喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

お正月のふるさと再発見 と ふるさと絶賛!

2021-01-24 | ふるさと

 神社の数は全国に約8万社もあるんです!

 文化庁文化部宗務課「宗教年鑑」の平成30年版によると、神社本庁などに属する被包括法人が8万2677、

明治神宮や靖国神社のようにいずれの団体にも属さない単立法人が2056とあります。合計8万4862です。

 これが神社の数に近いと見てよさそうです。

少なく見積もっても全国に8万社以上ですよ!

 仮に全ての神社で御朱印をいただいたとすると大変ですよ。御朱印帳の両面を使って紙の厚さを0.1mmとしても4mの厚さになります!

お賽銭を100円ずつとしても800万円!

そして、1日に10社参拝したとしても22年もかかります! 

 

 文部科学省の平成30年度学校基本調査によると、全国の小学校の数は1万9892校、中学校は1万270校、高等学校は4867校、大学は782校。

そのほか、幼稚園や専修学校などもろもろ合わせて5万5654校です。

 コンビニの数は、2019年1月時点での店舗数は5万5779店です。

お寺さんは、神社と同じくらいといってもいい約7万7000寺なんだそうです。 〈はぶてんブログより〉

 

 ふるさと平礒の神社も、全国8万4862の一つ。

 日本の神様は自然崇拝による。

山、そこにある豊かな森。神様はそこに宿っているが、拝む場所としてその入り口に神社が作られたという。

 【鎮守の森 椋の樹】

 

 娘たちと初詣に行った。

プラス、忠犬のボン。

 以下、「ハッケン ジャパン」を参照にした。

まずは、左側の

手水舎(ちょうずや/てみずや)

 参拝の前に、手や口をすすぐための水場が手水舎。

日本の神様がもっとも大事にされるのは「清浄」であること。そのため、古くは参拝の前に川に入り心身を清めていたのだ。

手水舎で手などをすすぐのは、それを簡略化したもの。心のけがれも水に流す気持ちで行いたい。

 

鳥居(とりい)

 神社は神様のいらっしゃるご神域。鳥居はその「聖域」と、私たちが暮らす「俗界」を隔てるもの。

鳥居から先は神様のいらっしゃる場所であることを示している。

鳥居をくぐる時はその前で一度立ち止まり、「失礼いたします」という気持ちでお辞儀をする。

 

狛犬(こまいぬ)

 社殿や参道の両脇に置かれている狛犬の像。神域に魔物が侵入しないように見張り、神様を守護する役目を持つ。

狛犬ではなく狐や牛、猿など別の動物の像が狛犬の代わりになっている神社もある。

 

参道(さんどう)

 入口にある鳥居からつづく道。神社によっては玉砂利(たまじゃり)が敷いてある。

参道を歩くということは、一歩ずつ神様の世界に近づいていくということ。玉砂利を踏むシャリシャリという音は身を清めるともいわれている。

参道の中央は「神様の通り道」とされているので、脇を歩くようにしよう。

 

御社殿(ごしゃでん)

 神社の中心になる建物。手前から順に、お参りのために参拝者が並ぶ「拝殿(はいでん)」、お供え物を並べる「幣殿(へいでん)」、

さらに神様のいらっしゃる「本殿(ほんでん)」という構造になっているところが多い。

本殿の扉は固く閉ざされ、中を見ることはできない。でも、神様の側からは参拝者がよく見えている。

 

 平礒には、御社殿の奥に、鳥居そして社がある。

父に聞くと恵比須神社とのこと。

平礒の旧組頭が浜で祀っていたものをここに移したというのだ。

【旧組頭が、浜から移した恵比須神社】

 

そしてその脇には、6つの境内社がある。

境内社(けいだいしゃ)

 中心となる御社殿とは別に、境内にいくつかの小ぶりなお社を見かけることもある。

これらは摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)と呼ばれるもので、総称して境内社という。

摂社はその神社のご祭神とゆかりのある神様、末社はご祭神より古くからその地でまつられていた神様のお社である場合が多い。

 

 昨年令和元年、平礒出身の梶原道徳さんが、この境内社の修復にお金を寄進してくれた。

その修復作業を中心となって行ったのが父である。

 それまで木造であったため朽ちてしまい、どのような神様が祀られているか不明なものもあった。

様々な調査をし、これから永く平礒を見護っていただけるよう石造りの社へと変わった。

 

手前から

 

 

 このような話も娘たちに伝えながら、お参りをした。

 過去の歴史や、そのときに生きた先人たちの足跡が少し見えた気がする。

どんなに小さなふるさとにも、まちがいなく歴史があり、今につながっている。

そんなことを感じようとする気持ちを持ち続けていきたい。

 

         岬人(はなんちゅう)

 

 

 


