華麗なるオーストラリアンライフ

渡豪17年。職業・看護師。
白熊のようなオージーの旦那1人とワンコ2匹で
ニューサウスウェルス州の田舎町で生息中。

親の心子知らず

2009年04月30日 22時53分02秒 | Weblog
前のブログにもちょいちょい登場していた、仲良しAussieのRobbieくん。
現在もまだ連絡は取っていて、夜になるとチャットを楽しんでいる。

そんな彼は現在風邪っぴき。
原因は何か知らないけど、今、秋であるAustraliaの朝夕はだいぶ涼しくなってきているはず。だけど彼は相変わらずTシャツとパンツ一枚で寝ているような気がする。

「暖かくしろ。胃に優しいものを食べろ。よく寝ろ」

と繰り返し言ったところで「ハイハイ」とだけ答えるRobbie。薬も「持ってない」と言って服用せず。それが3日続いて、どうも症状が悪化したらしい。さすがに今夜は12時前に「寝る」と言ってベッドへと消えていった。Australiaでは見つかってないものの、豚インフルエンザが流行っている折でもあるし、「体調が悪い…」なんて話を聞くとやっぱり心配。でもRobbieは「I'm fine」とだけ言って、人の話を聞こうともしない。まったく。

そして。

“距離”があるって切ないよなーとしみじみ。

彼は大切な友達だし、その友達が病気となると何かしてあげたいと思うのは人情。でも北半球と南半球ではどうすることもできず、日本の片田舎で悪化しないことを祈るのみ。

で、ふと思った。

私がAustraliaに行ってる間、両親も同じこと思ったんかなーと。

寂しん坊の私は、風邪をひいたときは「風邪ひいたー」「しんどいよー」といちいち母に電話。

結局、言いたいだけなんよね、これって。

私の小さな自己満足のために、親にもこの思いをさせていたのかぁ…と今頃になって反省。もし今度、離れて住むときがきたら、風邪をひいても黙っていようと思う。

風邪だけでなく、フラフラ状態の私は両親の心配の種でしかないんやろうなぁ。どうせ私のことなので、このまま実家に留まらんやろし、両親もうすうすそう感じてると思うけど。何をしたら安心してもらえるもんだろうかね?? 親になったことないからわからんワィ。

何はともあれ、Robbieの風邪も早く治りますように。
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ドケチ上等

2009年04月30日 00時49分48秒 | Weblog
今や私は貧乏である。

まぁ、以前が金持ちだったってことではないんやけど。

海外で貯金を食いつぶし、現在はフリーター。私個人の台所事情が潤っているはずもなく、守銭奴化する日々。当然、買い物に行っても購買意欲などあるわけがない…はず。

なのに。

おやつを買うときだけ財布の紐が緩んでしまう。

今日は母と近くの百貨店へ。百貨店には普段はお目にかからないお高めスィーツがある。こういうものを見ると、昔より量が食べられなくなっている今、ちょっと値が張っても美味しいものを食べたいという思いが噴き出てきて、購入を止められない。今日は端午の節句前ということで、和菓子の店がこぞって柏餅を販売。「おばあちゃんが好きやしさ」という言い訳でさほど高くない5つ入りパックを購入。そのあと「食べ比べを楽しもうよ」と理由をつけて、少し高い5つ入りパックも購入した。帰宅後すぐに頂いたのは言うまでもない。

春だし、お店には華やかな洋服がたくさん並んでいたのに、そういうものには一切目もくれず。未だに“花より団子”らしい。

…“花”の時期が終わったわけじゃないと信じておこう。

ちなみに、もう一つ財布の紐が締められないもの。

本。

古本でも一向に気にしないけど、ほしいと思った本は買ってしまうし、ジャケ買いも珍しくない。マンガも大好き。

「本を買うのがやめられない」って、なんか響きは知的でカッコイイかもしれんけど、ビンボーなフリーターがすることじゃないよなぁ…借りて済まそ…。

明日も工場でもまれるぜぃ。
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サイズ

2009年04月29日 00時18分37秒 | Weblog
何度も書くけど、私は現在、工場で働いている。今、工場内は忙しく、全レーンがフル稼働している状態。当然、資材やそれに付随した段ボール等が所狭しと並べられており、時には通路まではみ出していることも。そのせいか、反射神経の悪さかしらないけど、私はなぜかよくモノにぶつかる、けつまずく、もしくはモノを蹴飛ばす。注意力散漫なんやろうなぁ。ツメが甘いのは昔からやし。

