第40話. 和食の世界の二人の神

2017-05-15 01:24:27 | 気になったテレビ番組
湖畔人です。

NHKは自虐史観の発信元の一つでもあり、問題が多い局と見ていますが、一方、良いドラマやドキュメンタリーを幾つも生み出している事も事実ではあります。今回は良い方のケースについてのお話です。

日曜、遅めの夕食中、何気なくNHKを見ていると、とても良い番組をやっていました。NHKスペシャルの「和食 ふたりの神様 最後の約束」と言う番組です。

ミシュランの三ツ星で有名な『すきやばし次郎の小野二郎さん』と、天ぷらのマイスターである早乙女哲哉さんのお話しです。 

20歳も年が離れている二人は、ある意味、ライバルであり、ある意味、同志でもある存在です。お互い何となく認め合うようになり、互いにそれぞれの店を行き来するようになっていった二人は、店を訪れば、大した会話をする事も無く、ただ味を確認し合います。それはまるで剣豪の真剣勝負のようであり、高い緊張感の中、言葉は殆ど交わさずに、ただひたすらに出てきた物を口に運んで行きます。食事を終えると、それは、まるで果し合いを終えたかのような、疲労と達成感と安堵感が場に漂っているように見えます。互いに道を究めた者として、また更なる向上を目指し合う者同士、互いの店を行き来する事で、食を通して、お互い尊敬し合い、刺激を与えあい、また高齢の身でもある二人は、互いの健在を確認し合っているように見えます。

二郎さんは90歳を過ぎても尚、自らを進化の途上としており、特に『こはだ』は未だに日々進化していると早乙女さんは見ているようです。早乙女さんは、二郎さんの寿司を評して、”オヤジさんの寿司は、100も200ものケア、気遣い 計算が詰まっており、自分は、そのオヤジさんの『思い』を食べに来てるんだ。俺は寿司で無くオヤジさんの『思い』を食べに来ているんだよ”と言うような主旨の事を言っておられました。達人ならではの深く真に迫る言葉ですね。

これは、あらゆる分野に通じる普遍的な言葉だな、と思いました。

相手(素材、仕事の対象、客)へのケアの積層、チェックポイントの積み重ね、それが大きな大きな違いを生んで来る。その積み重ねが、常人を神の領域へと押し上げるポイントだと思うのです。

この真理は、職人だろうが、スポーツ選手だろうが、営業だろうが、事務職だろうが、サービス業だろうが、主婦だろうが、何にでも当てはまる、普遍的な向上への道、取るべき姿勢なのではないかと感じました。

『生きている限り、生涯勉強、何度でも改善、いつだって明日が一番いい、それが生きると言う事だろう、違うか?死ぬその日まで気張っていけよ!』と言われたような、そんな気がしました。

この番組のナレーションは樹木希林さんが担当されていたのですが、全身にガンを抱える樹木さんの言葉には何か凄みを感じますし、何か真に迫るものがあり、大変素晴らしかったです。

侍の定義とは“死を常に意識しならが最大限生きんとする事”だと勝手に思いこんでいるのですが、その意味で、二郎さんにも、早乙女さんにも、そして樹木さんにも死を抱えながら精一杯生きんとする、真の侍と同じ境地を見たような、そんな気が致しました。何か神々しいし、とても格好が良いですし、何かホント良い物を見せて頂いたなー、と思わせていただけた、とても良い番組だと思いました。また是非見たいので、再放送に期待したい所です。

湖畔人

2017.05.19 加筆
2019.12.08 改訂

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