘楼堂と西行桜

佐藤藤兵衛義清が当寺から出家し西行と名を改め、手植えされた桜(写真中央)を「西行桜」と称したことから、勝持寺が花のお寺と呼ばれるようになりました。

冴野の沼(さえののぬま)

「小塩山(おしおざん)松風寒し大原や 冴野の沼の さえまさるらん」
と、歌われたそうですが・・・

桜ヶ丘

石垣の上一帯には、染井吉野が植えられていました。


新緑と舞い散る桜・・・幻想的できれいです。

紅葉の季節にも行きたくなる勝持寺でした。
応仁の兵火を免れた「仁王門」は、明日へ続きます。
コメント
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