こうしてモノにぶつかったときにいつも思い出す小話がある。それは漫才師・トミーズ雅の話。この人は昔、ボクサーだったそう。で、何かの番組で

「ボク、よけたと思ってんのに、顔に相手のパンチが当たるんですよ。なんでかなーと思って考えたら、ボク、顔が大きいでしょ。よけたと思っても、自分で思うほどよけられてないんですよね」

と話していた。

これとまったく同じことが、今、我が身にも起きてるんやと思う。要は自分の体の大きさを分かっていないってことで。

輪をかけて性質が悪いのは、自分のサイズを把握していないことに加え、自分の体力・瞬発力等の衰えも認識していないってこと。ちゃんと自分を知っておかんとアカンなーと思う年女の春。

それにしても、帰宅して体にできた青タンの数を見てあきれる。「どんだけぶつかっとんねん!?」と。なんでも年を重ねると血管が破れやすくなって青タンもできやすいとのことやけど(おっちぃ情報)。

悲しい話や。

写真は、話の内容とはまったく関係のない、先日集まった大学時代のバイト仲間との一枚。
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マイペース

2009年04月28日 00時54分28秒 | Weblog
ほんの数名にしかブログを再開したことを伝えていないのに、すこーしずつ閲覧者数が増えていっている。ありがたい話で。

ところで。
今日はバイト先の工場で、一緒にご飯を食べている人から「マイペースね」と言われた。私は、自分で言うのもなんやけど、気づかいのA型で、空気も自分がしんどいぐらい読みまくるところがあると思っていた…けどこのお言葉。正直、ちょっと意外だった。だって“マイペース”って言いかえれば「自分のペースで歩いてる」「自分がちゃんと出せてる」ってことやもんね。長いものに巻かれろ的な発想は好きではなかったので、この言葉はちょっと嬉しかった。

でも、そのあと、この言葉の意味を考えていたんやけど。

マイペースじゃない人っておるんやろか??

この“ペース”って結局各々の価値観に基づくわけで、それぞれ違う価値観を持ってるわけで、多かれ少なかれ、みんな自分のペースで歩いてるんとちゃうんかなーなんて思った。…あ~でも書きながら思ったけど、昔の日本人は“我”を出すことをヨシとしない風潮があったから、マイペースで歩けない人もいたんかもなぁ。

それともう一つ思ったこと。

マイペースを貫くのは楽ではない…はず。

だって、ひとりでは生きていけないのが人生で、まして社会に属している以上、ルールには従わないといけないわけで、それらを全部吹っ飛ばして歩いて行くには相当の労力が必要なはず。ヘタしたら他人の迷惑にもなっちゃうわけでさ。“個性”という言葉が乱用されて久しいけど、「個性を主張します!!」とか言って、裸で歩いたりしたら、主張うんぬんの前に逮捕されるっつの(あ、草ナギくんの件はマスコミ騒ぎ過ぎだと思いまーす)。

社会の秩序を保ちながら自分をちょっと強く出せたら、人から見て「マイペース」ってことになるんかなぁ?

ちょっと言われた言葉でここまで熱く書くとは思わんかった。オチはないけど、もう眠いから寝よっと。
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携帯電話

2009年04月26日 00時01分21秒 | Weblog
帰国後、早速携帯電話を持った。と言っても、契約は新たにしたものの、電話機自体は渡豪前に使用していたもの。使用を再開して3週間。前機能の10分の1ぐらいを使えているんじゃないかと思う。

元々、携帯電話の使用に熱心な方ではなかったので、高性能になったところで使った機能は通話、email、ショートメッセージの送受信、ときどきWebぐらいのもの。あ、あとアラーム。一時はスケジュール管理もしようと試みたけど、アナログな私には手帳の方が便利ってことで断念。
それでも、電車に乗ればWebやemailはチェックしてたし、なんならemailは読み返すほど。意味もなく触っている時間は長かったと思う。

それが今。

全然使わない。

時には携帯すらしない(意味ねー)。

以前は仕事でも使用していたので、携帯電話はマストアイテム。なので充電は新品でも2日に1回ぐらいしていた。でも今は、一週間に1回の充電で十分。いくら使ってなかったとは言え、確実に古くなってるはずなのに。