令和3年 ふるさと平礒の正月

2021-01-24 | 歴史・伝統・文化

 今では、随分と簡素化されてきた年末年始の正月に関すること。

伝統や文化を大切にする父の考えで、我が家ではそういうわけにはいかない。

したがってかなりの手間がかかる。

 

 最近父は、孫娘に頼ったり、引き継いでいくことも多い。

それを自分の役目のように担っている娘。

 

 

 〈神々へのお供え〉

 【年神様】 

 

 【屋敷の神様】

 

 【床の間 天照大御神様】

 

 【左:お大師様 右:お不動様 】

 

 【恵比須様】

 

 【荒神様】

 

 【左:鍾馗様 右:地神様】

 

 【鳥居】

 

 これら全てに手を合わし、感謝する。

双子の姉は、一人暮らしでも毎日手を合わしているようで、様になっている。

 

 そしてようやく、お下がりのお餅で、お雑煮をいただく。

とりたてて、珍しいお雑煮でもないが、薄味で食べやすい。

 

 庭に咲く椿に、初春を感じた。

 

 未来に残していきたい我が家の風景だ。

 

         岬人(はなんちゅう)


淡々と生きる大切さ ~わが家の習わし~

2021-01-24 | 生き方

 年の瀬12月30日から新年1月1日にかけて。

毎年の年末作業である注連縄作り。

若い頃は、あまり気にも留めず、父に任せきりだった。

ここ数年、ようやく意識し始め、それを受け継ごうとしている。

 

 宇和町の妹の嫁ぎ先から稲藁をいただき、注連縄飾りの準備に入る。

倉庫で40本の注連縄作り。

「おー、だいぶん上手くなったのー。」

あまり褒めない父からの言葉に、うれしさと自覚が増す。

そして、こう返す。

「後は任せておきないよ。」

 

 次に、父の口から出た言葉。

 「おらは、これを高校のときからしよる。親父が戦死したけん、おらがせないけんかった。

もう65年になるかのー。」

 この言葉に、返す言葉が出てこなかった。

先ほどの自信が吹き飛んでいく。

 私が意識し、手伝い始めたのは、ほんの少しだ。

家のために、良い正月を迎えるために、まだ高校生の頃からやってきた父。

それを淡々と自分の役目として、65年。

 

 そんな父に比べれば、歳はとってきたが、私はまだまだ「ひよこ」だ。

親とはこういうものだろうか。

 

 40本の注連縄飾りは、家の中の神様が宿るところに全て、車やバイク、倉庫にいたるまで飾り付けられ、

感謝と家内の安全と繁栄を祈る。

 注連縄作りが終わると、2本の大注連縄作りに取り掛かる。

しっかりと締めるために息子も加わり、3人がかり。

というよりも、その作り方をしっかりと学ぶための方が大きい。

 こうして、親から子、そして孫へと受け継がれていく。

我が家にとって、このような作業はとても大切なもの。

お金を出して買った方が世話がないのであろうが、「priceless」なことの一つなのだ。

 

 いよいよ門に飾り付け。

先日収穫された伊予柑も結びこむ。

年神様のお越しを歓迎する準備は整った。

 

 そしてもう1か所。

屋敷の神である「地神様」と我が家を護る「鍾馗様」への門である鳥居に飾り付ける。

そこに母がやってきて、その出来栄えを二人で見つめている。

小さな幸せのひとときだ。

幸せは、こんな日常の中にこそ感じられる。

 

 淡々と生きる大切さ。

そこには、幸せがつまっている。

 

      岬人(はなんちゅう)


父が残してきたもの、そして残したいもの

2021-01-24 | 生き方

 年の瀬、12月29日。大掃除や正月の準備で忙しい。

 そんなときに、父が

「ちょっといいか。一緒に来てくれや。

新しい倉庫がほとんどできあがったけん、見に行こうや。」

 

 我が家のハルサキに建てていた倉庫を、県道の拡張のためにソトガイチに移転させることになった。

県との用地買収交渉から業者との契約、そして施工等、大変困難を伴っていた。

父は、それを中心となって進めてきた。

ようやく前に進み始め、そして完成間近を迎えている。

 

 倉庫の使い勝手を知り尽くした渾身の作。

これまで幾度となく、建設に対するその思いや利便性、そして将来的な可能性を聞いた。

頭だけで考え、経験が伴わない私たちのアイデアとは、比べものにならない。

したがって、全て賛成、応援してきた。

 

 80歳を超えた父が、この倉庫を誰のために、どんな思いで建てたのか。

全ては、後を受け継ぐ者、未来の新たな可能性のためだ。

そのためなら、お金も、その苦労もいとわない生き方。

 そんな考え方、生き方をしっかりと感じておきたい。

 

 

 みかん畑を示しながら、ふるさと平礒の移り変わりと明るい未来についても語ってくれた。

 こんな父との限りある時間を大切に思い、楽しんでいる。

 

        岬人(はなんちゅう)