なんでこんなに携帯電話を使わなくなったか。
まずは現在の生活では必要ないってことが一番。仕事にも必要ないし、実家にいるから家族に電話する必要もないし。でも、二番目の理由はたぶん豪州生活。向こうで使っていた携帯電話は、そりゃぁ古かった。カメラは付いてないし、emailもWeb検索もできない。できることと言えば、通話とショートメッセージの送受信のみ。使える絵文字も全10種類ぐらいで全然可愛くない。そんなカンジなので、暇つぶしに携帯を眺める…なんてことをするわけもなく、本当に実用品としてしか使用しなかった。ゆえに現在の携帯電話軽視へとつながっていると思う。未だに自分の新しい携帯電話の番号知らんしなー。

先日、アルバイト先である写メを見せたところ、「それ欲しい。赤外線で送ってー」と言われて、なんのことかさっぱりわからんかった。いや、未だにわからん。そのとき「あなたって時々、意外なところで変よね」と言われた。察するに、携帯電話の使い方を知らないことと、知らないことをなんとも思ってないことに対する感想と思われる。そんなに変わってるかしらん??

ま、でも、携帯電話がなくても平気っていうのは悪い気分じゃない。
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歯医者

2009年04月25日 00時43分07秒 | Weblog
私は今、歯医者に通っている。
渡豪前に、すでにかなりひどい虫歯を持っていた。先生から「いつ痛みだしてもおかしくないから」と言われるほど。渡豪一か月前に訪れたため、そんな短期間では治療ができないとのことで、結局そのまま海を越えた。でも幸いにして大事には至らず、帰国した今、再度歯医者にかかってる次第。

今日もアルバイト終わりで歯医者へ行った。現在、重軽症併せて4本の虫歯があるらしく、すでにもっとも重症の歯の治療は済んでいる。今日の治療は2番目に重症の歯。10年ほど前に治した虫歯の“かぶせ”の下が再度虫歯になっており、それがかなり奥深いという。麻酔を打ってから歯を削ることになった。

もちろん、私は痛いのが嫌い。歯医者の、あの“チュイーン”という音を想像しただけでもお尻の穴が縮まる思い。でも、私がお世話になっている白山歯科の先生は治療がとっても上手。麻酔の注射も、最初、針が刺さる瞬間にチクッとするだけでほとんど痛みがない。というわけなので、治療の内容を聞かされても「サクッといってください!!」と言うのみで安心して任せきっていた。

そして治療開始。

そしたら。

痛いんです。

どこがやと思います?

くちびるです。

ご存じのとおり、歯の治療の際には口を大きく開ける。そしてそれだけでは飽き足らず、先生と歯科助手さんは唇をグイッと引っ張り、口内がよりよく見えるようにしようとする。

普段の私ならそれも良かった。

しかし。

重度の花粉症である私は、鼻のかみ過ぎで、現在鼻と口の周りは常にパサパサ。マスクも着用しているので、どうしても水分が取られてしまうのよねん。そんな状態で「これでもか!」ってぐらいにくちびるを引っ張られたら、痛いのなんの。さらにくちびるが切れてしまうんじゃないかという恐怖にも襲われて、歯の治療をされている間中「切れる、切れる!!」という思いで頭がいっぱい。治療の痛さなんて忘却の彼方。
結果、そんな恐怖と闘っている間に治療終了。くちびるも切れへんかったし良かった良かった。次回はリップクリームをたっぷり塗っていこーっと。

そうそう。
もう一つ、痛みとは別のつらいことが。
重度の花粉症である私は、かなりの頻度で鼻が詰まっている。なので当然口呼吸をしている。そんな中で歯の治療。歯を削っている間、呼吸をしていいものなのかどうかわからず、息を止めること数十秒。また、かけられたエアーから出た水分が喉の奥にたまって、それを飲み込んでいいものなのかどうかも不明。息苦しいわ、でも飲みこむのはいややわという葛藤と闘い、「死ぬ、死ぬ!!」と目を白黒させながら、結果的に「ゲハッ」とかいう不細工な音を立てながら水を飲み込み、やっとの思いで呼吸。まさに空気のありがたさを認識した瞬間。

歯医者にいって、歯の治療以外のことでこんなに苦しむと思わへんかった。次回は次週金曜日。花粉症、マシになってるといいなぁ。
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鈍感力

2009年04月21日 21時46分32秒 | Weblog
日本のトイレ。
かなり高い確率で便器用殺菌スプレー、便座シート、音姫等が装備されている。場合によってはウォシュレットまで。
渡豪前までは当たり前の話だった。音姫があれば絶対使ったし、なければ水を流して音を消した。殺菌スプレーだって必ず。

でも。

豪州にはそんなものはまったくない。

普通の水洗トイレ。

渡豪直後は、若干潔癖症であるため、戸惑いと抵抗があった。しかし、そんな生活を1年と9か月も続けるとそんなことはまったく気にならなくなる。…っていうか、ないんだからどうしようもない。

そして今。バイト先の工場は音姫、ウォシュレット等完備。

ついウッカリ使い忘れるんだ、これが。

排泄時の音が恥ずかしいものとして考えられているからこその音姫なんだろうけど、音のするのが当たり前の環境にいたので、恥ずかしいと思わなくなっている。日本では、他人に不快感を抱かせないためにも使わないとアカンのやなぁ…とお手洗いに行くたびに思う。それも終わった後に。次こそ忘れないようにしなくては。

先ほども書いたけど、少々潔癖症の私。でも渡豪してその度合いはどんどん鈍感になっていった。今となっては裸足で表を歩いてそのまま家に入るのも、多少なら構わんだろう…ぐらいに思っている。まぁ、居候の身ではそういうわけにもいかないけどさ。

潔癖であること以外にも、私は結構時間に几帳面だったり、約束事にうるさかったりした。けど、豪州生活を送ることでそのあたりが鈍感になっていった。これらの性格・性質が自分を苦しめることもあったので、今ぐらいの“適当”な感じちょうどいいカンジ。

このままどんどん鈍感になって「空気読めない」って言われるぐらいになって、やりたいことを思うままにやっていけたら最高だろうなぁ。

八方美人でもある私には大きな夢だわ。
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実家暮らし

2009年04月19日 13時24分01秒 | Weblog
就職2年目に入った頃から、私は一人暮らしをしていた。
なぜだかわからないけど、私は早いうちから独立精神が強く、学生の頃から実家を出ることばかり考えていた。理由はいろいろあるけど、まず親の庇護のもとにいれば、ある程度親の言うことに従わなくてはならない、必然的に自分のしたいことができない場合がある…というのが大きな理由だと思う。うちの両親は口うるさいわけでもなく、いい両親だけど、おそらく私のはねっ返り度が高かったんだろうな。

それから10数年。

今、再び実家で暮らしている。

勝手知ったる我が家やし、住み心地が悪いわけはもちろんない。幸いなことに自分の部屋というのもまだ確保できている。

けど。

やっぱり思う。

ここはもう、私の居るべき場所ではない。

なんていうのかなぁ。実家はすでに「休みに帰ってくる場所」という感じ。生活基盤を置く場所ではないというか。ここは両親の家であって、現在の私は居候の気分。何をするにも若干気を遣う(といっても両親からはそうは見えてないと思うけど)。私も、借り間だったとは言え、“自分の居場所”を一度は外で作った身なので、たとえそれが両親であっても、誰かの統治下にいるというのがダメらしい。

なんか書いてて思ったけど、要は小さくても自分の城を持ちたいタイプなんやなぁ、私。

こんな考え方をしているので、私は世の中のニートと呼ばれる人々が不思議で仕方無い。批判するわけじゃなく、素朴な疑問として。居心地、悪くないんかなぁ? それに親だっていつまでも元気で健康なんて保証、どこにもないのにさ。

まぁ、いいか。

今しばらくは、先立つものも必要なので実家暮らしを続ける予定。でもそんなに長居はしないつもり。都合のいい時にだけ返ってくる、フラフラした娘を持った両親には申し訳ない気持ちでいっぱい。同時に、居候気分とは言え、いつでも受け入れてもらえる家があるというのもありがたい話で。

自分の幸運に感謝しながら、この先、一人ででも生きていけるように頑張ろー。
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幸か不幸か

2009年04月18日 01時21分33秒 | Weblog
私は、なぜだか知らないけど、自分は運がいいと信じている。といっても宝くじに当たるとか、クイズで旅行が当たるとかそういう類のものではないけど。たとえば、「このままだとヤバい!」って思った時に、なぜかしら誰かからの助言やアドバイスで活路を見出すとか、事情が変わって事態が好転するなど。それもこれも、普段から最悪のことを考えて、それを避けるための努力をしているからこその結果やと思いたいけど、今夜、そんなことを考えていて、ふと思った。

私は“運がいい”のではなく、事態を都合よく考えるのが得意なのでは?

と。

さらに

運の悪さを無視するのが得意なのでは?

とも。

若いころはもっととんがってて、何につけてもあーだこーだと文句を言ったもんだけど、年を重ねたせいか、最近では何か悟っちゃって多少のことには目もくれなくなっている。
例えば、今就職がない。私が大学を卒業した時も“氷河期”と言われた時代で、付け加えるならば、大学進学当時はバブル期であったため「大学に進めば一流企業間違いなし」と言われた頃だった。誰もがまさか卒業時に仕事がないなんて想像もしなかったと思う。そんなわけで、当時は昭和48~49年生まれ(要は同級生)がいかに不遇であるというを声高らかに語ったものだった。

今。私はいうなればフリーターで、しかも年は三十路も半ば。もちろん将来を憂いて不安になることは多々あるけど、最終的には「どうにかなるさ!」と思っている。これは、年を重ねることにより、生き抜くたくましさを身につけたからかもしれないが、どこかで「いいことが待ってるって」という意味不明の楽観的思考からきているものであるような気がする。

小さいことでも「私ってこんなにラッキー」と考えられる能力。

愛少女ポリアンナだってビックリのはず。

もちろん、いつもいつもってわけにはいかないけどさ。

この性格が吉と出るか凶と出るかはわからんけど、何事も表裏一体なので、良い様に考えて、今の環境を乗り越えていこうと思う。
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地味に再開

2009年04月14日 23時45分58秒 | Weblog
日本に帰国して10日間。とりあえず実家で暮らしている
30代半ばにもなってニートをさせてもらうほど神経太くもない。かつ、超貧乏な私はお金も稼ぎたい。せっかくの豪州生活で培った英語力を活かす仕事もしたいけど、まずはてっとり早く近くの工場でアルバイトをすることにした

そして本日初日。

その工場は化粧品工場。なんでそこを選んだかというと、私の実家近くにしては時給が良かったので。仕事内容は、ベルトコンベアーに乗って流れてくる化粧品の箱詰めやら、箱詰めやら、箱詰めやら。
午前中は一緒に入所した10数名と仕事の段取りの説明を聞き、午後からは実際に工場内で少し働いた

初日からなんやけど。

この工場は今、忙しいらしく、毎週のように新人が入ってきている様子。新人にはどうしても教えることが多く、うっとうしいからだろうか、それとも単純に忙しいからだろうか、私が今日当たった班長さんは妙にイライラしていて、口調がきつい。そんなことは別段“へ”とも思わないけど、知らないことを知らないからと言って怒られたのでは瀬がない 「新人なんだから知らなくて当たり前でしょー!?」って感じ。いるのよね、どこにでも。教えてないのに「なんでわからないの?」と怒りながら言う人って。はじめからわかっとったらオメーはいらねーっつーの。
この班長さんだけではなく、食堂のおばちゃんもヤなカンジ 借りた茶器の返却所がわからず尋ねたら、「“そこ”に軽くゆすいで置いておいて」との返事。そしてそのようにしたつもりが、私が置いた場所は残飯を集める場所。間違いに気付いた私は「すみません、間違えてしまって…」と声をかけたら、思いっきりため息交じりで「…あとでやっときます」と慇懃無礼を絵にかいたような返答。

ふざけんなっつーの

そんな感じで、今日はちょっとイヤな気分の一日だった。

そして考えた。

私たちの仕事はまさに“同じことの繰り返し”でまるでロボットのよう。そして、悲しいかな、仕事内容も至って簡単。個性なんて必要とされない。そのせいなのかな、私たちが“人として”扱われてないような気が、今日はした。
長く働いてるからって偉いわけじゃない。
新人だからってできないわけじゃない。
どうしてそういうことがわからないんやろう? もういいオトナなはずなのにさ。

性格の悪い私は言ってやりたい。

この、たかだか100数十名が働いてる工場の世界なんてせまいんだよっ

と。
そんな狭い世界でお山の大将を気取っているオバサマ方に興味はない。あ、いや、“人の振り見て我が振り直せ”って意味では興味深いかも
今日はこんな風に毒づいたけど、全員が全員、こんな感じの人でもあるまいし、明日からの出会いに期待しよう

新装開店。
初日から怒りモードやったけど、まぁ、こんな感じで、日々感じたことを綴っていこうと思いますので、また付き合ってやってください
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